時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
私達は誰のものでもない。
漠然としたまま、無為の一日を過ごしてしまった。情けない。
日中、鬱状態に襲われる。原因はおよそわかっている。疲労の蓄積と睡眠不足である。でもどうしようもないんだよな、これ。

以下の文章は2年程前に、発表する当てもなく記したものである。折角なのでここに掲載する。裏読みしすぎとの誹りを受けるかもしれないが、筋道だったものである限り、作品解釈は自由である筈だ。私はこう理解したほうが生産的と考えたため、このような論稿となったことをお断りしておく。
それにしても、臨界点に至った結果がハシズムのような代物だとしたらやり切れない・・・

ハンガリー映画「だれのものでもないチェレ」(監督 ラースロー・ ラノーディ)を観た。孤児である一人の少女が行く先々で虐待され、報われることなく死んでいく(?)という悲劇的な作品だが、背後に政治的な寓意が窺われる。つまり、最初に登場する農家=ナチス・ドイツ、2番目に登場する農家=ソ連、チェレ=ハンガリーと、擬人化されているのではないか。ナチスに占領され、ソ連に蹂躙されたハンガリーの近代史を譬喩として語っているのではないだろうか。そんな気がしてならない。
この映画が製作されたのは1976年。まだ積極的な体制批判が難しい環境であった筈である。そんな中で作られた一種の抵抗映画として考えてみると、また面白いかもしれない。
更に、この映画から今日のパレスチナ問題に思いを致すことも可能だろう。だが、何も外部にモデルを求める必要はない。ここで「自民党」「民主党」という単語を代入すれば、私たち自身の姿が見出されるかもしれない。無論、事態はまだ流動的だが、今後の動向如何では充分ありうる事柄である。
映画の結末は解釈の分かれるところであるが、人々の忍耐が臨界点に達したとき、一体何が起こるのか?色々複雑な思いを禁じえなかった。
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首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
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