時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
悪夢のように心地よく~マグリット展の印象
マグリットの作品は、観るものを不安に誘(いざな)う。それは、シニフィアンとシニフィエの関係に、徹底的に揺さぶりをかける。
私がマグリットの名を知ったのは、安孫子素雄のマンガ作品の紹介記事だったろうか。たしか「マグリットの石」と題する作品があった筈である(未読)。ホラー作品を多く物している安孫子のことである。その独特の感性にとって、マグリットは格好の題材となったのだろう。
但し、率直に言うと、マグリットの絵画そのものにはホラーチックな要素はあまりない。先述のマンガの題材となった、空中に浮かぶ石の絵も、澄み切った画風で描かれる。むしろ、「空の鳥」などに見られるように、そこには人を食った遊戯性が渦巻いているといってもいいだろう。にもかかわらず、その作品が不安を与える理由は、その挑発的なタイトルとの関係にあるのだろう。
「これはパイプではない」という一連のシリーズがある(フーコーの論文は未読なので、差し当たり勝手な感想を書き連ねていく)。タブローとして描かれているのは、まぎれも無く一本のパイプである。鑑賞者はここで意味を宙吊りにされる。パイプのタブローによって意味されたシニフィエが、「パイプではない」という文言によって、激しく揺さぶられるのである(ここでシニフィアン/シニフィエ、さらにレファラン(指向対象)との関係を論ずると果ての無い深みにはまるので、詳述はしない)。
同様のことは、「世界大戦」のような作品にも言えることである。こちらの場合は、「顔」を欠落させることによる不安/混乱と、不条理な題名との関係が鑑賞者を慄然とさせる。これは「凌辱」などの作品も同様である。
石の絵に戻ってみよう。この作品群は空中に浮かぶ巨大な大岩を描いたものである。岩は激しく移動するわけでもなく、ただ静かに空中に佇んでいる。岩の上に建築物が描かれたものもある。堅固な質量を持った岩が、当たり前のように空中を浮揚している。それはどこか人間を拒絶し、あざ笑うかのようにさえ見える。空中浮揚ではないが、「ガラスの鍵」もまた、異様な予兆を孕みながら鑑賞者を挑発してやまない。これは、悪夢のような心地よさを内包した神話世界なのだ。
今回の展覧会は、なかなかのボリュームで満足のいくものだった。行列で待たされるのは少々閉口だが、まあ致し方ない。「鳥獣戯画」の時よりはずっとましである。
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首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
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