時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
「知識人とは知ったかぶりをしない人のことである」
鶴見俊輔が司馬遼太郎について語った文章を読んだが、なかなか面白い。
一般に司馬遼は進歩派から評判が悪く、復古主義の教祖として罵詈讒謗が加えられる事が多い。事実、復古主義者から祭り上げられているのは確かだが、概してこれらの批判はちゃちな思い込みによる一方的な断罪の域を出るものではなかった。結果的に批判が当たっているかどうかは別の問題である。
運動圏における司馬遼批判としては、太田昌国による「近づく司馬遼、遠ざかる司馬遼」が最良のものだと思える。司馬遼の最良の部分を見据えながら、その弱点、陥穽を鋭く指摘するこの論考は、凡百の左翼による中傷とは一線を画していた。尤も、左翼活動家の間でも「竜馬が行く」を愛読している人がいるので、必ずしも「左翼=司馬遼嫌い」ではない事はお断りしておく。最近の「週刊金曜日」も司馬遼については比較的良質な記事を掲載している。
さて、鶴見俊輔の話に戻ろう(彼を左翼と呼ぶかどうかはひとまず措く)。先の鶴見の談話は司馬の「坂の上の雲」に言及したものだが、彼はこの批判の多い小説から最良のものを見出そうとしている。
鶴見の理解では、司馬のテーマは「明治育ちの人間が日本をダメにした」というものである。幕末に生を受け、不安の中を上ってきた人たちは日露戦争をやめる決断が出来た。しかしこうした不安や孤独を知らず、彼等に便乗して上りきった所から始めた人たちは、自らの幻想に酔い、やがて昭和の戦争を招来していく…。鶴見は司馬が小説化を断念したノモンハン事件を例に、これを分かりやすく解説する。
現場を知らないエリートが出鱈目な判断をして、挙句の果ては隠蔽工作にひた走る図は、福島原発の事故にも通底しそうである。また、談話の中で、鶴見は「知識人とは知ったかぶりをしない人のことである」と定義している。これは司馬の人柄について語ったものだが、実に重要な所を突いていないだろうか。

司馬遼太郎の流儀―その人と文学司馬遼太郎の流儀―その人と文学
(2001/02)
小山内 美江子、出久根 達郎 他

商品詳細を見る
スポンサーサイト

テーマ:最近読んだ本 - ジャンル:本・雑誌

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://noir731.blog106.fc2.com/tb.php/578-749b71d2
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

のわーる

Author:のわーる
首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
たまに衝動的におかしな絵を描いたりもする。
尚、この「のわーる」という名前は同名の素晴らしいアニメ作品とは直接関係は無く、サド侯爵の登場人物の名に由来するものである。



のわーるのつぶやき



最新記事



カレンダー

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -



最新コメント



過去記事のアーカイブ



カテゴリ



最新トラックバック



2010年「国際ジュゴン年」



検索フォーム



リンク

このブログをリンクに追加する



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



QRコード

QR



RSSリンクの表示



全記事表示リンク

全ての記事を表示する



FC2カウンター