時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
或る「和解」劇
先日予告した、「美味しんぼ」のストーリー上の問題点を述べる。
鼻血騒動で掻き消えてしまったが、本作の骨子は、山岡と雄山の和解劇である。物語当初には、徹底的に父・雄山に反撥した山岡だったが、次第に父の立場を理解し、心を開き、福島編で完全に和解するというもの。
だが、率直に言って山岡のファザコンぶりが気持ち悪い。そもそも、不和の原因は雄山の周囲に対する傍若無人な態度、妻に対する甚だしい家庭内暴力にあった筈である。後者については妻も納得ずくであったと後に説明されるが、あまりにも個人的過ぎる事情であり、息子である山岡の立場で怒り心頭に発するのは当然である。
雄山のキャラクターは北大路魯山人に由来すると言われる。そのため、彼の専門バカ的な人間的欠陥を併せて描くことにより、山岡が否定的に乗り越えるべき対象として造形されていたわけである。だが、いつしか作者は雄山に自らの姿を重ね合わせるようになった。初期の性格付けは忘れ去られ、今や、雄山は雁屋哲自身の投影された像である。父子の和解は確執の乗り越えではなく、人格の入れ替わりの結果としてなされた。物語に即して言えば、これは「山岡が大人になった」という外見の下になされている。初期の頃と整合性を取ろうとすれば、ここで無様な転向が行われたということになる。
志賀直哉の「和解」は、「もうやめよう、いいじゃないか」的な情緒的な雰囲気の下、日本的封建制との対決をなあなあの形で回避してしまった。そのため、主人公の転向(和解)が「何故、いかに」という重要な要素を欠落させてしまっている為、深刻な問題性を孕んでいる。これに対し、「美味しんぼ」の和解は、いってみれば歴史の修正によって行われたわけである。和解劇として、お話にならないことは厳しく指摘しておきたい。
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テーマ:漫画 - ジャンル:アニメ・コミック

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首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
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