時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
ふたつの死 ~ H.R.ギーガー、鈴木則文逝く
この間、多くの問題が重なり過ぎた。一つ一つ記していく。
H.R.ギーガーが亡くなった。「エイリアン」のファンのみならず、デザイン史上に大きな変革を齎した存在として、後世に伝えられるべき人だった。生命体をメタリックなイメージと結合させる手法は、見事なまでに艶かしく輝いていた。ELPの「恐怖の頭脳改革」をジャケ買いした人も多いと思う。アレイスター・クロウリー著作集を購入しようかと迷ったことも懐かしい思い出である。
今もって、展覧会に行く機会に恵まれていないのが残念だ。

鈴木則文といえば、東映。トラック野郎であり、仁侠映画であり、ピンキー・バイオレンスである。
このたび、この鈴木則文監督が亡くなった。アナーキーな楽しさに包まれた、娯楽映画の頂点を極めた人だった。笠原和夫のリアリズム路線に対し、「映画は嘘でいいんだ、嘘を描くのは映画作家にとって、祈りのようなものなんだ」という信念を貫いた人だった。どちらも正しいとしか言いようがないが、この二人が競い合うようにして脚本を書いていた時期が、東映の黄金時代だったと思う。尚、後年に二人は和解している。
私が好きだったのは何と言っても「恐怖女子高校 暴行リンチ教室」である。東京都青少年健全育成条例を予言したような、途轍もない作品だった。学校に反旗を翻した少女達が、バリケードを作って立て籠もるシーンは日本映画の極北である。「温泉スッポン芸者」、「徳川セックス禁止令」の、バカバカしさの裏にガッチリしたテーマ性を埋め込む手法も見事だった。これらはもっと評価されてもいい筈である。特に若い人にはぜひ観て貰いたい。
「トラック野郎」、「ドカベン」など、映画の楽しい思い出を数え上げたらきりがない。私が鈴木監督を直接見たのは、ただ一度。「トラック野郎」オールナイトのトークショーにおいてである。監督は、何もかもやり尽くした者のみに許される、特権的な充実感に包まれていた。
「映画くらい、弱者の味方であってもいいじゃないか」この素晴らしい名言を、多くの作家達に受け止めて欲しいと思う。
スポンサーサイト

テーマ:映画関連ネタ - ジャンル:映画

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://noir731.blog106.fc2.com/tb.php/1359-e95a0292
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

のわーる

Author:のわーる
首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
たまに衝動的におかしな絵を描いたりもする。
尚、この「のわーる」という名前は同名の素晴らしいアニメ作品とは直接関係は無く、サド侯爵の登場人物の名に由来するものである。



のわーるのつぶやき



最新記事



カレンダー

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -



最新コメント



過去記事のアーカイブ



カテゴリ



最新トラックバック



2010年「国際ジュゴン年」



検索フォーム



リンク

このブログをリンクに追加する



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



QRコード

QR



RSSリンクの表示



全記事表示リンク

全ての記事を表示する



FC2カウンター