時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
神話から現実へ
たまたまモディリアーニについて少し調べていた。特に理由があったわけではない。だが、次の伝記的記述が目をひいた。晩年の事、彼が初めての個展を開こうとしたところ、裸婦画に陰毛が描かれていたことが原因で警察の取り潰しにあったという。何だよ、ここでもそんな話ばっかりか。
一般にヨーロッパ古典美術において、裸婦を描く時は大抵神話的なモチーフや、オリエンタリズムの伝説的世界の中に題材を求めたものである。つまり、これらを一種の隠れ蓑として、アリバイ的に利用していたわけである。エドワール・マネが「オランピア」で叩かれたのは、娼婦を描いたためであった。ゴヤの「裸体のマハ」という先例もある。こうして19世紀においては、神話的な衣裳を取り払った、生身の存在としての裸婦像が描かれることとなったのである。
神話化は、出来事を彼岸化する。私達の現実とは異質の存在として、絶対的な断層がそこに設けられる。安全圏の彼方にあるというわけだ。だが、こうした分断操作が臨界点に達したのが19世紀においてであると思われる。美術の主題に「現実」が立ち表れたのだ。鋭敏な作家達は、いち早くそれを嗅ぎつけた。マネの「アプサントを飲む男」はその一例である。
(この記事続く・・・と思う)
スポンサーサイト

テーマ:日々のつれづれ - ジャンル:日記

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://noir731.blog106.fc2.com/tb.php/1158-81722fde
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

のわーる

Author:のわーる
首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
たまに衝動的におかしな絵を描いたりもする。
尚、この「のわーる」という名前は同名の素晴らしいアニメ作品とは直接関係は無く、サド侯爵の登場人物の名に由来するものである。



のわーるのつぶやき



最新記事



カレンダー

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -



最新コメント



過去記事のアーカイブ



カテゴリ



最新トラックバック



2010年「国際ジュゴン年」



検索フォーム



リンク

このブログをリンクに追加する



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



QRコード

QR



RSSリンクの表示



全記事表示リンク

全ての記事を表示する



FC2カウンター