時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
封殺されるのは社会そのものである
「黒子のバスケ」がTSUTAYAから撤去された事件については既に御存知の方も多いと思う。現在、DVDの宅配レンタルも停止となっており、TSUTAYAにはがっかりさせられた。これに対し、ジュンク堂などの大手書店の対応は申し分ないものだった。「本は表現作品であり、書店は読者に届けるために預かっている立場。軽々には撤去できない」という回答には付け加えるところが無い。
TSUTAYAを晒し者にするのはこの辺で控えるが、実はこの問題、一般に認識されている以上にかなり深刻なのではないかと思う。つまり、作品を安易に撤去、封印することが当たり前のように行われる、そうした社会的雰囲気が出来上がっているのではないかということだ。「たかが漫画」ということなかれ。もし仮に「はだしのゲン」が脅迫によって書店から撤去され、DVDも貸出停止になったとしたらどう思う。あり得ない話ではない。閉架どころか、流通しなくなるのである。そう考えると、この問題が決して他人事ではないことが、理解される筈だ。

「風流夢譚」、「政治少年死す」等々、封印作品は数多存在する。もとより私は封印などナンセンスという立場だが、そこに至るハードルが、昨今恐ろしく下がっているのではないかと思える。「何か言われた、面倒だから店頭から撤去します」では、文化の一端を担うものとしての資格を疑われる。営利追求からは、文化の発展は望むべくも無い。
そもそも、何かを隠してしまうこと、封殺してしまうことへの怖さに対して、この社会はあまりにも鈍感になっていないだろうか。勿論、センシティブな個人情報などは除いての話である。封印・抹殺という出来事への生理的な嫌悪感だけは、社会として失ってほしくない。この点は、他の様々な事柄にもいえそうである。
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首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
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