時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
「おたかさん」と社会党の印象
土井たか子が亡くなった。
少年期の私がこの人物を意識したのは、御多分に漏れず、「マドンナ旋風」のときである。本人に気負いやプレッシャーも相当あったのだろう。だが、当時の私には、やたらこわもての人物像しか残らず、あまり良い印象を受けなかった。
この大躍進により、社会党は大きな勘違いをしてしまったと思う。殆どの有権者は、社会党の政策を了知した上で応援をしたわけではない。「消費税なんかつくりやがって」という、それ自体は正しい怨嗟の念と、「なんかテレビで見ていると面白そうだから、こっちに入れちゃえ」という、気分的な「ブーム」である。ここで露呈されたのは、テレビなどのメディアが選挙にいかなる影響を与えるか、であった。嫌な言い方だが、「女性なら何でもいい」という雰囲気があったのも、客観的な事実である。
この偶発的な勝利をきっかけに、「ブーム」の内実を深めるという道もあり得た筈である。だが、社会党はそのような道を採らなかった。無論、周囲の情勢がそれを許さなかったという事情もあっただろう。だが、社会党自身が、これを実体ある、強固な支持層であると勘違いしてしまったという面が大きかったのではないか。
やがてバブルはしぼんでいく。その後ひたすら迷走を続けた挙句、自民党との連立で、社会党は止めを刺された格好となった。「社会党の裏切りを許さないぞー!」というシュプレヒコールは、私達の常套句であった。現在の社民党に再起の道を望むのは、ほぼ不可能に近い。
既に、集団的自衛権を巡る閣議決定があっさりとなされ、近いうちには、特定秘密保護法が施行されようとしている昨今である。TPPの動向も、予断を許さない。既に高齢の域に達しているとはいえ、あまりにも無念な死であったと思う。実にやり切れない。
スポンサーサイト

テーマ:日々のつれづれ - ジャンル:日記

血の祝祭
腰痛が酷く、一日中横になる。
貴志祐介「悪の教典」を読む。良心の欠落した学校教師が、保身などのつまらない動機のもとに次々と殺人を重ねた結果、泥沼に陥り、仕舞いには教え子を皆殺しにしようとする話。所謂サイコパス(psychopath)物である。なかなかスリリングな殺戮シーンが展開され、それだけなら優れた娯楽作品として称賛を贈りたかったのだが、最後に死刑反対論への薄っぺらな中傷を持ち出したので、大幅に減点。このくだりは、作者自身の意見と判断して差し支えないような作りになっている。人間観の薄さをもろに露呈してしまった。
これでは、作品全体として、「私達の生活が異常者におびやかされている、異常者を駆逐しろ!」というプロパガンダにしかならない。事実、文春の煽り文句もそのようなものだった。尚、サイコパス(精神病質)という用語はあまりに評判が悪く、医学的な用語としては死語である。この概念を振り回して、犯罪心理学を得々と語る輩は間抜けというしかない。「事件が起きた、これは犯人がサイコパスだからだ」、という解説は、「犯人が悪い奴だからだ」と言っているのとなんら変わりがないのである。

閑話休題。余計なことさえ言わなければ良かったものを、あと一歩のところで、残念な代物となってしまった作品だった。

テーマ:最近読んだ本 - ジャンル:本・雑誌

記憶の抹殺
閣僚のネオナチ問題が、無かったことにされようとしているのが実に不気味だ。政権にとって、都合の悪いことには一切蓋をして報じない。そんな流れが成立している。
写真を見ると、どっちがネオナチか考え込んでしまうが(或いはネオナチ同士か)、政権内部にこうした手合いが巣食っていることがどれだけ重大な意味合いを持っているのか、理解されているのだろうか。
代わりに、かしましいのが朝日新聞誤報問題である。従軍慰安婦に関する事実認定には何ら影響が無いにもかかわらず、朝日が世界中を騙し、外患誘致まがいの事をしたかのような宣伝がなされている。政権・メディアが結託し、全力で過去の国家犯罪を抹消しようとしているのだ。こちらも国家権力にとって都合の悪いことを、無かったことに書き換える動きである。
その昔、イスラエル首相・ゴルダ・メイヤーは、「パレスチナ人など存在しない」とのたまった。古今東西、卑劣な権力者は、都合の悪い事を無かったことに書き換えようとする。原発事故、沖縄の基地問題等、報道量は少ないが、いずれも現在進行形の深刻な問題である。無かったことにされていいのか。仮にニュースレベルでもしきりに話題になっている拉致問題が、無かったことにされたら、皆怒るだろう。
何度でも言う。無かったことにしていいのか。

テーマ:日々のつれづれ - ジャンル:日記

「物語」の威光
「ご聖断」、あほらしい。私の周辺にも「陛下のご聖断があの戦争を終わらせた」などと、ありがたがっているバカがいたが、大概にして欲しい。
わかりやすい例を挙げる。かつて、近衛上奏文というものがあった。大戦末期の1945年2月14日に、近衛文麿が天皇裕仁に対して提出した上奏文である。内容は、「一刻も早く英米と和平を結ぶべきだ」というものであった。
近衛の主張の動機は陰謀論に基づくトンデモである。だが、結論としては、現状敗戦は不可避であり、早期和平が必要だ、という主張を一応行っていたのである。ところが、これに対する裕仁の回答は、「もう一度戦果を挙げてから出ないと難しい」というものであった。
その結果、何が齎されたか。東京への大空爆であり、沖縄地上戦であり、広島・長崎への原爆投下である。少なくともこれらに対し、裕仁が重大な責任を負っていることは、紛れもない事実である。
この時期に「昭和天皇実録」なるものが日の目を見たことも腑に落ちないが、少なくとも、口当たりの良い「物語」に惑わされるようなことはしたくない。某スポーツ選手の活躍を、「世界に輝く日本人」の物語に仕立て上げようとしている様子を見ると、ますますその思いを深くする。

テーマ:日々のつれづれ - ジャンル:日記

熱砂の追撃
映画「戦闘機対戦車」(監督:デヴィッド・ローウェル・リッチ)を観る。キワモノめいた邦題で、トンデモ映画を期待していたのだが、オーソドックスな戦争物で普通に面白い作品だった。
舞台は第二次大戦末期の北アフリカ。飛行不能となった連合軍の戦闘機を、ドイツ軍の戦車がひたすら追い回すというもの。この追跡には戦略的意味は何もなく、パラノイアと化したドイツ軍の将校による、感情的で身勝手な行動である。部下たちはドン引きし、最終的に相手を追い詰めるも、「捕虜などいらん、殺せ!」と叫ぶ将校に愛想を尽かし、これを射殺する。
特筆するようなことは何も無い。ただ、頭の狂った将校については、「人間、追い詰められるとああいう風になるのだろうな」という気はする。「日本の一番長い日」の天本英世を思い出しても良い。ステレオタイプな人物像だが、必ずしも作り物というわけではない筈だ。
そして、これから先の日本で、こんな指導者や軍人が輩出しないという保証もないのである。

テーマ:最近見た映画 - ジャンル:映画

遅ればせながらの追悼~曾根中生逝く
少し期間が経ってしまったが、やはりこの話題には触れておく。
曾根中生が亡くなった。もう映画を撮ることも無いだろうことは判っていたが、実際に亡くなってみるとやはり寂しい。
この人については以前も記したことがあるのであまり繰り返そうとは思わない。私に日活ロマンポルノの底力を教えてくれたのが、この人の作品だった。「不倫」、「刺青」のずっしりとした、重厚な響きは忘れがたい。また、鈴木清順、若松孝二の下で、脚本家として重要な仕事をしていたことも、もっと記憶されて良い。
その後、曾根監督は長期にわたる失踪を遂げてしまう。死亡説も囁かれ、映画界にとっては大きな損失だったが、人の人生を映画という尺度のみに押し込めようとは思わない。映画から離れた場所においても、彼が悔いの無い生き方をしていたことを望みたい。

代表作「嗚呼!!花の応援団」を観ていないので、近々、鑑賞してみたいと思っている。

テーマ:映画関連ネタ - ジャンル:映画



プロフィール

のわーる

Author:のわーる
首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
たまに衝動的におかしな絵を描いたりもする。
尚、この「のわーる」という名前は同名の素晴らしいアニメ作品とは直接関係は無く、サド侯爵の登場人物の名に由来するものである。



のわーるのつぶやき



最新記事



カレンダー

08 | 2014/09 | 10
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -



最新コメント



過去記事のアーカイブ



カテゴリ



最新トラックバック



2010年「国際ジュゴン年」



検索フォーム



リンク

このブログをリンクに追加する



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



QRコード

QR



RSSリンクの表示



全記事表示リンク

全ての記事を表示する



FC2カウンター