時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
澄み切った風景
前回予告したように、「劇場版 蒼き鋼のアルペジオ -アルス・ノヴァ- Cadenza」(監督:岸誠二)のレビューを忘れていたので、簡単に記す。

大分ストーリーを忘れてしまったのだが、簡単に記す。内容は、前作で人類に降伏勧告を行った<霧>※の艦隊に対し、主人公達一行が単独で乗り込み、話をつけようとするもの。ここに、<霧>側の戦艦ヒエイ、重巡ハグロ、アシガラ、ナチ、ミョウコウを中心とする艦隊が立ちはだかる。
アクションは相変わらず見事な出来栄えで、重巡洋艦である筈のアシガラが、主人公達の潜水艦イオナ(イ401)を追って、勢いよく潜水を決行する場面には度肝を抜かれた(「アホの子」と呼ばれる所以である)。TV版の最後で漸く心を開いたコンゴウが、頼もしい活躍をするシーンも見逃せない。見せ場の連続で、時間内に収まらないのではないかと懸念されたが、きっちりと丁寧に纏めた手腕は見事である。

そもそも<霧>は、自らを単なる「兵器」と規定し、アドミラリティ・コードなるものに従う存在であった。人類との戦争もこのコードに従って行われたわけだが、本作において、このコードは、想い人(主人公の父親)を失った霧のリーダー・ムサシの哀しみが作り上げたものであることが判明する。「私たちは兵器。ただアドミラリティ・コードに従えばよい」と語り続けてきた<霧>のアイデンティティが、根本から失われてしまうわけだ。要するに、<霧>は人間と変わらない存在だったわけである。
末尾において<霧>たちはコードから完全に解放され、これからは各々が自由に生きるように告げられる。人類との全面戦争は一旦御破算にされ、新しい時代が幕を開ける。

本作のテーマは、他者との理解は可能か、というものである。異生物たる<霧>は、自らを兵器として定義づけるが、主人公たちと出会うことにより、その定義が揺さぶられ、崩されていく。<霧>は他者との関係を通じてますます人間的となり、他者を拒絶する人類側の狡猾な軍人たちが、ますます怪物的に見えてくる。
無論、他者との相互理解など、そうそう望めるものではない。だが、他者の殲滅によっては、社会は成り立たず、解決は望めない。結局は他者と付き合い続ける他は無いものだ。
これを苦渋に満ちた形で提示すれば、庵野秀明になるのだが、本作のエンディングはのんびりしたもので、実に爽やかである。人類と<霧>との対立がそうそう解消するとは思えないが、まあ、ぼちぼちやっていこうよ、という力みの抜けたメッセージが見られ、これは決して悪くない。ラストにはヒロインたるイオナの帰還が暗示され、爽やかな後味を残す快作だった。

※<霧>とは軍艦の形状をした、意思を持った謎の存在。「メンタルモデル」と呼ばれる、人型の形状を加えることで、人類との意思疎通を可能にした者も存在する。劇中で活躍するのはこちらのタイプ。


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首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
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