時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
同じだった、全く同じだった。
新田次郎「八甲田山死の彷徨」読了。読もう読もうと思っていながら購入する機会がなく、長らく未読となっていた一冊だった。誰でも知っている小説であるし、今更レビューを描くのもバカバカしいので簡単に済ませよう。尚、橋本忍脚本の映画は未見。
この小説は、山岳小説としての側面と、軍隊小説としての側面を併せ持っている。
前者においては一種の破局的な探検物としての興味を、後者においては今日に通じる様々な問題性を喚起させられた。
「不可能を可能にするのが日本軍人である」的な、わけのわからない精神主義は、昭和の戦争においても踏襲されている。これが南方戦線で膨大な餓死者を輩出する要因ともなった筈である。竹槍でB29を打ち落とそうとする様子にたとえてもよい。また、人体実験的な決死行は、国家が人間の命に何ら重きを置いていないことを示している。これは今日の福島の現状にも当て嵌まる。
遭難死した兵士を靖国神社に合祀するくだりを読むと、靖国という装置がいかに公権力の犯罪を正当化するかについて、色々考えさせられた。遭難死の原因を作ったのは公権力だが、戦死と同様の「栄誉」を与えることでカモフラージュし、あまつさえ、これを美談として利用しようとさえする。このグロテスク極まりない構図は、現在も別の場所で、形を変えながら尾を引いている。
この決死行は「日露戦争のため」という、明治帝国主義の「大義」のために行われたわけであるが、こうしてみると、今日の社会は当時から何ら進歩していないのではないかと慄然とさせられる。進歩史観的な物言いをしたいわけではない。私たちが過去の過ちから何ら学ぶことなく、同様の罪を再生産していることが問題なのだ。もう、いい加減にしたらどうか。

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首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
たまに衝動的におかしな絵を描いたりもする。
尚、この「のわーる」という名前は同名の素晴らしいアニメ作品とは直接関係は無く、サド侯爵の登場人物の名に由来するものである。



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