時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
人身の自由について(4)
これでおしまい。流石にこれだけ長々と再掲を続けていると自己嫌悪になってくる。ひとつの記事があまり長いと見苦しくなる、と考えたので、複数回に分けての掲載となった。当初、二回くらいに分ければ充分だと思ったのだが・・・
実際にはこの後に死刑論議が延々と続くのだが、その後、社会情勢に様々な変化があったので、今回は省略した。「変化」と言っても、決してよい方向ではない。私自身の論点に変わりはないのだが、人前に出すには、内容をもっと詰めるべきと考えた。

(承前)
「残虐な刑罰の禁止」ですが、死刑とこの条項との関係について、判例があります。1948年の最高裁です。これは確か、母と妹を殺した被告人が、「死刑は残虐な刑罰であるから、憲法に反する」と訴えたのですが、判決で死刑は合憲とされました。ポイントは2点あります。まず、死刑は残虐な刑罰には当たらないということ。もう1点は、憲法は第31条「何人も、法律の定める手続きによらなければ、その生命もしくは自由を奪はれ」ない、にみられるように、死刑の存置を想定しているということです。
まず、死刑は残虐な刑罰かどうか。刑法11条に、「死刑は、監獄内において、絞首して執行する」とあります。絞首刑は、絞首台に立たされて、首に絞縄という縄をかけまして、床板を外し、落下の衝撃で脊椎と脳幹が破損して死亡するという方法です。「残酷な刑罰には当たらない」というのは、極めて疑問と思われます。
また、最高裁判決は、憲法31条を、「手続きを踏めば、生命を奪われることがある」と反対解釈しているわけです。勿論、31条は、適正手続きの必要性を規定したもので、生命が奪われていくことの当然性をうたったものではありません。死刑廃止と憲法31条は矛盾しません。
大島渚に『絞死刑』という映画がありますが、これは大体の雰囲気をよく表していると言われます。まだご覧になっていない方は、ぜひともご覧になって頂きたいと思います。また、アルベール・カミュが次のように述べています。「個人の心のなかにも、また社会の風習のなかにも、死が法律の枠外へはずされない限り、永遠のやすらぎは存在しないであろう」。これも噛み締めてみたい言葉です。

kokkai
スポンサーサイト

テーマ:日々のつれづれ - ジャンル:日記

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://noir731.blog106.fc2.com/tb.php/867-02f3b01f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

のわーる

Author:のわーる
首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
たまに衝動的におかしな絵を描いたりもする。
尚、この「のわーる」という名前は同名の素晴らしいアニメ作品とは直接関係は無く、サド侯爵の登場人物の名に由来するものである。



のわーるのつぶやき



最新記事



カレンダー

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -



最新コメント



過去記事のアーカイブ



カテゴリ



最新トラックバック



2010年「国際ジュゴン年」



検索フォーム



リンク

このブログをリンクに追加する



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



QRコード

QR



RSSリンクの表示



全記事表示リンク

全ての記事を表示する



FC2カウンター