時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
標的の海~手塚治虫考(2)
手塚治虫のマンガに、「海の姉弟」という作品がある。主人公は沖縄に暮らす、二人の姉弟。彼女達は村から離れた海辺に暮らし、珊瑚に巣食うオニヒトデの駆除を生業にしている。街に出れば村人たちの陰口が絶えない。この姉弟は村八分の存在なのだ。
原因は戦時中、彼らの母親が米軍に騙されて村に兵を呼び込んだ事にある。その結果、村が丸ごと焼き討ちされ、多くの村人が虐殺されることとなった。その経緯もあり、戦後になって、彼女が白昼米軍に何度も強姦された際にも、村人が彼女を助けることは無かった。彼女に対するこうした憎悪と、混血児への蔑視感情から、姉弟は今も尚、村人に受け入れられることは無い。
ある日、この姉に対して縁談が持ち上がった。相手はヤマト(内地)の大企業の社長である。ヤマトンチュを信用するな、と主張する弟の反対を振り切って、姉は結婚を決意する。
その後暫くして、姉弟の暮らしていた珊瑚の海の埋め立て工事が開始される。開発による利益をもくろむ夫の差し金であった。母親は米軍に騙され、娘はヤマトに騙されたのである。夫の裏切りを知り、彼の元を飛び出した姉は、工事車両の前に立ちはだかる。
「さー、くるならおいで!死んでもうめさせないわ」
しかし、破壊作業は止まることなく、彼女はそこで命を落とす。姉の亡骸を発見した弟が叫ぶ。
「だれも彼も出ていけーっ。人殺しめーっ」
荒々しく工事が継続されるシーンで作品は幕を閉じる。

あまり目立たない短編なのだが、米兵による強姦問題等も描かれ、かなり社会問題に切り込んだ内容となっている。尤も、これには手塚の敗戦直後の記憶も反映されているのだろう。だが、手塚が沖縄にこだわりを持っていたのは確かなようである。ブラック・ジャックが、集めた高額な医療費で沖縄の島々を購入し、自然保護に尽力していた(註)のはファンにとってはよく知られているし、「MW」のモデルは在沖縄米軍のサリン漏洩事件である。この他にも、さりげなく作品の背後に沖縄を忍ばせたものは意外と多い。沖縄とは手塚にとって回帰すべき大自然の象徴であり、一方で戦争の傷跡を今も尚残す、生々しい場所でもあったのだ。
手塚は嘗て、沖縄海洋博にプロデューサーとして携わった(「海の姉弟」にも言及がある)。開発によって齎される環境破壊に対し、忸怩たるものがあったに違いない。「我々は沖縄に対して負債を負っている」というのは大島渚の言葉だが、手塚も同じ思いを共有していた筈である。

作品の内容に戻る。オニヒトデとは、沖縄を破壊するヤマトンチュたちのメタファーであることは疑いない。オニヒトデは生存の為に捕食を行うが、ヤマトの資本家達は、際限なく利益を貪るために珊瑚の海を破壊する。姉弟たちは、戦争、環境破壊、そして米国とヤマトからの蔑視に苛まれる、沖縄の現代史を象徴的に表している。
ストーリーだけを素直に追ってもいい。これは今も尚、沖縄で行われていることなのだ。リゾート開発と米軍基地建設の違いはあるが、両者の間に本質的な差はない。前述のように本作には、戦争、環境破壊、沖縄蔑視と、必要な要素は全て詰まっているため、今日の辺野古の事態にストレートに重なってくる。

高校生の頃に初めてこの作品を読んだときは、主人公の分離主義的な傾向(ヤマトとウチナーは相容れない)と、救いのない結末に閉口したものだった。だが、最近読み直してみて、涙が溢れて仕方がなかった。手塚の社会派作品の中でも、鋭い切れ味を持った一編である。

(註)彼は身寄りの無い、貧しい老人達の養護施設も設立している。

IMG_1856.jpg
スポンサーサイト

テーマ:最近読んだ本 - ジャンル:本・雑誌

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://noir731.blog106.fc2.com/tb.php/1507-e850178f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

のわーる

Author:のわーる
首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
たまに衝動的におかしな絵を描いたりもする。
尚、この「のわーる」という名前は同名の素晴らしいアニメ作品とは直接関係は無く、サド侯爵の登場人物の名に由来するものである。



のわーるのつぶやき



最新記事



カレンダー

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -



最新コメント



過去記事のアーカイブ



カテゴリ



最新トラックバック



2010年「国際ジュゴン年」



検索フォーム



リンク

このブログをリンクに追加する



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



QRコード

QR



RSSリンクの表示



全記事表示リンク

全ての記事を表示する



FC2カウンター