時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
四半世紀ぶりの邂逅~手塚治虫考(1)
このところ、手塚治虫について考える機会が増えた。少年期にかなり熱中して読んだ時期があるのだが、未読の作品も多いので、少し腰を入れて読んでみようかとも思っている。一人の作家の作品群とある程度付き合えば、それなりにその作家の限界も自ずと見えてくる。手塚にも、どうしようもない愚作があるもので、途轍もない作家だという認識は変わらないが、ある程度自分なりの評価は定まっていた。さらに手塚の死後は、偶像崇拝に嫌気がさしたので、改めて作品にアプローチする機会も減っていった。
さて、この度手塚の最晩年の作品である「ミッドナイト」の最終回を手にする機会があった。この作品はリアルタイムで折に触れて読んでいたのだが、終盤は休載が多くなり、著者の体調が気にかかっていた。「少年チャンピオン」を毎週購読していたわけではないので、最終回の掲載を気付かずに見逃してしまい、間もなく著者も帰らぬ人となってしまった。
単行本にもこの最終回は収録されていないため、私も長いこと未完の作品と思い込んでいた次第である。興味のある方は文庫版の第4巻を手に取っていただきたい。
作品の内容を述べると、これは無免許のタクシー運転手が、行く先々で出会う様々な人間模様を描いたものである。一方で、この主人公には交通事故で植物状態になったマリという恋人がおり、彼は彼女を救うべく日夜奮闘する。ストーリーはこの恋人との関係を主軸に、一話完結形式で進んでいく。
物語が進むにつれ、無免許医ブラック・ジャックの協力、遺産をめぐり対立する双子の妹の登場など、主人公をめぐる人間関係がかなり錯綜してくる。また、妙にオカルト色の強い話が多いのもこの作品の特徴で、手塚が自らの死期が近いことを悟っていた節もある。
終盤の展開はこんな具合である。ある日、日米合同軍事演習の最中にミサイルが誤って市街地に投下されてしまう。主人公の車も巻き添えとなり、周囲を火に囲まれ、炎上する車の中で彼は何とか活路を見出そうとする・・・これが私が雑誌で読んだ最後の場面であった。
最終回で、主人公は瀕死の状態で救出される。だが、もはや危篤状態で手の施しようの無い段階であった。そこでブラック・ジャックが登場する。彼は植物状態にあるマリの救済を断念し、脳死と判定、主人公の脳をマリに移植することで、彼の生命を救う。女性の体となった主人公は、やがて記憶を失い、新たな人生を送ることになる。

衝撃のラストと話題になったらしいが、最大の問題はマリの救出を断念したことにあるだろう。彼女が脳死状態か否かの判断は作品を貫く重大なテーマであり、ストーリー上の必然からすると、やがて彼女が意識を回復するであろうことが期待されていた。おそらく手塚は自らに「時間が無い」ことを悟り、やむなく彼女の救出方法を案出することを放棄したのではないか。「おれは生まれてはじめて、恐ろしく冷酷な決定をくだすぞ」とブラック・ジャックに語らせているように、それはあまりにも痛ましい決断であった。
だが、個人的にこのラストはそれ程嫌いではない。まず、男女の性別の入れ替えは手塚作品ではお馴染みのテーマである。「リボンの騎士」、「どろろ」、「MW」等、枚挙に暇が無い(個人的には幼少期に読んだ「キャプテンKen」の女装が鮮烈だった)。いかにも手塚らしい纏め方である。
次に、この作品がその結末において、完全に「ブラック・ジャック」のスピンオフとして位置づけられた点である。これまで本作ではブラック・ジャックはゲストキャラクターとしての位置に留まっていたのだが、この結末によって、「ミッドナイト」という作品自体が「ブラック・ジャック」の一連のストーリーの中に吸収されることになった。ファンにとっては、にやりとする事柄だろう。
だが、何よりも注目して欲しいのは、戦争がここでも大きく影を落としていることである。先にも述べたように、主人公が危機に陥った原因は、軍事演習によるミサイルの誤射である(ミサイルの誤射は戦争ではないという意見は無視する)。模擬弾とはいえ、そんな代物が市街地に謝って射出されるというのは、かなり強引ともいえる。だが、一見突拍子も無い設定を、敢えて持ち込んだ理由について考えると、ここには手塚の遺言があるような気がする。手塚治虫は戦中派として、戦争に対して強くこだわり続けた作家だった。少年期における大阪空爆の経験は、終生彼の脳裏に焼きついたに違いない。その手塚が最後に完結させたマンガが、戦争を背景に示しながら幕を閉じるというのは象徴的であり、実に感慨深い。
手塚の没後、長い時を経て漸く本作の結末に辿り着いたのだが、様々な思いが溢れ出るような読書体験だった。

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首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
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