時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
教育勅語は全否定すべきである
タレントの関口宏が、「教育勅語は酷いものである、いいことも書いてあるのに、「一旦緩急アレハ」のくだりで台無しになっている」という趣旨のことを述べていた。正直、これはやばいなと思った。わたしはこのタレントのリベラルな貌を全く信用していないが、この「いいことも書いてある」という印象は、多くの人がそれなりに共有しているのではないかと思う。決して稲田朋美のような愚か者に限られた話ではない。
そこで、わたしなりにこの勅語について ― 検証というほどではないが ― 思考してみたいと思う。

まず、「皇祖皇宗~德ヲ立ツルコト深厚ナリ」について。古代史における権力抗争が血塗られた歴史であることはいうまでも無く、天皇制も例外ではない。到底この種の美辞麗句で覆い、誤魔化せるようなものではない。
「克ク忠ニ克ク孝ニ~」のくだりは、「お前たちは古来よりよく忠孝に励み、天皇制国家に尽くし、一丸となってこの国の歴史を築いてきた」ということである。だが幕藩体制を見れば判るように、天皇制など長きに亘って庶民のあずかり知らぬ事柄であった。事実関係ひとつみても出鱈目である。これらのくだりは歴史を偽造することで、「先人たちによって営々と築かれてきた忠孝の精神」という、偽りの重みを人々に背負わせようというものである。
「夫婦相和シ朋友相信シ」から始まる理想的人間像については、「いいことも書いてある」と評価される要因となっているが、これは、「恭儉己レヲ持シ」に象徴されるように、「文句を言わず、事を荒立てず、黙って従う」という理念を導き出すための導入部である。
「學ヲ修メ業ヲ習ヒ」云々(でんでんではない)についても同様、「公益に尽くせ」というための導入部である。
こうして、あの評判の悪い「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ」に続く文言が導き出される。いざとなったら天皇制国家のため、一身を捧げよと。「天皇あやうし」、考えるな、国家に尽くせ、皇国を信ぜよ、国体を護持せよ。これが導き出した結果は見ての通りである。
「天壌無窮ノ皇運」以降は、「これは祖先によって築かれてきた美風であり、古今を通じて正しい道である。お前たちは必ずこれを守れ」と、仰々しい修辞で押し付けるものである。

このように教育勅語の文言は全て繋がっている。一見よさげに見える文言も、全て隷従を強いる文言を修飾し、導き出すための言辞となっているのであり、一部を切り出して「いいことも言っている」と評価しうるものではない。
よって、教育勅語は全否定するべきものである。
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首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
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