時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
ポルノ裁判における新藤兼人
新藤兼人が亡くなった。100歳という高齢であることから、天寿を全うしたといっていいと思う。
只ひとつ心残りだったのは、念願の原爆映画をついに撮れずじまいに終わったことだろう。彼は生前、原爆が落ちた瞬間を一本の映画の長さ(つまり90分)に引き伸ばして描きたいと常々語っていた。実現すればどのようなものになったのだろうか。
一般に、新藤兼人といえば、「原爆の子」「第五福竜丸」など学校上映向けの教育映画的なイメージが強いと思う。だが、彼が一貫してエロスを作品のテーマに据えていたことは忘れるべきではないだろう。作品で思いつくのは「鬼婆」「人間」「わが道」「裸の十九歳」「ふくろう」等々だが、例を挙げれば枚挙に暇がない。
日活ポルノ裁判では、弁護側の心強い証人として出廷している。何でも証言のためにピンク映画館等に足を運び、類似作品の研究をおこなったという。頭の下がる思いである。
この時の新藤の証言内容を大まかにまとめると、以下のようなものになる(参考文献:斎藤正治著「権力はワイセツを嫉妬する」)。

生きることは性である。生命の根源が性であり、それは未来にかかわりを持つ重要な性質のものでもある。川端、谷崎、荷風等、文学者は性を追及してきた。性の深さの表現は文化のバロメーターである。
また、『性は教育の範囲内で扱われるべきで、ドラマの対象にする必要はない』という思想は危険である。性は魂と結びついたものであり、機械ではないからだ。
刑法175条の猥褻罪との関係でいえば、創作現場に入るとそんなことは言っていられない。むしろそうしたルールとぶつかっていくことが文化の前進と考えている。さらに、あらゆる文化は前進したいという要素を持っている。そして、大衆は英知を持っている。
性の抑圧は青少年に影響を与える。性を抑圧することから事件が起きている。また、映画館における未成年者の入場制限は無用だと思う。心配ない。

エロスの探求者としての新藤兼人の果たした功績を、今一度称揚したい。
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首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
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