時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
ルビコンという名の三途の川
新宿で、集団的自衛権に抗議しての焼身自殺未遂があった。私はこのニュースに接したとき、由比忠之進のことを思い出した。ベトナム戦争を支持する佐藤政権に抗議して、焼身自殺したエスペランティストである。この人の詳細については高橋和巳編「明日への葬列」などをお読みいただきたい。私の手元にもあった筈だが、書庫の奥のほうに埋もれてしまったらしく、詳細を記すことが出来ないのが残念だ。

アンドレイ・タルコフスキーの映画「ノスタルジア」では、精神を病んだ男が肥大化した文明社会に警鐘を鳴らし、演説後に焼身自殺する。「世界はバラバラになり過ぎた、再びひとつに戻ろう」というセリフが妙に印象に残っている。カストロを思わせる熱弁ぶりだった。
だが、男の演出は失敗する。バックに流す筈だったベートーベンの「歓喜の歌」はまともに流れず、彼は火達磨になりながら演台から無様に転落し、もがき苦しみながら死んでいく。
理想はカッコよく容易に達成されるものではない。タルコフスキーの「現実」に対する過酷な眼差しがそこにある。
(尚、私個人の見解を記せば、命を掛ければいいというものではないし、何よりもその人に死んで欲しくないという気持ちから、こうした抗議方法には反対である)

だが、集団的自衛権とやらを巡るこの間の動きは、現実の厳しさがどうこう言うレベルの話ではない。明らかに一線を越えている。何だこれは。今まで、「こうなったらこの社会は終わりだ」と考えてきた事態が、次々と現実化してしまっている。
何よりもこの「解釈改憲」とは、憲法9条の空文化である。どれだけ深刻な事柄か理解しているのか。
官邸前の抗議行動に対する警察の弾圧は極めて露骨で、暴力的であった(私も数箇所腕を擦りむいた)。命令されれば当然に人を撃つ、軍隊の本質と通底するものがある。報道も、例外はあるものの、大勢としては事態の矮小化と現政権の正当化に終始している。その結果、「抗議行動のあり方が」などといった、訳知り顔の言説が垂れ流される。戦争に対する嫌悪感以上に、抗議行動に対する嫌悪感が先行するのだ。

従来、日本社会を覆う基礎原理は、「戦争だけは真っ平御免」というものだった。
だが、価値相対主義の表層的な蔓延は、これを鍛え直すことなく、ただひたすら唾を投げかけることだけに終始した。真摯にその可能性を探るのではなく、嗜虐性の快楽に身を委ねたのである。
戦争を巡る言説の荒廃は、それが戦略上の問題としてしか語られていないことにある。殺し、殺される大量殺人としてのイマジネーションがそこには無い。安全圏にいる者たちによって、大殺戮の場所が作られるのだ。

もうひとつ、豊田直巳氏がいうように、安倍政権の暴走はこれだけにとどまらない可能性もある。目を離せない、危険な情勢が続く。

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首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
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