時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
「人間って、非情なものですね」~水木しげるの思い出
水木しげるが、人間界から妖怪の世界に移行していった。まさに東洋的大人(たいじん)と呼ぶにふさわしい、大きな器を持った作家であった。
私の水木しげる体験を言えば、御多分に洩れず「ゲゲゲの鬼太郎」ということになる。尤も、私が楽しんだのは、幼年期に再放送された第一期と第二期であった。早朝の放送であったため、わざわざ早起きして両親を困らせたものである。
原作本「墓場の鬼太郎」(「墓場鬼太郎」ではない)が旧小学館漫画文庫から発売されていたが、なぜかこちらは購入することが無かった。特に理由があったわけではない。ただ何となく買いそびれたままとなったのである。
後年に製作されたアニメ版は見ていない。昨今の、猫娘が美少女化したシリーズも直接には知らない。原作本のタイトルまで「ゲゲゲの鬼太郎」と変更されたことにも不満があった。幼年期に思い入れた作品に対しては、妙に保守的になるものである。
本格的に水木作品に向き合うようになったのは、大学生の頃にガロ版「鬼太郎夜話」、「悪魔くん千年王国」を読んでからである。正義のヒーロー物とは一線を画す、社会批判とペーソスを湛えた独自の作品世界には引き込まれた。
ただ、手放しで褒めていたわけではない。例えば「猫楠」での、「トムソン氏に暴行を働いた」という内容の、誤った描写には鼻白む思いだった。実際は「図書館利用者(ダニエルズという名である)を殴打した後、トムソン氏(大英博物館館長)を罵倒した」というものである。既に研究書も多く刊行されているにもかかわらず、こうした誤った熊楠伝を踏襲していることに失望したものである。
また、如何に水木の存在が大きいとはいえ、妖怪と呼ばれる民間伝承が何もかも水木色というカラーに染められてしまっては堪らない。出版社はバカの一つ覚えで、妖怪・物の怪=水木という固定観念を広めようとするので、結果、私は水木から距離を置くようになった。率直に言うと、食傷状態にあったのである。
彼が「総員玉砕せよ!」などの戦記物や昭和史に手を染めていることは知っていた。ニューギニアで左腕を失った戦争体験が彼の作風に大きく影響していることも熟知していた。だが、それらを本格的に読み込むということは無かった。ここで「本格的に」というのは、手元において繰り返し読む程に、という意味である。大雑把に立ち読みする程度には読んでいるが、深く読み込んだわけではない。理由は単純である。刊行当時は金銭的に行き詰っていたし、文庫化されて以降は、ほかの事にまぎれて手に取る機会が無かったためである。
彼が池上遼一やつげ義春など多くの後輩を育てたことについても一言あるのだが、長くなってしまったので割愛する。「釣りキチ三平」の矢口高雄のデビューにも一役買っていることを、ここでは申し添えておこう。

ガロ版「鬼太郎夜話」は今でもちくま文庫版で手元にある。こちらは貸本版鬼太郎のセルフ・リメイクである。よって、この鬼太郎は正義のヒーローではない。遊び好きで計算高く、なかなかに狡猾な一面を併せ持つ、我々と等身大の人物である。その鬼太郎が騙し、騙され、様々な紆余曲折を経た後、ラスト近くで父親に告げる。
「人間って、非情なものですね」
これが水木マンガの到達したひとつの地平である。彼の作品世界は脱力した鷹揚さに溢れているが、その根底にはこうした厳しい人間洞察が潜んでいることを私たちは思い出すべきだろう。

study2007氏に続き、原節子と訃報が相次ぐ。study氏の場合は、本人より余命幾許も無いことが告げられていたため、こちらもじっとその時を待ち続けているようで、辛かった。この人のことについては後々記そうと思う。
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首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
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