時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
治安維持法のスケッチ~二度目は茶番として
「世界史に重要な人物や出来事は二度現れる、とヘーゲルはどこかで述べていた。但し、彼は付け加えるのを忘れたのだ。一度目は悲劇として、二度目は茶番として、と」
K.マルクス「ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日」

昨今の情勢を受け、治安維持法について色々考える機会があった。過去に紹介した「治安維持法小史」(奥平康弘著)を手掛かりに、以下、大まかにまとめておこうと思う。同書の要約がほとんどだが、機会があればこの本を手に取っていただきたい。私などの大雑把なまとめを読むよりも、遥かに有益なはずである。

わが国で治安維持法が成立したのは1925年のことである。このことは小学生でも知っている話である。国体の変革又は私有財産を否認することを目的とした結社の禁止、加入したものの処罰を目的としたのがこの法律であった。
「国体」という概念はそもそも主権の所在を示すものであるが、ここにおいてはより広範で、曖昧なものとして用いられている。明確性の原理に反し、およそ法概念にはなじまない性質のものであるが、立法者はこれを「朝憲紊乱」に比べれば「明確な概念」であると強弁し、制限的・限定的に用いられるものであるとした。
そして何よりも、治安立法の成立そのものに反対する勢力が、当時きわめて脆弱であったことは記憶されるべきである。

1928年の再建日本共産党に対する3.15一斉検挙においては、1600名もの検挙者が現れた。しかし、現実に党籍を有するものは極めて少なく、三分の二がまもなく釈放されるに至った。杜撰な見込み捜査だったのである。しかし当局は、検挙されたもののうち、党員でないものは全てシンパだったと強弁したのだった。
当然のことながら報道は、悪意と中傷に満ちたものだった。身近に悪辣極まりない犯罪分子が野放しになっているという、漠然とした不安感が醸成され、特高警察はより一層強化された。この雰囲気は昨今のマスメディアの頽廃振りを目にした方には、およそおわかりかと思う。

こうした背景のもと、1928年、緊急勅令による治安維持法の改悪が、強引に行われた。ここでは国体変革の目的を持つものへの厳罰化(死刑導入)、「結社の目的遂行のためにする行為」の犯罪化がなされた。後者は警察権力に広範囲な裁量権を認めたものであり、具体的にいうと、日本共産党と何らかの繋がりを持つ(と当局が決めた)者の行為を処罰できるようにしたものである。つまり、何か事を起こすたびに、それは「結社の目的遂行のためにする行為」であると言いがかりをつけ、逮捕できるわけである。
現実には、既に日本共産党は壊滅状態にあった。だが、この目的遂行罪は現実の共産党の脅威を必要としなかった。あくまでも「究極的に」結社の目的遂行に資する行為であると言い張れば、適用が可能だったのである。
1930年代後半、治安維持法の適用範囲はさらに拡大された。逐一事件を記していてはきりが無いが、合法的な社会学の研究団体、単なる理論研究の団体、民主主義を擁護する団体もまた、共産党の「外郭団体」として検挙の対象となった。出版物は全て当局の検閲のもとに出版され、合法になされていたにもかかわらず、法解釈の変更により、違法とされたのである。こうした強引な遡及処罰はその後も続いていくこととなる。
弾圧は宗教団体にも適用された。大本教に対する弾圧は、「国体変革」を口実としてなされ、もはや対象は共産党の活動には限らないということがここで公然と示された。この弾圧劇には、大本教が右翼団体的な性格を持ち、無視できない勢力となっていたことが関わっているといわれる。つまり、共産主義に限らず、政敵を潰すために治安維持法は格好の道具となったというわけである。こうした裏事情はともかく、宗教団体が治安維持法の対象となったことは重要な転機である。
1941年の治安維持法改悪では、更なる厳罰化、外郭団体への適用拡大(もはや何でも禁止)、「国体変革」の処罰対象が結社のみならず、個人の活動に至るまで拡大された。しかも、ここでも目的遂行罪が規定されている。もはや共産党とは無関係な個人でも、堂々と弾圧できるようになったわけである。
さらに新法では、これまでの宗教弾圧の結果を受け、「国体を否定」する集団をも処罰の対象とした。これは具体的な「変革」を目的としなくとも、「否定」という観念的な精神活動がそこで行われているだけで弾圧の対象となることを意味する。「転向」の概念が示すように、治安維持法は精神活動の弾圧と、切っても切れない関係にあった。本改悪法は、それを鮮明に打ち出したといえる。
「転向」とは3.15弾圧あたりから定着した概念であり、革命思想の放棄である。これに対しては刑の猶予などの恩典を与えることが出来た。改悛の情ありというわけである。だが、何を以って思想の放棄となすのかが問題となる。或る行為をしないというだけにとどまっている限りは、まだわかり易い。事実、当初の転向基準では、そのようなものでも認められた。だが、当局は時代を追うごとに思想弾圧に躍起となってゆく。やがて「共産主義を放棄した」ですら転向とは認められなくなり、最終的には「日本精神を体得して実践躬行の域に到達せるもの」という、まったくわけのわからない概念にまで昇華するに至った。
さらに、41年治安維持法には予防拘禁という制度が導入される。これは刑期を終えた受刑者が再犯の惧れありと見做された場合、さらに拘留を継続できるというものである。また、既に釈放され、社会に復帰した者もまた、この制度を根拠に再拘留が可能となった。再犯の惧れというのは、つまり転向が不充分である、ということである。特定の精神活動を犯罪と見做し、これを国家が作り変えようとする(もはや妄想めいているが)ことが是とされた。まさにそれが治安維持法下の社会であった。
このように立法と運用が暴走を続け、戦中期には企画院事件や、横浜事件が勃発する。共に強引な横車を押した冤罪事件で、調べてもよくわからない内容だが、政治的な権力抗争が背景にあったとも言われる。少なくとも治安維持法が、権力抗争の道具としても非常に便利なものであったことは確かである。
敗戦後も、治安維持法は存続した。三木清が獄死したのはこの時期である。公権力はこの法律の存在に何ら疑問を持つことは無く、思想弾圧を当然のものとしたのである。治安維持法が廃止されたのは10/4に占領軍の覚書が出された後の15日のことであった。

およそ、公権力に携わるものにとって、体制批判的な言動は目障りなものである。よって彼らにとっては、これをどしどし取り締まる法律があることが望ましい。こうした流れから治安立法が今日も企てられることとなる。治安維持法は、私たちにとって決して過去の話ではない。
これまで見てきたように、私たちの社会には取り返しのつかないような重大な前科がある。同じことを繰り返せば、後世の人間から完全に笑いものになることは間違いない。

一度目は悲劇として、二度目は茶番として・・・

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この記事に対するコメント
私は、何よりも申し上げたい。
>一度目は悲劇として、二度目は茶番とし て・・・

ペンネーム、若杉冽という現役官僚の告発ノベル「原発ホワイトアウト」のプロローグとエピローグにも同じ言葉が書かれていますが、特定秘密保護法案、可決成立したら、この作者も刑務所行ですね。遡及するか?しないか?も特定秘密だから(法の不遡及の大原則は確実に無視されると思う)。田島泰彦氏に続き、大御所、奥平康弘氏も色々と動いてくれるみたいで心強いです。しかし他の学者、評論家、自称作家、自称芸術家、自称ミュージシャン、自称役者(藤原紀香氏は除く)、そして山本太郎議員以外の自称野党議員たち、何やってんでしょ?ここまで舐められても、すべて私ら末端消費者たる一般市民任せですかね?

三宅洋平君の、選挙フェスin代々木公園に行って、STOP TPP♪Tシャツ着てPR後、ハチ公付近、毎週お馴染みの小吹氏主催、TPP反対街宣へ移動、ここでも皆さん特定秘密保護法案に怒り心頭でした。同法案反対チラシも今回は受け取り率が高かったです。共同通信社の世論調査、反対50.6%(賛成35%もいる事が驚き)の結果が出ましたが、空気は少し変わって来たかな?(某SNSのバカどもが同法案に無関心だったり、今さら遅いんじゃね?とか言っていますが←結局こいつらリアルじゃ何も出来ない奴ら)。

※STOP TPP♪Tシャツ、ご購入希望でしたら、別途ご連絡下さい。11/5締め切りです。
【2013/10/29 01:13】 URL | ダムド #iu8Dq9Ko [ 編集]


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首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
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尚、この「のわーる」という名前は同名の素晴らしいアニメ作品とは直接関係は無く、サド侯爵の登場人物の名に由来するものである。



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