時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
「ぼくはまだとく名の背信者である」~吉本隆明逝く
<死>は絶対的な事象である。そしてそれは誰の身にも不可避的に降りかかる。これはどうしようもないことである。この度、吉本隆明にそれが訪れた。87歳という高齢を思えば、何ら不思議なことではないかもしれない。
私が吉本の文章に接したのは埴谷雄高「虚空」(現代思潮社)の解説文が最初である。その後、折に触れて吉本の文章を読み続けてきた。太宰治に対する評価では、初心な文学少年であった私にとって大切な道標となった。吉本は太宰を「革命的文学者」と規定していたのである。この一言によって私は、可愛さ余って憎さ百倍的な「太宰嫌い」から免れた。
大学時代、表現規制の問題について考えた時に吉本の戦争責任論や進歩主義批判は大いに参考になった。当時私は、作品を「理念の正しさ」という倫理性の呪縛から解放したいと思い、ひたすら思索を積み重ねていた。その中で特に私が悩んでいたのは、戦意高揚文学などの評価をどうするかの問題だった。所謂「強力効果論」を否定するならば、戦意高揚文学もまた容認されなくてはならない。ならば戦争責任はどこにいくのか、それが私の行き詰った地点だった。
私が出した結論は、「1.戦意高揚文学も、作品自体については評価が成り立つ 2.告発されるとすれば、作者の姿勢そのものである 3.その場合にも、単に戦争に協力したかどうかではなく、なぜ協力したか、如何に協力したか、が問われるべきである」というものだった。今でもこの結論は基本的に変わっていない。勿論、現実的な効果を求めないポルノグラフィやその作者は断罪に当たらない。ここに至るまでの間に、吉本の著作集をひっくり返しながら、必死に格闘し続けた。
吉本が徹底して民主主義文学などといった、良識派の文化論に対して攻撃し続けたことは良く知られている。「スターリン主義の文化官僚」などといった罵倒語がすぐに浮かんでくるが、彼の批判は既成左翼や良識派ぶった文化人の言説に対し、徹底的な破壊力を持っていた。だが口の悪さはともかくとして、その骨子は現代でも有効であり、太田昌国がいうように、確かな希望への手掛かりがそこに存したのである。
論争としては、花田清輝との論争が有名である。こちらは「記録芸術」の同人に誰を入れる入れないで揉め出して、その時の花田の対応がひどかった、政治主義的に仲間を切り捨てるものであった、ということで始まったものである。論争は罵り合いに終わり、実りのあるものにはならなかった。結果、物書きとしての花田が以後顧みられなくなってしまったのは残念である。
埴谷雄高との論争は二回あった。一回目は黒田寛一(革マル派の創設者)の立候補の時で、埴谷が名前を貸したことに対する批判だった。このときの論争(というより質問と回答)はきれいに収まったのだが、二回目の悪名高い「コム・デ・ギャルソン」論争は泥沼だった。解説すると、吉本の「情況への発言」の居丈高な姿勢(芸風)に埴谷が不満を持っており、自身がからかいの対象になったことをきっかけに、面々と回りくどい公開書簡を発表した、というものである。要は「自分の弱さを自覚して下さい」ということだが、最終的に埴谷の第三世界主義的な脇の甘さが批判されることになった。傍目には、あまり印象の良くない論争だったのは確かである。
尚、「「反核」異論」については過去に触れたので繰り返さない。さしあたり、人が言うほどおかしな本ではないという事を記しておこうと思う。
話はまだ尽きることが無いが、今日のところはこの辺で切り上げることにしたい。嘗て埴谷雄高は「レーニンはレーニン全集の中にあり」と喝破した。これをひいて言うならば、「吉本は吉本著作集の中にあり」である。まずは彼の詩篇群を読み直してみたいと思う。

yoshimoto
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インスタント・カーマ
予想通り、今回のエントリー記事は、当然。 

初期の「共同幻想論」。欧米型近代合理主義と旧来の日本人の「営み」との違和感を実は読んだ当時(学生時代)は「そんなの当たり前、どこが悪い」と長年思っておりましたが小泉政権初期に読み返しておくべきでした。そして晩年の「真贋」(文庫本化されているのを知りませんでした)を読んでますますその思いが強くなっております。何をもって善悪とするかなんて人それぞれ、ただし「戦争」は例外…。 

今「報道特集」でハシゲ大阪の「教育改革」を特集しています。何をもって「優秀」とするかなんて誰にもわからないのに、落ちこぼれた学生たちを「戦争」に駆り立てようとしているのでは?今ごろ吉本隆明はどう思っているのでしょうか?。
【2012/03/17 18:38】 URL | ダムド #- [ 編集]

Wの悲劇
> 予想通り、今回のエントリー記事は、当然。 
amazon騒動の余波(Wのこと)なども書こうかと思っていましたが、あまりにもレベルが低いので見送りました。
吉本はついに生で見る機会にめぐまれませんでしたね。一度講演のチケットを取ったのですが、直後に海で溺れるという事態に。あの脱力感は尋常ではありませんでした(苦笑)
放置された本がまだ多いので、おいおい消化していこうと思っています。しかし、「心的現象論」は・・・

> 「報道特集」
気付かずに過ぎてしまいました。
「優秀」?よせやい、冗談じゃねえや。知のオケラたちに限って、ちょっと褒められたくらいで有頂天になり、私優秀なエリートですなんてのぼせ上がるんだ云々・・・そんな罵倒語が聞こえてきそうです。
【2012/03/17 23:28】 URL | のわーる #- [ 編集]


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首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
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