時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
正義の人々
会田誠展の感想をまったりと書こうと思ったが、色々雑音が激しくなってきたので、こちらを先に記す。

澁澤龍彦によれば、ポルノグラフとはそもそも語源的には売春研究家もしくは売春学者の謂いであるという。そこには道徳的に貶下するような意味合いは無い。やがてこの言葉の定義は時代と共に変遷する。今日、ポルノグラフィーという場合、それはエロティックな表現ジャンルを意味し、それ以上でも以下でも無い。そして、あらゆる創造活動と同様、優れた作品は優れているし、つまらない作品はつまらないというしかない。これはオスカー・ワイルドの指摘するとおりである(尚、本日の私の記事は創作物に関するものである)。
しかるに一部の論者においては、ポルノグラフィーとは人類の根源悪であり、必ずや根絶やしにし、痕跡すら残さないまでに撲滅しつくさなくてはならない存在であり、地球上のありとあらゆる悪を凝縮した存在であり、思考の片鱗にすら残してはならないものらしい。
私はこの種の論者に<狂気>を感じずにいられない。丸山圭三郎の言い回しを借りれば「強すぎる物象化によって表層意識に停滞する状態」であり、「硬直した価値体系に閉じこもって自己懐疑の回路を断ち切っている人びと」である。丸山はこうした状態を「第三の狂気」と呼んだ(第一、第二については煩雑になるので略す)。「この狂気は、一切の批判、一切の価値基準の変革、一切の体制への変革を認めない硬直化をその特徴とし、自らを伝統擁護者と信じ込む」(丸山圭三郎「言葉・狂気・エロス」)
「伝統擁護者」を「人権擁護者」と置き換えれば、丸山の指摘は会田誠騒動にそっくり当てはまる。自らのうちにソ連の収容所体制や、カンボジアのポル・ポト体制の戯画を見出せないようなら、運動に携わる資格などありはしない。もっとも自らを真理の体現者と信ずる当人達は、鼻で笑い飛ばすのだろうが。
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首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
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