時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
倒錯の縮図
佐村河内守という人物のことを初めて知った。作品も私は知らない。よって、彼のものとされていた一連の作品について語るつもりはない。正直、別人騒動についてもあまり関心が無かった。だが、次第に看過できない要素がそこに見受けられるようになった。何かが歪んでいる。
今回の事実が公になった途端、評者、鑑賞者達は悉く手の平を返した。対象となる楽曲が変わったわけではない。だが、同じ作品であるにもかかわらず、一夜にしてそれは唾棄すべき代物となった。一体何が起こったのか?
「好きな曲なんだけど、ミソが付いちゃって、素直に聴けなくなった」という程度であれば、理解する。人は対象を何らかの意味として理解するものだ。それを取り巻く意味が変われば、受ける印象にも影響は与えうる。これは認識論の初歩である。だが、現在溢れている怨嗟の奔流は、そうした性質のものではない。
結論を言おう。上述の鑑賞者達にとって、音楽などはどうでもよかった。少なくとも、作品自体は二の次だった。ただ、聾者が作曲したという物語が重要だったのだ。優れた音楽を享受していたのではない。あくまでも「障害者が作曲した音楽」を貪っていたのである。彼らは「障害者でもこんなに頑張っている」という、傲慢な感動を消費していたのである。
よって、障害者が作った作品でなければ、そこには何の価値もないことになる。作品自体への関心が無いからだ。裏切られただの、詐欺だのといった罵言はそこから発生する。ここには障害という事実を「感動的な娯楽」として享受しようとする、健常者達の浅ましい姿が色濃く浮き彫りになっている。
一体、病んでいるのはどちらなのか。今一度問いかけたい。
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テーマ:日々のつれづれ - ジャンル:日記

この記事に対するコメント
とても興味深い事象だと思います
自分もこの作曲家の事は全く存じませんでした。有名だったそうですが、非常に興味深い事象と思います。
たまたま個人的にクラシック音楽分野の企画側の者を知っていて、ずっと前衛的というか意欲的な企画や演奏者等を紹介してくれているのですが、そして自分も音楽好きですから喜んでホイホイ行っておそれおおくもハイレベルな演奏家さん方とかの打ち上げにワイワイまぎれこんじゃったりしてるんですが(汗)、この作曲家についてはそんな界隈でも名前すら聞いた事が無く…うーん。専門家的には「そういう評価」だったんだろうなぁと(ぐぬぅ)
まぁ…「音楽」の本筋で評価された訳ではなかった…のかと。
尤も「ずっとモーツァルトの作品だと思われていたのが研究の結果違うとわかって演奏議会が激減した」なかなか良い曲、というのもあるそうです。人間「本筋」以外の「付加価値」で芸術を評価してしまうのも、ある程度仕方がないのかもしれません。ただ「金を返せ」的な反応は、あんまり品位あるとは言えず…
「しまったダマされたマァ授業料だと思って今後は自分の耳を鍛えよう」と苦笑いする位が、妥当な対応ですかと(続く)
【2014/02/09 00:59】 URL | ふぶら #- [ 編集]

更に興味深いのはゴーストさんの方で…
更に興味深いのはゴーストさんの方です。18年間とは!
実は商業音楽の分野では「ゴースト」は更にアタリマエというか…少し気のきいたアマなら「声がかかる」というか…そんな噂ゴロゴロ(汗)。結構な大御所も(以下略)
で、そういう時は「無名の君が歌っても売れない」けど「スターが歌えば君の曲を皆にアピール出来る」的な口説き文句を「関係者」が吐くのが定番らしいんですが(^^;、今回は違います。件の「偽ベートーベン」氏はその時はそれ程のスターではなく、「ゴースト」氏は正規の音楽教育を受け教育者としても王道行っていた訳で…「才能の枯渇したビッグネームが新鮮な無名の若手から楽曲の提供を受ける」展開では全く、無い。
かなり珍しい型の事象なのではないか? と興味深いです。伊東乾氏の発言など目にしながら、改めて「創作」の奥深さを考えたりしています。
個人的には「ゴースト」氏の浮世離れ感にびっくり…才能ある方とお見受けします。社会的に抹殺とかありませんようにと祈ります。
【2014/02/09 01:19】 URL | ふぶら #- [ 編集]

とても不可思議で題材盛り沢山な…
連投すみません、更に興味深いのが…
えぇと。一般的な展開だと「無名の才能あるゴースト」と「高名な才能の枯渇したスター」との間には「黒子の仲介者」が居る筈なんです。小さな店に出てる無名のシンガーソングライターに「君、最後の曲は実にいいネ、ちょっと時間いい?」とか声をかける「業界関係者」の役どころですね。で、無名君が「メジャーレーベルからデビュー出来るかも?!」とかワクワクして行くと「言葉巧みに楽曲のみ提供」を持ちかけられるという…いぇ、あくまでよく聞く噂ですが(微笑)
まぁ理詰めで考えても、ゴーストを切望してスターがフラフラ探し回るとか考えづらい訳です。18年前ではネットも無いし…一体今回は誰が「黒子の仲介者」なのか?
…これが全然出てこない。ゴースト氏がかばっているのか? その理由は? 或いは本当に「黒子」は居ないのか…だとしたらある種「奇跡的出会い」? 創作にまつわる小説の題材になりそうです。
それにしても実に興味尽きないゴースト氏です。彼の現代曲の作品を聞きたくなります。
【2014/02/09 12:40】 URL | ふぶら #- [ 編集]

Re: とても不可思議で題材盛り沢山な…
私がこのニュースに接したとき、手塚治虫の「ブラック・ジャック」を思い出しました。全く同じような話があったのです。とある人気作家には実は腎臓を患ったゴーストライターがいて、作家本人はそのヒモだったというもの。最後に彼は誠意を見せ、ハッピーエンドに漕ぎ着けていました。
また、「刑事コロンボ」にもゴーストとミステリ作家が決裂し、殺人に至る話がありましたね。こちらは偽作家が意地を見せ、彼唯一の傑作トリックを編み出していましたが。
この手の代作の話、古典主義時代の芸術作品には結構ありそうな気がします。音楽でも、絵画でも、弟子に制作させて、師匠の名前で売り出すようなことは普通にあったかと・・・
時代を下っても、アレクサンドル・デュマ(父)にゴーストというか、共作者がいたのは有名な話ですね。マーク・コスタビも工房方式で作品を制作しています。これがマンガ家になるともっと派手になります。白土三平の作品は初期を除き、殆どが弟の岡本鉄二や他の作家の作画によるものですね。まあ、これはネーム、コマ割りの段階までは本人が行っているので、完全にゴーストとは言えませんが。
吾妻ひでおは担当の編集者と意見が合わず、結局その担当がネームを書いたこともあったとか(吾妻曰く「あれは私の作品ではありません」)。また、怪我や病気で代作が行われるのはままあることです。明らかに絵が違うケースもありますね。
とまれ、今回のケース、権利関係を明確にするのは当然のこととして、作品そのものが抹殺されることの無いように祈りたいものです。
【2014/02/09 22:32】 URL | のわーる #- [ 編集]


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首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
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