時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
てろてろ映画
色々と嫌気がさす、うんざりすることの多い昨今だが、とりわけ政治しか理解しない政治主義者共が、でかい面を引っさげて運動圏を掻き回す姿を見ると、ぶちのめしてやりたくなる。真理の体現者にでもなったつもりか。人間を嘗めるな。

さて、そうであるとして、今回は映画の話である。
このところ、「バーダー・マインホフ」(監督:ウル・リデル)、「夜よ、こんにちは」(監督:マルコ・ベロッキオ)、「ミュンヘン」(監督:スティーヴン・スピルバーグ)を再見する機会を得た。作品とは、再見することによりまた違った視点を持ち得るもので、がっかりしたもの、意外と悪くないと考え直したもの等、様々な体験を新たに得ることが出来た。現在、「カルロス」(監督:オリヴィエ・アサイヤス)を観ているところである。ついでに言えば、こちらは初見である。
お気づきのことと思うが、これらの映画には、共通するテーマがある。私なりの鑑賞目的をいえば、「テロリスムに関する考察」である。このところ他党派に対して「テロリスト、テロリスト」と連呼し、毫も恥じないバカが跳梁跋扈していることもあり、ならばテロルとは何であるか、映画を通して少しく向き合い、考えてみたいと思った。こういうと大仰なことと思えるかもしれないが、筋道立てて小難しく言語化したり、ゴチャゴチャと理屈をこねるつもりは無い。ただ、そこに何らかの強烈な印象や閃き、鮮烈な示唆を心に残すことが出来れば、映画を観た甲斐があるというものだ。
ほかにも再見したい映画がある。一段落したら、何らかの感想を記すかもしれないが、当分先の話となるだろう。

※関連して、四方田犬彦の著作「テロルと映画」はよい道標であることを記しておく。この人の著述は事実関係の誤りが多いこと、しばしば最悪の文化スターリニズムに陥ってしまうこと等の欠陥が多いのだが、この書物は比較的素直に書かれており、距離を置きさえすれば得るところが多い。悪くない一冊である。
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変態无罪 ~ 叩くべきはそこではない
高木毅という男が話題だ。この人物は、漫画や映画などの表現物の規制を推進して来た男である。青少年健全育成基本法などという、破廉恥極まりない法律を制定しようとしてきたこの外道を、私は許すつもりはない。
今回の騒動の発端は、彼が過去に下着の窃盗事件を起し、これを揉み消したという疑惑である。あくまでも窃盗とその揉み消し、それが疑惑の本質である。さらに公然猥褻を行ったという疑惑まで加えられた。
小ネタとして話題にしているうちはまだいい。だが、これが批判的言説として、下品な口調と共に市民権を得つつあることに危機感を覚えた。明らかに批判の方向が間違っている。
率直に言おう。目下、彼が批判されているのは、「健全な性的嗜好に反しているから」である。「彼の進めてきた政策が愚かだから」ではない。本来ならば、後者が真っ先に問われなくてはならない筈である。にもかかわらず、多くの人々はフェティシズムと露出性癖という彼の性的傾向に執着した。自民党支配への怒りが、異常者狩りへの願望と結託したのである。この結びつきはあまりにも醜悪である。
民度の低い社会では、性的逸脱が、それ自体憎悪の対象となる。そして、逸脱したものを攻撃することにより、人は嗜虐的な愉楽を覚えるものである。嘲弄、悪罵、様々な攻撃が正当な行為であるかのごとく、逸脱者に加えられる。「倒錯者は差別されて当然」というわけだ。
今回、「自民党許すまじ」の名目の下に、「異常者をやっつけろ!」というスローガンが正当化された。「変態」を憎悪するこの人々は、やがては「国定性欲」の制定でも求めるのだろうか。性欲とは人格・良心の問題である。人格は国が定めた範囲内で認められる、となると、「良心の自由」など絵に書いた餅である。思想犯どころではない。人格犯としての断罪が、この糾弾者の意識の中では当然のこととして罷り通ってしまっているのだ。
繰り返すが、この高木という男は青少年健全育成基本法を進めようとしてきた輩である。現在、パンツパンツと騒いでいる莫迦共は、高木と同じ穴の狢である。健全なる良風美俗なるものの存在を妄信し、「正常」の名の下に人々を弾圧しようとするわけであり、結局、高木と同じことを、自分たちが行っているだけなのだ。この体たらくで、「アベ政治を許さない」など、ちゃんちゃらおかしい。

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ふと思うこと
この間の動向で、公権力の頽廃振りはもとより、様々な局面で「人間性の頽廃」を目の当たりにすることとなった。
胸糞悪くなるのでここでは記さない。そのうちおいおい語ることもあるだろう。
ただ、声を大にして言いたいことは、社会は誰かのチンケな自己愛を満たすために存在するのではないし、「他者」もそうした自己愛を満たすためのオカズでも何でもないということだ。
これだけでは意味が通らないだろうが、さしあたり備忘録的に記しておく。

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読み散らした本のことなど
さて、またも赤本読書録である。たとえ一言でも、何らかの感想を記さなければ気が済まない性分なので、ここに書きとめておくこととする。

黒史郎「怪談撲滅委員会 幽霊の正体見たり枯尾花」
黒史郎「未完少女ラヴクラフト」
田中啓文「大魔神伝奇」
黒史郎「未完少女ラフクラフト2」
黒史郎「怪談撲滅委員会 死人に口なし」 

「怪談撲滅委員会」はコメディタッチで描かれた、幽霊退治のホラー小説。古野まほろのポップな小説の文体を思い出せば、大体の雰囲気はおわかりと思う。一応シリーズ物であり、まだ続きそうな気もするのだが、二巻目の「死人に口なし」で話は一段落しているので、このまま終幕でもいいかもしれない。
これに対して、放り出されたら困るのが「未完少女」である。こちらの小説は完全にラノベを意識したものであり、意図的にしまりのない文体で書かれた作品である。だが、ストーリー構成は古典的な冒険小説であり、ラヴクラフトの作品を下敷きにした二次創作として成立している。このこだわりは相当なもので、ラヴクラフトである必要がない「ニャル子さん」とは趣を異にしている。ボルヘスの「バベルの図書館」や「砂の本」にそれとなく言及したくだりにはにやりとした。問題は、二巻目のラストで予想外の急展開を見せたまま、話が中断していることである。まさかこのまま「未完」で終わるつもりではあるまいな。続編の刊行を望む。
「大魔神伝奇」は、クトゥルー物の二次創作シリーズ、「クトゥルー・ミュトス・ファイルズ」の一冊である。
内容は、島原の乱で、天草四郎たちが邪神の力を借りて叛乱に臨む話。序盤は邪神側が淀君の妄執と結託し、完全に悪玉として描かれるのだが、話が進むにつれて、読者としては邪神側を応援したい気持ちにさせられる。これに崇徳院達の恩讐が加わって、かなり混沌とした流れになるのだが、混乱を収拾させるために、ヒロインの巫女が大魔神=オオナムチを呼び起こす。いうまでもなく、大映の特撮映画でおなじみのヒーローである。最終的には史実どおりの結果に収束するのだが、そこは一捻り欲しかったように思う。
邪神の位置付けとしては、諸星大二郎「西遊妖猿伝」の無支奇(斉天大聖)とかなり近い。こちらは民衆を解放する荒ぶる神として現れるが、邪神の方は大元がクトゥルー神話なので、それ自体はそこまで明確な意図は持たない。だが、邪神と結託した諸々の勢力と、民衆の怨念が結びついていくにつれ、邪神の有様は次第に諸星漫画の「斉天大聖」に近づいていく。
大魔神映画は観たことがないのだが、これ、本来は大魔神が担う役割ではなかろうか。このあたり、いろいろ含みがあるようにも受け取れ、なかなか興味深く感じた。
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ディストピアの広告
話題のブレンディのCM、かなり辛辣で、よく出来た社会風刺だなと思ったら、肯定的に描いたつもりらしい。
エイゼンシュタインが「イヴァン雷帝」でスターリン礼讃を描こうとしたら、非情冷酷な独裁者の姿になってしまったようなものか。説得力のある真実性を追求したら、意図とは真逆の世界が生まれてしまうことがある。それが作家の持つ凝視力ということだ。
才能の多寡はともかく、こだわって作り込んだ結果、会社自体のグロテスクな社会意識が浮き彫りとなったのがこのCMだろう。未見の方は、一見して唖然とするのもいいかもしれない。

※ 話がこじれてきているようなので、少し補足する。
このCMが家畜の擬人化という見解は、結果として正しくない。提示された映像は、家畜のように生きる現代の若者たちの姿を象徴的に描いたものとなっている。食肉にされる少年の姿は、兵役に取られる青少年のメタファーだと思えたし、主人公の姿はうまく権力に取り入って成功する姿をグロテスクに描いたものと思えた。主人公が素晴らしいわけではない。この異様な世界で必死に成り上がろうとする姿がひたすら痛ましいだけだ。映像作品として見たら、その「性的」と罵倒される要素を含めて(つまり、セクハラ社会への鋭い風刺として)、辛辣な社会批判ともなりえただろう。
但し、CMとしてみた場合は完全に失敗である。広告の主体は、この主人公をひたすら称賛する。つまり、それがこの異様な世界像、すなわち、若者を家畜のように扱うブラックな現実社会をそのまま肯定するような仕組みとなっている。地獄のような社会を受け入れろ、それが嫌だったら勝ち残れ、というわけだ。
今回批判されるべきは、映像作品そのものよりも、この世界を肯定してしまう企業の価値観ではないのか。この会社の現実の業務様態が、「ブラック企業」と呼ばれるようなものかは別として。

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プロフィール

のわーる

Author:のわーる
首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
たまに衝動的におかしな絵を描いたりもする。
尚、この「のわーる」という名前は同名の素晴らしいアニメ作品とは直接関係は無く、サド侯爵の登場人物の名に由来するものである。



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