時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
知の密教主義への一抹の不安
高橋洋監督の「恐怖」について、「これは映画を観るという行為を寓意的に描いたものである」という評が続出している。いわば、メタ映画であるということだが、これって作品評価にとって主題となりうるものなのだろうか。
一時期、メタ小説の類が流行ったときにも同じ疑問を感じた。一口に言うと、「だから何だよ」ということだ。「そうですか、よくわかりました。しかしそれは私の人生にとって、なんら重要な課題ではありません」つまり、普遍性がないのである。こうした評価は、下手をすれば、アカデミズムの中でしか通用しない、秘教主義的な暗号ゲームのようなものに堕してしまわないだろうか。そんな不安を覚える。
批評家はもっと普遍性のある読解を提示するべきではないかと思う。メタ映画としての読解は、あくまでも副次的なテーマに留めておいてほしい。
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のわーる

Author:のわーる
首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
たまに衝動的におかしな絵を描いたりもする。
尚、この「のわーる」という名前は同名の素晴らしいアニメ作品とは直接関係は無く、サド侯爵の登場人物の名に由来するものである。



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