時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
サドと死刑廃止論(1)
もう遥か昔のことになるが、サド侯爵のユートピア思想について論じたことがある。今読み返すと、若書きで実に汗顔の至りというしかない。だが、サドの作品を読む人もそれ程多いわけではないので、何らかの参考になればと思い、ここにその一部を発表する。長い論文の途中からの抜粋のため、やや繫がりが悪く感ぜられるかもしれないが、枯れ木も山の賑わいとして、ご容赦いただきたいところだ。

・サドの死刑反対論について
ユートピスト・サドを語る際に、今日なお重要性を帯びるテーマがその死刑廃止論である。生涯を通じて、彼は死刑制度に反対し続けた。この姿勢は彼の政治活動にもよくあらわれている。
「サドがピック地区の委員長としての権威を利用して、密告された者や告発された者の生命をしばしば救ってやったということは、ありそうなことである。(中略)サドが委員長の椅子を譲らねばならなかったのも、(中略)身におぼえのない反革命者の嫌疑で逮捕されねばならなかったのも、この度はずれな寛容の精神が招いた禍いであったと思われる」(澁澤龍彦「サド侯爵の生涯」)
理論として小説作品に表出されたものを検討すると、まず「アリーヌとヴァルクール」中の「ザメの物語」においては死刑の野蛮性と無意味性が主張され、「閨房哲学」所収の「フランス人よ、共和主義者たらんとすればあと一息だ」では、さらに彼の独自の自然哲学によってそれが補強される。「ザメの物語」ではやや心情主義的に流れる傾向があった死刑反対論が、後者では十八世紀の哲学言語に翻訳されるのである。(この項続く)

sade
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首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
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尚、この「のわーる」という名前は同名の素晴らしいアニメ作品とは直接関係は無く、サド侯爵の登場人物の名に由来するものである。



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