時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
あり得なかった生への渇望
連休の初日、「かぐや姫の物語」(監督:高畑勲 脚本:坂口理子・高畑勲)を観た。予想以上の出来映えで感心した。尤も、興行的には厳しいようで、既に終了している劇場もあるので注意されたい。
序盤は日本昔ばなし風。かぐや姫が成長してからはいつものジブリアニメになる。教育係「相模」のロッテンマイヤーぶりには吹き出した。ラフ絵のような映像は、次第に気にならなくなる。技術的には凄い筈であるが、動画には詳しくないのでこれ以上語るつもりはない。ともあれ、このところ、「夏目友人帳」など、和風ファンタジーに馴染んでいたので、ちょうどいい機会だった。
原作については今更解説するまでもないが、夭折した少女の人生を、隠喩として描いた物語、と理解して差し支えないと思う。だが、映画化するということは、映像作家がこれに解釈を加えて行くということだ。高畑勲たちはどのようなアプローチで竹取物語に挑んだか。
一口に言うと、この映画は、一人の人間が、「人生」と呼ぶに値する生を生きられなかったことへの悔恨の物語だ。周囲に流され、漠然と人生を過ごすうちに求婚騒動という袋小路に追い詰められる主人公は、偽りの世界の内で無為な日々を過ごしてきたことを激しく後悔する。だが、失われた時は取り返しが付かない。
だが、私達のうちのどれ程の人数が、「人生」を生きられただろうか。あくせくとじたばたしているうちに、何も出来ないまま空しく年老いていく。そんな人生を送りたくないと思いながら、結局はそうした生を送ることを余儀なくされる。それが人生だといってしまえばそれまでだが、口惜しい思いは常にそこに存在する。悔いのない生き方などそうそうできるものではないが、それで納得する者など存在しない。せめて少しでも悔いを減らしたいものである。
そんな是非もないことをことをあれこれ考えてみた。

スポンサーサイト

テーマ:最近見た映画 - ジャンル:映画

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://noir731.blog106.fc2.com/tb.php/1325-0699150c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

のわーる

Author:のわーる
首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
たまに衝動的におかしな絵を描いたりもする。
尚、この「のわーる」という名前は同名の素晴らしいアニメ作品とは直接関係は無く、サド侯爵の登場人物の名に由来するものである。



のわーるのつぶやき



最新記事



カレンダー

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -



最新コメント



過去記事のアーカイブ



カテゴリ



最新トラックバック



2010年「国際ジュゴン年」



検索フォーム



リンク

このブログをリンクに追加する



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



QRコード

QR



RSSリンクの表示



全記事表示リンク

全ての記事を表示する



FC2カウンター