時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
決算のとき
早速、仕事帰りに船戸与一の「満州国演義9 残夢の骸」を購入する。本書は東条英機暗殺計画から幕を開ける。ところが計画遂行前に東条内閣は総辞職・・・といった流れだ。これから満州帝国の壊滅を描いていくわけだが、既刊の分の再読も合わせて、じっくりと読み込んでいきたい。今、一番必要な作品と思えるからだ。
一度目は悲劇として、二度目は茶番として。同じ歴史を繰り返そうとすることは、あまりにも無様である。野心と夢の、無惨極まりない末路。それは、いかなる歴史偽造工作によっても、覆いつくせるものではない。

満州

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いくつかの感想
友人とTVアニメ版「ブラック・ロック・シューター」を観る。既存のキャラクターデザインとボーカロイドの唄を借りて、製作陣が好きなように作った作品という印象だった。
テーマとしては「心の痛みを感じる事が出来なくなれば、本当の喜びを感じることもまた出来なくなってしまう」というもの。豊かな心を持っているからこそ、友人関係で傷つきもするし、それを乗り越えて大人になっていくということだ。
とはいえ、本作の登場人物たちはなかなか強烈な個性を持った面々であり、なかなか一筋縄にはいかない。少女たちは殆ど狂気を孕みながら、鬼気迫る勢いでぶつかり合う。重いストーリーだが、なかなか味のある良作だった。

船戸与一「満州国演義9 残夢の骸」が今月刊行されるという。そんなわけで、読み終えた巻を再び繙いている所である。この長い小説も、ついに完結の時を迎えるかと思うと感慨深い。確か通化事件まで描くと言っていたから、どこまで掘り下げられるか、楽しみである。主人公の一人はインパール作戦で死亡しているのだが、他の三人の主人公達はどのような末路を辿る事になるのか。凄惨な末路を辿る予感しかしないのは、私だけだろうか。小説冒頭の、戊辰戦争との繋がりもどのように明らかにされるのか、興味は尽きない。
ところで、著者の体調は大丈夫なのか。かなり重病と聞いていたので、心配だ。もう問題ないのであれば、明治時代を舞台にした日帝近代史を、小説として描いて欲しいと思う。明治が大好きな誰かさんのインチキを暴くという意味でも。

「劇場版 蒼き鋼のアルペジオ」(監督:岸誠二 脚本:上江洲誠)を観る。大部分がテレビ版の総集編で、新編はほんの30分程度だったと思う。新たなストーリーを期待すると、詐欺にあったような気分になるだろう。テレビ版のストーリーは、人類を滅ぼそうとする謎の存在・「霧」が次第に人間化していく過程を通して、人間とは何なのか、を問いかけるというものだった。本来感情を持たない兵器である筈の「霧」が、人間社会に触れ、交流を深めていくことにより、「人間」となっていく。すなわち、人間は社会的動物であるということである。
今回の劇場版は前述の理由からかなり失望したのだが、短い新編もかなり盛り上げているのは事実である。残念ながら、盛り上がりが最高潮に達したところでプッツリと終わってしまっているので、続編に期待したい。
アニメ版「艦これ」が、順調に迷走しているところなので、尚更本作への期待は高い。

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テーマ:最近見た映画 - ジャンル:映画

日本から少し離れて
一月も終わる頃のこと。三里塚の空港を発って7時間、曇天模様の空の下、私は異郷の地に降り立った。少し涼しいが、半袖で充分な気温。そう、まさしくここは異郷の地なのだ。
延々と続く砂糖黍畑。その中を、明らかに定員を超過したトライシクルが走るのが見える。時折脇道から車がぬっと顔を出す。ここでは信号など殆ど見かけない。全ては各々の匙加減だ。進行する車の目の前を、堂々と人が横切る。亡くなった若松孝二監督のことを思い出した。あんなことは、この地では日常茶飯事なのだろうか。
戸惑いや驚きは鏡として自らに撥ね返る。日本の地を踏んだとき、外国人はやはり同様の驚きの只中にいる筈である。時折、彼らの目に我々の社会はどう映じるのか、思いを致してみる。
ふと、上を振り仰いでみる。今にも雨の降りそうな雲行き。だが、空だけはどこの地にいても同じだ。勿論、陳腐な表現には違いない。だが、それが上滑りの言葉としてではなく、しみじみと実感として感得される。見知らぬ土地における孤立感がそうさせるのだろうか。
やがて日が暮れる。裸電球をぶら下げた露店が並ぶ郊外の街。夜のこの土地は、昼間とはまた違った怪しい貌を見せる。これは偏見なのか。それとも幾許かの真実を含んでいるのか。何事も、綺麗事のようにいくものではない。
日曜日の朝方は、市でごった返す。人ごみを車が無理矢理押し分けて通る。市役所の前に、彫像が立っているのが見える。聞くと、ホセ・リサールの像だという。この独立の英雄は、どんな思いでこの社会を見つめているのだろうか。
ある所では壮麗な建物が建ち並ぶ、その脇に入れば、今にも崩れそうな、ぼろぼろの建物が軒を連ねる。判りきった風景が、ここでも見受けられる。第三世界、という言葉を思い出す。おそらくは護衛のためだろう。自動小銃を持った兵士達が私達の傍らにいた。その姿が今も脳裏に焼き付いている。

海を隔て、遠く離れていようと、この世界は繋がっている。

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憲法を生きる~奥平康弘逝く
奥平康弘氏が亡くなった。まさに、日本国憲法を思想として生きた人だった。折りしも戦後最悪の政権が、憲法をぶち壊し、この社会を滅茶苦茶にしようとしている最中である。こんな重要な時に斃れたのは、ご本人もあまりにも無念だったと思う。
私が初めてこの人の名に接したのは、10年以上前、護憲運動のシンポジウムのときだった。当時の私は専門的な憲法学には疎かったのだが、ご高齢にもかかわらず、積極的に「改憲」阻止へ向けて動き出そうとする氏の姿は極めて印象的だった。
次に彼の名を耳にしたのは松文館「蜜室」裁判の時である。補足するが、この人の専門分野は主に「表現の自由」、そして「知る権利」にまつわるものである。よって、刑法175条との対決は決して余技ではなく、まさに正面切って対決すべき重要な課題としてそこにあった。彼はまさに、真摯な姿勢をもって、マンガ表現の擁護に尽力したわけである。マンガファン・アニメファンは決してこのことを忘れるべきではない。
無論、「蜜室」裁判にも見られるように、国家権力を相手取った憲法訴訟の道程は決して平坦なものではない。憲法裁判は連戦連敗だと彼自身自嘲気味に記しているが、それでもこうした人達の熾烈な闘いの蓄積の上に今日の社会がある。つまり「不断の努力」によって私達の民主主義は培われてきたのである。負けてばかりではあれど、決して無駄な闘いではなかったのである。

奥平氏は多くの著述を残しており、私の手元にも10冊程度の著作があるが、やはりまとまった著作集の刊行が望ましい。
一般的に法律家の文章はセンテンスが異常に長く、何度繰り返し読んでも意味不明なものが少なくない。知の秘教主義というか、わざと門外漢に理解できないようにしているとしか思えないのだが、そんな中、奥平氏の文章は実に平易で取っ付き易いものとなっている。法学者には珍しく、独特の文体を持った人で、著者の息遣いが感じられるのも心地よい。
この人から学ぶことは、まだ数多くある。そして私達は、尚も走り続けなければならない。

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プロフィール

のわーる

Author:のわーる
首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
たまに衝動的におかしな絵を描いたりもする。
尚、この「のわーる」という名前は同名の素晴らしいアニメ作品とは直接関係は無く、サド侯爵の登場人物の名に由来するものである。



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