時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
怖ろしい国へ
麻生のイジメ発言の骨子は、「日本が軍事力をアピールできていないから、他の国から攻撃され易い(苛められ易い)立場にある」というものである。
一言でいうと、「外から見てヤバい国になれば攻撃されない、苛められない」というものだ。元苛められっ子のヤクザが「ヤクザになったら苛められなくなった」と言っているのと同じである。無論、このヤクザは苛めを受けない代わりに、周囲からまともに相手にされなくなるという代償がついてまわる。それでも彼にとっては「苛めを受けるよりはマシ」であるものだ。苛めというものは、当事者にそれだけ深刻な傷を残していく。
話を戻そう。仮に麻生のいうように、日本が世界から怖れられるようになった場合、この男には日本が「ヤバい国」として、まともに相手にされなくなる覚悟があるのだろうか。
「脅威を与える国になれば、一目置かれるようになり、対等以上に扱われる」という、虫のいい期待しか、そこにはないのではないか。何処かの国の瀬戸際外交を笑えない。
そもそも軍事的脅威を増せば、日本の安全が保たれる、などと本気で考えているのだろうか。脅威を増せば、一触即発の事態さえ予想されるが、それは果たして「安全」な状態といえるのか。
第一、日本は本当に「苛められっ子」といえるのか。想像力の貧困さばかりが、そこに窺われる。
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よい差別主義は存在しない
北原みのりというゴロツキが、オタクへの差別的誹謗記事によって、性懲りも無く頭のおかしさをひけらかしているらしい。
わたしは件のAERAの記事を読んだわけではないが、この人物の主張についてはよく知っているし、このブログでも散々批判してきたつもりだ。はっきりいうが、こうした人間観の持主がいくら集団的自衛権についてもっともらしいことを言ったとしても、すべて駄目である。根底の部分において、支持、共闘するに値しない。運動や思想的課題に於いては、常に「何故、如何に」が重要なのだ。
気に食わないという理由で他者の人格を断罪し、己の「名声」をカサに口汚く罵るのであれば、在特会となんら変わりはない。断固としてうち滅ぼすべき対象である。いい加減に、恥を知れ。

尚、児ポ法問題について、表現規制反対派はこの間の動向を「敗北」として総括するしかないと思う。よかった、よかったなどと浮かれているうちに、全部潰しにかかってくる、そうした事態はもう目の前に迫っているのである。

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汚れちまった都議会に
出張先から記す。口を開けば汚物に首を突っ込むような思いだが、取り敢えずひとつだけ。

かねてより、東京都議会はクリーンな場所などではありはしなかった。耳を覆いたくなるような不快な野次は、決して昨日今日の話ではない。昨今になって、議員の質が劣化したというのは、能天気な誤謬である。
一例を挙げよう。嘗て青少年健全育成条例という、いかがわしい条例が改悪されたとき、如何なる野次が飛ばされたか、想起して欲しい。「エロ議員」「お前、痴漢されて喜んでるんだろう」といった、耐え難い野次がこの時議場を飛びかったのである。
だが、人々はその後もこの(現)与党を支持した。どんなにおぞましい罵詈讒謗がその口から飛び出そうとも、人々が叛旗を翻すことはなかった。今回の騒ぎも、祭として散々炎上した後には、やはり自公政権が選ばれるのだろう。事件が娯楽として消費されていくのだ。投票に行かないということも、黙示の承諾である。不正選挙などという言い訳は通用しない。
人々の支持を受けて、彼等は同じ愚行を繰り返す。他でもない、有権者がそういう議員を望んだのだ。人々が望む限り、議会からこうした汚物溜めのような風景は、今後も消えることがないだろう。
人々の意思がどれだけ本物か、それが問われている。

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雑記-6.18
出張から一時帰宅。電気がつけっ放しだったのに気付く。今までこんな失態はなかったのだが。
これじゃ、「八十日間世界一周」だ。東電を喜ばせてどうする。
ちなみにジュール・ヴェルヌの「八十日間世界一周」では、従者のパスパルトゥーが行きがけに部屋のガス燈を消し忘れ、膨大な料金を払わされるという気の毒な結末となっていた。こちらは八十日も家を空けていたわけではないので、まだマシな方といえるが、それにしても情けない。

政治絡みの話を語ると死にたくなるのでパス。何から何まで酷すぎる。

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雑想-6.15
月曜日から長期出張に入ることとなった。準備というほどのものでもないが、少々バタバタする。かなり面倒なこととなりそうで、こんな与太話も書いていられなくなるかもしれない。

コートジボワールとは、象牙(イヴォワール)を輸出する海岸(コート)を意味するフランス語。直訳すると、象牙海岸となる。こちらのタマコロガシの結果は周知の通り。とはいえ、私は殆ど試合の様子を見ていなかった。このところ、テレビに対しては、嫌悪感しか抱いていないのである。
それはともかく、ひょっとしてミッドウェイの時のように、「日本大勝利」などと言い募るのかと思ったが、流石にそこまではいかないようだった。今のところは。

6.15といえば60年安保闘争だが、それから50年以上も経過した。今や、この体たらくである。この国も来るところまで来てしまったというほかない。

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引き裂かれた「生」
ツルゲーネフ「処女地」を漫然と眺める。似たような題名の小説がショーロホフにあるが、無論別物である。あちらは「開かれた処女地」だった。
別にこの作品に対する特別な意識は無い。学生時代に購入した書物の消化作業である。ナロードニキ運動の青年たちが登場する話で、まだ読み始めて間もないのだが、挫折せずに読み終えたら感想を書く予定。
そういえば、先日読了したドストエフスキー「未成年」も感想らしい感想を書いていない。やたらとっ散らかった印象を受けるためである。そのうち折に触れて、断片的な印象を述べることになると思う。
折角だから今思い当たることを述べよう。ヴェルシーロフには「悪霊」のステパン氏の影が見える。進歩主義的知識人の典型だ。尤も、こちらは女たらしの碌でなしの一面も併せ持つところが大きな違い。ただ、彼の一連の歪んだ行動を単純に「狂気」と位置づけてしまっては、何も言った事にならないだろう。進歩的理想主義と、醜悪な前近代性の引き裂かれた場所に、彼はいたのだろうと思う。そう考えると、この人物は、人間性のひとつの典型とも思えてくるし、極めて今日的なテーマ性を孕んでいるとも言えるだろう。それにしても、あのマゾヒックなまでに屈折した主人公の性格は、何とかならないものか。

テレビで象牙海岸という国の話をしているが、取り敢えずスルー。国外の話題では、イラク情勢の方が気になっている。

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幼年期の彼方に~古田足日逝く
古田足日という人物について、私の知るところはまるで無い。だが、「大きい一年生と小さな二年生」という児童小説は、紛れも無く幼少時の私にとって決定的な作品であった。
手元に同書が無いので正確なことは書けないが、臆病な一人の少年が、立派に成長していく物語である。後半は、確か年上の少女のためにホタルブクロを採集にいく話になっていたかと思う。この辺りはちょっとした冒険小説の雰囲気を持っており、ドキドキしながら読んだ記憶がある。吉本隆明がどこかで書いていたが、幼少時の精神にとって、外界とは一種の「魔法の世界」である。臆病な主人公がそんな不思議な世界に立ち向かい、道を切り拓いていくさまは、どんなヒーローの活躍よりも私の心を捉えた。
なにぶん幼い頃の読書体験であるゆえ、作者の名前を記憶することも無かったが、同書を幾度も繰り返し読んだことは、遠い昔の良い思い出となっている。それだけでも、故人には感謝の念にたえない。

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「俺たちは生きものだ。原発は天敵だ」
ポレポレ東中野で、話題の「A2-B-C」(監督:イアン・トーマス・アッシュ)を観る。
今も住民を悩ませ続ける、福島の放射能汚染と内部被曝の現実を描いたドキュメンタリー作品である。数値の操作、情報の隠蔽は、私たちもこの間散々目の当たりにしてきたが、改めて「ここまでやるか!」との思いを深くした。
中盤、学校の取材許可をめぐって校長と揉めるシーンがあったが、校長の対応が殆ど旧ソ連の官僚と瓜二つだった。「私達は今、何を見ているのだろう」と、慄然とする。これが今日の日本の現実である。
情報を隠すこと、発信しないことが当たり前、知らせないことが当たり前という風潮は、おぞましくも着実に根付いている。そのひとつの表れが、先日の美味しんぼ騒動であることは言わずもがなだろう。甲状腺の嚢胞についても、医師会レベルで結託して、調査をしない、認定しない、という方針がとられていると証言されている。全て「無いこと」にされていくのだ。
繰り返す。どこの国でもない、これが今の日本の現実の姿である。私達は、こんなおぞましい社会を生きている。



ポレポレ東中野。垂れ幕が素晴らしい。
ポレポレ

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「無敵の力はアタシのために」~大泉で「ロボットガールズZ」を観る
劇場版「ロボットガールズZ」(監督:博史池畠 脚本: 兵頭一歩)。レビューを記す必要があるのかどうか疑問だが、何か一言書かずに気がすまないのは、困った性分である。
内容は東映による「マジンガーZ」を中心とするロボットアニメのセルフパロディ。お馴染みの巨大ロボットを美少女に擬人化し、スラプスティックコメディにしたものだが、こうした作風は、全て永井豪の作品世界の延長上にある。これは永井作品に触れてきた者には自明の事柄だろう。
舞台は練馬区大泉学園光子力ムラ…もとい、光子力町。無害でクリーンなエネルギーを宣伝する様子は、原子力ムラのブラックな風刺である。原作と同様、マジンガーZ達が「あしゅら男爵」たちを懲らしめるのだが、「正義の心は二の次、三の次」と宣言するように、マジンガーが殆どチンピラと変わらない。この点、「天体戦士サンレッド」を連想させる。少女マジンガーたちは事あるたびに、無駄に大立ち回りを演じた挙句、町を何度も滅茶苦茶に破壊(これは永井の漫画版へのオマージュ)。バカバカしいことこの上ないブラック・コメディで、制作陣が全力で悪ふざけを演じたものだが、最近では難しくなったエロチックで下品なギャグを満載した愉快な作品となった。鈴木則文のいうように、「下品こそ人生の花」だ。


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時よ、動け
秩父・飯能のご当地アニメとしても名高い、劇場版「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない」(監督:長井龍雪 脚本:岡田麿里)のレビューを記す。先日仕事で飯能に訪れた際は、駅のベンチにまで「アニメで使用されたベンチ」である旨が記されており、苦笑したものである。
さてこの作品、テレビ版を全て観ているのだが、基本的には「好きな人が死んで悲しい」というありがちなテーマである。この手の泣かせ話は嫌いなのだが、何故か観終わった後に感心してしまった。どうしたことか。そのため劇場版については厳しい評価をしようと身構えていたのだが、結論を言うと、矢張りいい作品だったと思う。ちゃんとよく作ってあるな、と率直に評価したい。
ストーリーは、不登校の主人公の元に、幼い頃無くなった初恋の少女「めんま」の幽霊が現われ、それをきっかけに当時の友人グループが再度集結するというもの。だが、話が進むうちに、各々が「めんまの死」という深刻なトラウマを乗り越えられずに、苦しみ続けてきたことが明らかとなるのだった。
主人公たちは幽霊となった「めんま」を成仏させようと奮闘するが、その中で、自分たちにとって彼女の存在は何だったのかという課題に直面し、己自身の姿を再度問い直すことになる。終盤に主人公達が感情を爆発させる場面は圧巻であるが、それは彼らにとって、止まっていた時間を再始動させる過程でもあった。これは主人公達の再生の物語である。
映画版は、テレビ版の総集編にエピローグを加えたものである。正直、テレビ版ではこの後日譚が描かれていないのが少々不満だった。「こいつら、本当にこれから大丈夫だろうか」という、引っ掛かりが残ったのだ。これはテレビ作品というの商業主義的縛りにより、丁寧に「その後」を描くことが出来なかったためだろう。劇場版では主人公達が、成仏した「めんま」に手紙を記しながら、自分たちの人生を歩き出していく姿が描かれている。「めんま」が再び登場することは無いが、静かな余韻を残す作品となった。



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バルテュス参拝記
先日も触れたバルテュス展、やたら混んでいたので閉口する。バルテュス展は遠い昔、東京ステーションギャラリーで開催されたものを観に行ったが、殆ど作品が被っていないのはありがたい。それにしても、キャプションをひたすら読みふけり、絵などさらりとしか観ていない人が多いのはどうしたことか。
私がバルテュスの名を知ったのは、御多分にもれず、澁澤龍彦の「幻想の画廊から」である。青土社版の単行本を少し無理して購入したのも懐かしい思い出である。表紙はアルチンボルドの「司書」だった。
バルテュスについては、独特の色と筆使い、それぞれお互いに無関心な人物像、時に露骨に、時に婉曲に描かれるエロティシズム等、その特徴は限りない。作中にしばしば描かれる猫は、バルテュス自身の分身だろう。それにしても、静止した時間の中、永遠のナルシックな世界へ静かに耽溺する少女たちの姿には、やはり魅了された。

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慌しき日々に
出張で大阪まで出るなど、慌しい日々が続いていた。ひたすら駆け足で環状線周辺を廻っていたので特筆すべきこともない。新幹線の車中で、久しく読みさしになっていたドストエフスキー「未成年」を読了した位か。いつもながらのグダグダで屈折した性格の主人公だが、序盤のロスチャイルドを目指していたあの話はどこへ行ったのだろう。
レビューするだけの準備もないので、いい加減な感想は差し控える。ただ、各々の登場人物達に、ラスコーリニコフや、ステパン氏、ピョートル、アリョーシャなどの影が見出されるのは実に興味深い。

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この頃
時間が無いので、ここ数日の事柄を簡潔に記すにとどめる。
ところで、「イラク戦争の原因はイラク側にある」などとのたまった男がいるが、権力者の無知蒙昧もここまで来たということか。「無知が栄えたためしはない」というが、この種の手合いが後を絶たないのがこの日本という国であるらしい。

上野のバルテュス展に行く。詳細は後日に譲るが、よく纏まった展覧会で、実に堪能した。なかなかボリュームもあるので、お勧めする。
鑑賞後、新宿の集団的自衛権反対デモに参加。かなり体力的にきつかったが、何とか練り歩いた。この前身である国防軍反対デモは、もっとゆるい雰囲気があったのだが、今回は右翼の妨害もあり、かなり緊張する場面があった。これも情勢が押しているせいなのか。

映画「ロボットガールズZ」を観る。東映テレビチャンネルで放送した短編アニメシリーズを一挙に劇場で上映するというもの。内容は「マジンガーZ」シリーズのセルフパロディで、バカバカしくも、愉快な作品だった。

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プロフィール

のわーる

Author:のわーる
首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
たまに衝動的におかしな絵を描いたりもする。
尚、この「のわーる」という名前は同名の素晴らしいアニメ作品とは直接関係は無く、サド侯爵の登場人物の名に由来するものである。



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