時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
<変貌の魔>
日曜だが、急な仕事が入った。行きがけに買い物をするため、早めに家を出る。ふと気付くと、だいぶ時間が余っているため、渋谷の国防軍反対デモに参加。私が駆けつけた時は丁度SKi(制服向上委員会)の歌が終わったところだった。病み上がりでまだ喉が回復せず、また、突発的な参加で何の準備もしていなかったため、黙々と歩くだけの参加者となった。沿道から自称愛国烈士サマが罵声を浴びせかけてきたが、あの後大久保でもなにかやっていたらしい。私は右翼的な心情にはシンパシーは無い。だが、この手合いが国を愛しているのではなく、自分を愛しているだけであるというのはよく理解できる。「エセ右翼」と非難されるのもむべなるかな、である。よくも生きていて耻しくならないものだ。

昨日の隕石話の続き。
埴谷雄高に「隕石」という詩がある。本人は詩的随想として発表したようだが、普通これは詩に分類される作品である。
内容は、埴谷のおなじみの観念、「事物の変貌」の不可避的な宿命を隕石に託してうたったもの。事物は創造的に変貌して行く可能性を秘めており、それは未来へのかすかな希望をも意味するのである。
野暮ったく解説する。埴谷によれば、永劫の虚無も自らを持ち切れずにやがては微光する。同じように、現在ある社会体制も絶対のものではなく、やがては変貌し行く契機を秘めている。「放っといても変わるからいいや」というのではない。「絶対的に磐石なものではない」という趣旨である。
尤も、こんなくだくだしい解説を気にするよりも、埴谷の詩的イマジネーションをまずは感受した方がいい。詩を読むというのは本来そういう行為だからである。

燃えがらよ
燃えがらよ
いま在るべきものの来たるべきかたちの
孤独な、小さな予言者として横たわっている
燃えがらよ
(埴谷雄高「隕石」より一部抜粋)

130217
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Author:のわーる
首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
たまに衝動的におかしな絵を描いたりもする。
尚、この「のわーる」という名前は同名の素晴らしいアニメ作品とは直接関係は無く、サド侯爵の登場人物の名に由来するものである。



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