時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
フェイクといかに付き合うか
森達也監督「FAKE」がなかなか面白い。作曲家・佐村河内守を扱ったドキュメンタリーで、題材の選び方がいかにもこの人らしい。
まず断っておくが、本作はニュース番組的な作品ではない。「事件の真相を明らかにする」といった内容を期待するのであれば、それは見当違いというものである。「A」、「A2」を観て、オウムの現在を語るというのが不毛であるのと同断である。これは、ひとりの人間(或いは一組の夫婦)が、騒動の中で、如何に振る舞い、悩み、考えてきたかを描いた作品である。ケーキの描写、猫の表情等、なかなかユーモアのある映像が盛り沢山で、実に心地良い。わたしはテレビを殆ど観ないので、新垣隆がバラエティに頻繁に登場していたことを全く知らず、不思議なものを見る思いだった。

終盤に森監督は「何故新曲を作ろうとしないのか?作りましょうよ!」と佐村河内をしきりに焚き付ける。ここには、長年映画を撮れずにいた森自身のジレンマが含まれている筈である。「好きなんだろ?作ればいいじゃないか!作ろうよ!」
それに答える形で、佐村河内はついにシンセサイザーを駆使し、騒動後初めて新曲を製作する。わたしは、彼が一人でゲーム音楽を作曲した時期もあるとは聞いていたので、作曲能力があることは知っていた。そのため衝撃とは思わなかったが、何故か圧倒された。心を揺さぶられたことをここで告白しておく。
エンディングテロップが流れた後、監督は佐村河内に「今まで僕に嘘をついていたことは無いですか?」と問いかける。彼はそこで暫く無言となり、回答が描かれないまま映画は終わる。この沈黙が何を意味するかはわからない。音楽のこと、聴覚のこととは何ら関係の無いことかも知れない。だが監督は、敢えてこのシーンを最後に残すことで鑑賞者に揺さぶりを掛ける。これまで貴方の見ていた現実はフェイクかもしれませんよ、と。これは、全てを疑えというメッセージであると同時に、「嘘でもいいじゃない」という呼びかけでもある。
結論を宙吊りにすることは、森達也のいつものパターンではある。これは超能力少年や悪役レスラーなどでも変わらない。つまり、全てを白黒はっきりつける必要があるのか?ということだろう。フェイクであるか否か、そこのいかがわしさを踏まえたうえで、対象と付き合う方法もある筈である。それよりも糾弾されるべきウソは、他に数多く存在するのだから。

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首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
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