時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
近代的理性の桎梏について
3日前の記事の続き(?)
いつの時代にも、美の公式を定めたがる者たちは存在する。例えば、道徳律に則った「美の秩序」といった具合である。そこでは規格に合わない新しい方法論や、個々の作家達の意思は徹底的に排除すべきものとされる。あくまでも、定められた価値体系だけが重要なのである。それは近代的理性と同義であった。
教条主義者たちは、これらの価値体系は人類が長年にわたって作り上げた成果であって、揺るぎない真理であるとする。だが、「支配階級の思想が支配的である」というエンゲルスの言葉に見られるように、これらの「真理」は極めて恣意的なものである。あくまでも約束事なのだ。それは近代的理性に対する根本的な問いかけをも意味した。
例えば、「性」とは近代的理性に対する侵犯行為である。それは人間が予定調和的に、合理的に設計された存在ではないという事を明らかにしてしまう。究極的にはサドの作品に観られるように、壊乱のアナーキズムにすら繋がるだろう。だが、文化活動に必要な事は人間を知る事、考察する事であり、人間を規格化する事ではない。

この時期の作家達がこうした思想的潮流にどの程度自覚的だったかは判らない。だが、その時代の雰囲気を鋭敏に感じ取り、体得していた事はまぎれもない事実だったのである。
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首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
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尚、この「のわーる」という名前は同名の素晴らしいアニメ作品とは直接関係は無く、サド侯爵の登場人物の名に由来するものである。



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