時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
誰も不幸にしない可能性
一昨日の記事は、三原順「Die Energy 5.2☆11.8」について語るための枕が膨らんだものである。
その後、論の構想自体が変わってしまったため、必ずしも続きとなっているわけではないが、取り敢えず作品の感想を記すことにする。

主人公は電力会社の「優秀」な社員。彼は原子力に対しては極めて屈折した感情を抱いているが、実務上は極めて割り切った冷淡な素振りを見せる(ただ、彼の性格についてははあまり一貫した描き方がされていない)。隣家には環境団体に所属する女性がおり、諍いがたえない。そんな中、低濃縮ウランのキャスクがテロリスト達に盗まれ、主人公は事件の渦中に巻き込まれる…

事実関係の情報は多い。それだけでもこの作品の価値は貴重である(尚、タイトルは「5.2のエネルギーを生むためには11.8のエネルギーロスが生じる」という、原発のエネルギー効率から採られている)。だが、そこに振り回されてしまった部分も多いように思える。特に反対派がステレオタイプにしか描かれていないため、作中人物の交わす議論が電力会社の土俵に乗ったものになっていることは否めない。本来白熱した議論になるべきところが、最低の鞍部に乗ってしまっているのだ。尚、テロリスト/急進派の扱いに至っては、只の異常性格者である。以前にも記したように、彼らの倒錯は、一定の正当性を出発点としている。
総じていうとこの作品の中核は、反原発が消費者エゴと結びついてしまっており、その矛盾点が解決困難な地平に陥っている、ということである。「電気は欲しい、しかし原発はイヤだ」というのは醜い我欲であり、いわばクレーマー的心理に陥っているというわけだ。そうなると、「反対派は自ら豊かな暮らしを求めてきたことに対し、総懺悔をするべきだ」というロジックになる。これは、あまたの反・反原発派が掲げる論理と同一である。
このエゴイズムの問題を作者は普遍的な課題として呈示しようとしたと思われる。だが実際は、国によって事情は異なる為、一概には語れない。日本では、この種の倫理的脅迫は「原発がなくても電気は足りている」という指摘で、あっさり瓦解する筈である。また、主人公は冷笑的に語るが、「誰も不幸にしないこと」を考えることはお伽噺ではない。問題を解決する場合、まずは二兎を得る方法を目指すべきなのだ。エネルギー問題として考えた場合、私達にとって原発反対は、誰の不利益にもならないのである。
文明=悪ではないかという、倉本聰的な思考法を私は採らない。退行に救いを求めるような解決方法を、私は支持しない。必要なことは、「原発のない昔に還ろう」ではなく、原発のない未来を作ることである。

特にわが国においては、エネルギー的には必要とされない原発を望んだのは国家であり、そこから莫大な恩恵を受ける電力会社、ゼネコン、自治体である。国家は莫大な補助金・交付金をばら撒き、政治家は見返りとして、企業から政治資金を回収するわけだ。原発の罪深さは、こうした補助金や交付金なしには自治体が成り立たなくなってしまうことである。いわば、薬物中毒と同断である。そして、これを口実に原発政策の延命を図ろうとするのが現政権の目論見である。
悪しき連鎖が続いている。実体のない官製の原発バブルで人々を躍らせた結果が福一である。全てが衆目にさらされた現在、「収束宣言」などという、形ばかりの弥縫策で誤魔化されるほど私達は愚かではない。まずは拒絶の意思を徹底して示さなくてはならない。

mihara

現代思想2011年10月号 特集=反原発の思想現代思想2011年10月号 特集=反原発の思想
(2011/09/26)
鎌田 慧、吉岡 斉 他

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テーマ:漫画の感想 - ジャンル:アニメ・コミック

この記事に対するコメント
有難うございますと三原順ファンは申します(結構、涙…)
有難うございます。三原順氏の作品を、読んで戴けただけで嬉しいです…とても深いところまで解読なさっていると思い、うるうる…とても感じ入りました。
勿論この作品は、他の三原順作品から比較すると、決して評価は高くないと思います。テロリストの描写など、惜しい限りではあります。ただ、まず「スリーマイル後チェルノブイリ前」の時間的制約はあり…やはり消化不良だとは思いますが(いやだって月刊連載だったし…とか擁護(汗))。
この時代、1981年ならば、日本は原発無しでも全然やっていけたのですょね…
…尚、色々思います。はい。「意見の対立は感情の対立にはならないように出来る筈」と信じつつ。
自分はそれでもこの作品「Die Energie 5.2 ☆ 11.8」がとても好きであります。その舌足らずな処、不首尾な処全て含めて「オレは加害者でいい」に、ある意味実感致しました。多分自分も「加害者」なのだと自覚しております。自分の手は白くない。色々な意味で。
しかし有難うございます。ご拝読戴き嬉しい。三原順作品のファンとして、あつく御礼申し上げます。
【2012/03/06 03:12】 URL | ふぶら #- [ 編集]


恐縮です。
あと、併録されていた、self murder seriesが良かったですね。一話一話全く異なったアプローチで、読みごたえがありました。「踊りたいのに」は萩尾望都の「ヴィオリータ」を思い出しました。あれをひっくり返した感じかな、と。
【2012/03/07 00:09】 URL | のわーる #- [ 編集]

おぉ…有難うございます
おぉ…有難うございます。なんと併録の「Self Murder Series」がお気に召されたとは!かなりブラックな内容でもありますが…。
でも今の少女誌には無い感じではありますね。複雑な味わいがいとおしく、微妙に苦い笑いを誘うところも三原順だと思います。これらの作品群は通して読んだ方が良いかも。実は月刊誌で単発で一作ずつ読んでた当時は、ちょっと暗い気分になったりもしました。「踊りたいのに」…しまった萩尾モー様の作品の方が思い出せない!(激汗)
本当にご拝読有難うございます。昔日の愛読者にとって、これ以上の喜びはありません。
【2012/03/07 01:48】 URL | ふぶら #- [ 編集]

永遠をかけるあこがれよ
> 「踊りたいのに」
永遠の憧れを求め続けていくということですね。恋愛とは、それ自体呪いのようなものなのかもしれません。
【2012/03/07 23:12】 URL | のわーる #- [ 編集]


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首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
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