時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
「無関係」な人々
昨日の続き。
「ヒロシマ・モン・ナムール」のヒロインは、「私はヒロシマを見た」と語るが、「君は何も見ていない」と指摘される。太陽と死は見つめる事が出来ない。絶対的な出来事は、如何に目を凝らそうとも「見た」という経験には至らない。私達に出来る事は、 只ひたすら対象に近付こうと努めるだけである。福島を観光して、何もかも判ったような顔をしている連中の如何に多いことか。
さらにいうと、人間は歴史からは何も学ばない。或る時代を生き延びたというだけでは、そこから何かを学ぶという事は無い。例えば戦争体験ひとつをとってみよう。戦争経験者が戦争の恐ろしさを知っているというのは誤りである。多くの場合は、自分が苦しんだという事を記憶しているだけである。極端に言えば、自分に累が及ばなければ、どんどんやってくれて構わないということである。
タカ派の極右政治家がこれら戦争経験世代からも一定の支持を受けているのは、彼らの行う戦時体制の構築が、自分とは無関係な話と信ずるからである。そして、そこから何がもたらされるかは、一切思考の対象とはならない。ここでは徹底的に想像が拒絶される。一口に言えば、どうでもいい事柄となるのである。若い連中は勝手に戦争に行けばいい、勝手に死ねばいい、自分達はもうすぐ死んでしまうのだから、そんな事を考えるのはバカバカしいというわけである。
ここに決定的に欠けているのは「世代的な責任」という観念である。歴史から何かを学ぶためにはこれと真っ向から対峙する必要がある。次の世代に何かを残していきたいと望むならば、まずは出来事と真摯に向き合うことから始めなくてはならない。「関係ない」と白を切るのであれば、けだものと同じである。
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テーマ:日々のつれづれ - ジャンル:日記

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敢然と高齢候補者あり
埼玉県の「94歳の衆議院選候補者」には驚くと同時に、敢然たる挑戦のありように半ば呆然と動かされるものがありました。「コツコツ貯めた葬式代を供託金に」した、その報道は「ネタ」的にも報道されましたが、やはり…そんだけじゃないだろ、と。
年をとったら何が出来るんだろう。
もう「いい年」になった自分の課題でもあります。とりあえず「自分個人の事はどーでもよくなる」、そして「後世に残せるものは何かを考える」。人間なんてすぐ死んじゃいますからね(笑)
中支で20代の貴重な青春を7年間も従軍に費やした大正7年生まれの候補者の方の伝えたかった事を推測するだに、胸がふさぐような心がきりりと、しまるような…この世代は本当にお気の毒で涙が出ます。
「そんな国には二度としたくない」。その思いを後世はきちんと受け継がないといけないのですよね…
【2012/12/20 03:04】 URL | ふぶら #- [ 編集]


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のわーる

Author:のわーる
首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
たまに衝動的におかしな絵を描いたりもする。
尚、この「のわーる」という名前は同名の素晴らしいアニメ作品とは直接関係は無く、サド侯爵の登場人物の名に由来するものである。



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