時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
続・イメージの闘争
以前、「ホーンテッド・キャンパス」にかこつけて記した文章の補足。本当はこちらをメインにしたかったのだが、長くなったので、稿を分けることにした。

仕事柄、よく三里塚にある空港の駅を使うのだが、現在も忌々しい思いを禁じえない。農民を虐待して作った空港に一体どんな大義があるというのか。
この三里塚闘争だが、脱原発の参加者の間からも、「農民の穏健な反対運動を過激派が掻きまわして滅茶苦茶にした」という言説を耳にする。ふざけるのも大概にしろと言いたい。愚劣な党派抗争で混乱を齎したというのはあるにせよ、この事なかれ主義者のいう意味で「滅茶苦茶にした」わけではない。
武装闘争を選択するか否かは、対抗手段として、それが有効であるかどうかに掛かっている。農民たちは、度重なる公権力との衝突において、某党のように道端で歌を歌っていても何の有効性も無いということを理解した。この歌声連中の運動はアリバイ作りの域を出ず、何ら当事者の意思を反映しなかった。農民たちが、新左翼の反戦学生たちと行動を共にするのは必然だったのである。別に私はおどろおどろしい武装農民のイメージを描くつもりはない。だが少なくとも、機動隊員が三名死亡したとき、「溜飲が下がる思いだった」と、戸村一作が記すような空気は、確実に存在していた筈である。

現在、辺野古基地反対運動において、「沖縄の基地容認論を過激派が掻きまわしている」などといった言説が一部で流布されている。挙句の果ては、「中国側が資金援助している」などと公共の電波で語られてしまう始末である。
「三里塚闘争を過激派が滅茶苦茶にした」というのは、「基地問題を過激派が滅茶苦茶にしている」などとのたまうのと同等である。公権力が垂れ流した印象操作を、自ら再生産してどうするつもりだ。いい加減に、恥を知れ。

※ 尚、私自身は、現在の情勢において武装闘争は有効性を持たないと判断する為、非暴力の抵抗運動に賛同する。
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首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
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