時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
「ちゃんと向きあう」
笠井潔著「ヴァンパイヤー戦争」全11巻、ようやく読了。
平井和正風のバイオレンス伝奇小説。笠井の一連の伝奇シリーズの一環であるが、作品自体は特に新味があるというわけではない。まあ、傑作というわけではないが、佳作とは言えるだろう。
テロ活動を行う主人公の父親のセリフは、吉本隆明を意識したものであり、ニヤリとさせられた。また、主人公の相棒である「ムラキ」は笠井の矢吹駆シリーズの主人公を再現したものである。
このように幾つかユニークな点はあるものの、繰り返される戦闘シーンは途中で飽きてくるし、全体のストーリーも「ありがち」な枠内におさまるものである。地球の殆どが壊滅してしまうくだりはなかなか愉快だったが。

さて、映画「希望の国」(監督・脚本:園子温)の感想を述べる。
この映画の弱点はまず、「震災物にする必要があったのか」という点である。内容は、いつもの園子温の家族映画だ。その限りでは、人間ドラマとしてなかなか見せるものがあった。特に、痴呆症の妻を抱えた夏八木勲の演技は素晴らしく、心打たれた人も多かったと思う。だが、震災と原発事故の描き方は、殆どが「雛形」のコピーである。例外として、被曝を恐れる夫婦が悪意ある嘲弄を受けるシーンだけは生々しく描かれていた。
また、「冷たい熱帯魚」の「一歩前へ」にしてもそうだが、園という人は寓意的なメッセージを込めようとすると実に陳腐なものになってしまうらしい。「杭は必ず打たれる」等のセリフはありきたりだし、「一歩、一歩、私達は歩いていくしかない」等のセリフは、「頑張ろう日本」的なもので、何か浮いて見える。この社会の今日までの歩みを見ていると、尚更そう思えてくる。やたら「日本人が」を強調するくだりもいただけない。
特に、ラストの「愛さえあれば何とかなるわ」のセリフには首をかしげた。「ならねえよ」と言うしかない。

映画が震災と向き合うとは、どのような事を意味するのだろう。ただ表層をなでるだけでは、それは達成されないという事は言うまでも無い。森達也達の「3.11」は、この向き合えなさに途方に暮れる内容の映画だった。園子温が震災を利用主義的に扱ったとは思わない。だが、そこで充分に事件と向き合う事は出来たのだろうか。
おそらく、正解などは存在しないのだろう。だが、それを言ってみても始まらない。アメリカの9.11事件を扱ったオムニバス映画に、「セプテンバー11」があるが、このあたりがヒントにならないかと思う。困難な試みは、まだ続いている。

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首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
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