時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
無かったことにはできません
今日は日比谷で「さようなら原発1000万人署名」の集会とデモが行われたようだ。私は都合が付かず参加できなかった。勿論AKBの総選挙とも関係がない。
再稼動に向けた圧力が日増しに強まっている。権力的な圧力もさることながら、「全て無かったことにしよう」という、心理的な忘却作用に訴えかける部分が大きいように思える。この「嫌なことは忘れよう」という「忘却への埋没」は、どうもいささか厄介である。日本社会の風土に根強く残る問題と絡んでいるらしいからだ。
記憶違いもあるかもしれないが、ひとつ例を挙げる。志賀直哉に「和解」という小説がある。父親と敵対していた主人公が、最終的に父と和解を果たす話だ。テーマは「転向」である。以前も述べたが、私は転向自体を悪いとは思わない。何故転向するか、いかに転向するか、が問われるだけだ。「和解」においては、「もういいじゃないか、やめようじゃないか」という、情緒的な理由で、なし崩し的な転向が行われていたと記憶する。そこには、敵対構造自体を問い直し、自らのあり方をも問い直すという課程は一切無い。考えるのをよそうじゃないか、それだけである。ここに日本の近代性の桎梏があるような気がする。
「もういいじゃないか」では済まされない問題は、確かに存在する。言い換えれば「落とし前」をつけなくてはならない問題である。原発事故は、そうした問題のひとつである。傍目には依怙地に見えようとも、拒絶の意思は示さなくてはならない。
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テーマ:日々のつれづれ - ジャンル:日記

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Author:のわーる
首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
たまに衝動的におかしな絵を描いたりもする。
尚、この「のわーる」という名前は同名の素晴らしいアニメ作品とは直接関係は無く、サド侯爵の登場人物の名に由来するものである。



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