時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
イカロス・コンプレックス
先日、「風立ちぬ」(監督・脚本:宮崎駿)を観た。庵野秀明の吹き替えが聞き苦しいが、まずまずの良作。
ファンタジーは作らないと宣言した宮崎だが、彼自身の作家としての方向性が、狭義のファンタジー性からかけ離れていった事は確かだろう。ハウルやポニョに私が感じた違和感はそこに由来するのではないだろうか。今思えば、無理をしていたのだろう。

ストーリーについては大方の想像通り。飛行機への情熱を抱き続けた少年が、長じて設計士となり、理想の飛行機作りの夢を追い続ける。主人公は大学時代、関東大震災に見舞われ、一人の少女と女中を救うが、時を経てその少女・菜穂子と軽井沢で再会。恋に陥る。だが、菜穂子は既に結核を病んでいた。
時は十五年戦争期、主人公の夢は高性能の戦闘機の製作という、グロテスクな結末へと変貌していく。或る登場人物の口を通し、満州国建設とこれに続く侵略戦争への批判が語られる。この辺りはなかなかの凄みがあって、悪くない。宮崎駿が戦争に拘り続けるのは「コナン」の時以来一貫している。「ハウル」では安直な描き方をしたため、唖然とさせられたものだった。あれはひどい。
死期の近い菜穂子と結婚した主人公は、いびつに歪められた夢を追い続け、遂に飛行機を完成させる。口々に称賛を受ける主人公。だがその時、菜穂子の死亡が暗示される。
末尾の夢の中で、主人公は自分の追い求めた夢の結末は惨々たるものだった、と述懐する。結局は破壊と殺戮にしか至らなかったのだ。やり切れない思いを抱える主人公に、夢の中の菜穂子は「生きて」と告げ、映画は幕を閉じる。

主人公の「堀越二郎」は実在の人物だが、これは宮崎駿自身の精神的な投影と考えて差し支えない。宮崎が飛行機マニアである事は明らかだが、飛行機を映画と置き換えるともっと判り易くなる。
ここで主人公が彼女を蔑ろにしている(病気の菜穂子を無理に同居させる等)という批判を思い起こそう。要は、夢ばかり追っているダメ人間なのである。これを断罪するか、人間的な弱点として肯定的に捉えるかで主人公の評価は変わってくる。製作者は後者の側に立っているが、主人公の欠点については自覚していると思う。
ついでに宮崎監督は、どれだけの人を傷つけたのだろうかと、意地悪なことを考えてみたくもなる。ならば、この映画は自己弁明の映画という事になる。だが、この種の断罪は悪意的に過ぎるだろう。宮崎をマグダラのマリアに見立てるつもりはないが、こうした断罪が常に自分自身に返ってくる事は自覚した方がいい。

ギリシア神話のイカロスは太陽を目指し、天高く飛び続ける。不可能な夢を追い求めた結果、翼を固めていた蝋が溶け、地上に転落する。夢の結末が必ずしも幸福に繋がらないというのは今も昔も変わらない。
「人非人でもいいじゃないの。私たちは生きていさえすればいいのよ」(太宰治「ヴィヨンの妻」)

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首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
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