時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
「はだしのゲン」問題について思うこと
「はだしのゲン」閉架図書問題について、この間色々考えた事を記してみたい。
周知のように、昨年12月、松江市教育委員会は市内の全市立小中学校に対し、マンガ「はだしのゲン」の閉架措置を求めていた。残虐描写があるというのがその理由である。
勿論、撤去の理由となった、「残虐描写」云々は口実である。本音は「1.日本の加害行為を否定したい。2.原爆の被害を隠したい」である。これを承知の上で、論を進めることにする。
仮に、小中学校の図書館に山野車輪の「嫌韓流」や小林よしのりの「戦争論」が置かれていたとしたらどうだろう。同じような問題が、逆の立場から生じるのではないだろうか。少なくとも私は「冗談じゃねえや」と思うだろう。「嫌韓流」は極端だとしても、「戦争論」については決してあり得ない話ではない。つくる会や育鵬社の自称教科書の件を思い出して欲しい。
「読みたければ自分で買って読めばいい」とはよくも言ったもので、「はだしのゲン」が一般に流通する事自体は連中も(今のところは)否定していない。無論、この論理であれば、市立の図書館における閲覧制限は明らかに不当となるのだが、ここにも連中の本音が見え隠れする。堺市のBL本撤去騒動を思い出してもいいだろう。
問題は、学校という部分社会において、検閲類似行為が許されるのかということである。たとえば、「コミックLO」を小中学校の図書館に置いてくれとは流石に言わない。そこに一定の取捨選択の基準がある事は事実である。その判断の指標は、「戦争、暴力、差別を肯定しない」「露骨な性描写が存在しない」という辺りに落ち着くのだろう。だが、世界文学全集などにも良識派連中が眉を顰めるような描写はあるだろう。結構この判断基準もいい加減なところを残しているものだ。
争点は、私達が次の世代に何を残したいのか、何を伝えたいのか、ということにある。公権力にとって都合の良いことだけを教えられてはたまらない。ここを巡って闘いは続けられていくことになるだろう。だが、そもそも「教育」という概念自体、一定のいかがわしさを孕んでいることもまた事実だ。
「学校教育なんて、結構いかがわしいものなんだぜ」というくらいの意識は、私達も常に持っていたほうがいいかもしれない。
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首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
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