時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
二つのカウンター
先日、池袋で最も醜いデモが行われた。池袋は自分にとって庭のような場所であるだけに、「穢された」という思いが強い。パチンコホールが軒先を並べようと、性風俗店が乱立しようと、個人的には汚らわしい思いをすることはあまり無いと思うが、このデモの存在には、まさに汚物を見るような嫌悪感しか抱かなかった。
また、警官隊の頭越しに罵声を浴びせながらも、「何故こんなことになっているんだろう」と、暗澹たる思いが沸き起こってきたことも、ここに記しておく。
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安倍晋三が「笑っていいとも!」に出演した。増税を前に、「お茶の間に親しみやすい、庶民的な宰相」というイメージ作りを図ったのだと思う。舛添要一然り、石破茂然り、碌でもない人間ばかりがテレビを通じて人気を獲得し、私達の社会を牛耳っていく。
アルタスタジオの裏は、抗議に集まった人々で埋め尽くされていた。「ファシスト!」「安倍は辞めろ!」等々、口々に激しい抗議が続けられる中、当の本人は涼しい顔で通り過ぎていった。
現在の安倍の支持率がどの程度か、信憑性のある情報が少ないのでよくわからない。ジリジリと下がっているという話もあるが、この日、新宿周辺を歩いた感じではそれなりの人気を維持しているようにも思える。「へー、安倍さん出るんだー。凄い凄いー」というのが大方の感想だろう。「大衆」というものは、人がいうほど利口というわけではないし、人がいうほど愚かなわけでもない。勝手な思い入れで判断すれば、手痛いしっぺ返しを食らう筈だ。
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大西巨人逝く
初めて大西巨人の名を知ったのは、埴谷雄高の評論集だったと思う。軍隊小説の書き手としての大西の存在は、その特異な名と共に、少年期の私の脳裏に印象付けられた。後に、「真空地帯」をめぐる論争の存在を知り、「軍隊は真空地帯ではない」という命題は、極めて気にかかるものとなった。
「神聖喜劇」が筑摩書房から文庫化されたのは、それから数年後のことである。この作品を貫く主題は、軍隊は徹底した法治主義による、合理主義的な体系である、というものだった。主人公はこの軍隊の論理性を逆手に取り、果敢に抵抗を試みる。
大西によれば、真空地帯的な方法でこれを「打ち砕く」ことを期待するのは、ヤクザや無頼漢に世直しを期待するようなものである。一口に言えば、敵は馬鹿ではない、舐めてかかるな、ということだ。
その独特のトリビアリズムのため、後半は飛ばし読みに走ってしまったが、終盤の模擬死刑の場面は鮮烈だった。ここで作者は、軍隊の論理の限界を呈示しているように見えたがどうだろうか。もっというと、村崎古兵に代表される素朴な人間主義は、決して馬鹿に出来たものではない。

うろ覚えの感想はこの辺で打ち止めにする。私が読んだ大西の小説は「迷宮」「三位一体の神話」「縮図・インコ道理教」、あとは「五里霧」「二十一世紀前夜祭」といった短編集くらいか。これに対して、評論の方はあまり感心できない。凡庸なリゴリズムがどうしても顔を覗かせてしまうからだ。特に性に関するテーマになると、どうもいただけない。向こう側の人だな、と思うことも屡々だった。
彼は一時期、ポストモダンの輩共からやたら持ち上げられたことがあるのだが、そんなことはどうでもいい。ファシズムがいよいよ到来した今日、一番意見を聞いてみたい人物の一人だった。本人も、ここで逝くのはあまりにも心残りだったような気がしてならない。

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どさくさまぎれ
3.11の追悼式に君が代が流されたという。いくらなんでも変だろう。例えば、原爆忌に君が代を流すか?自民党とかいう集団は、震災の犠牲者達すら、自らの国粋趣味の口実として利用して憚らない。これは震災の痛ましい記憶を、国家の権威の下に、簒奪する行為である。
この調子だと、そのうち冠婚葬祭に至るまで、君が代を強要するようになるのではないか。仮に私の葬式にそんなものを流された日には、百代先まで祟ってやるつもりだ。

尚、この時間、テレビ東京では「エイリアン4」を放送していたという。日経新聞は大嫌いだが、テレ東のこういうカラーは憎めない。ところで、ジャン・ピエール・ジュネのこの映画はだいぶ前に観て感心した記憶がある。登場人物たちが、自らのアイデンティティに悩む所が印象的だった。それはエイリアン自身にも当て嵌まっているのだが、長くなるので別の機会にしよう。

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砂漠のデモ隊
日比谷公園から国会近辺を脱原発デモ。正直、あまり気乗りがしなかった。以前も記したが、人気の無い官庁街でデモをすることに疑問を感じているからだ。確かに、一部メディア向けにアピールする効果はあるだろう。だが、デモは多くの人の前で存在を示し、声を届けることが重要である筈だ。
また、主催団体の誘導係の物言いが、警官のそれに似ていたのはかなり気掛かりである。不必要に人の動きを管理していた上、やたら居丈高に見えたのだ。
一方、警官たちの態度は余裕しゃくしゃくたるもので、整然と秩序立てられたお決まりのマニュアルを悠々とこなしていた。当たり前のように通行止めを行い、私達は不愉快な思いをしながら遠回りで移動する。一体何なのだろう。
そろそろこの抗議行動も軸足を移すべきではないかと思える。

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ウクライナの悲哀
「戦車とは交通手段であり、兄弟諸国への友好的訪問に利用するものである」(「スターリン・ジョーク」河出文庫)
これは「エレヴァン放送」の名でよく知られたロシアン・ジョークの一つであるが、ハンガリー事件から60年近く経った今日も尚、大ロシア主義の亡霊はさまよい続けているものらしい。かのカー・ゲー・ヴェーの首魁は、ウクライナを衛星国の地位に留めておきたいのだろう。ただ、これをソヴィエトの再来と呼ぶことには違和感がある。むしろ昔も今も、そこで機能していたのは強大なロシア至上主義であるような気がする。一口に言えば、大国の思惑というものはいつの時代も変わらないということだ。
リビアを破壊し、アフガン、イラクを荒廃させた諸各国にこれを糾弾する資格があるのかはともかく、私達に拠って経つ立場があるとすれば、それはウクライナ民衆の立場以外にありえない。勿論、「民衆」と一括りにいっても、それは一枚岩ではない。何がかの地の人々のためになるのか、また、何がかの地の人々のためにならないか。少なくとも、暴力装置の駐留が、最も悪質なものであることはいうを俟たない筈である。

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劇場版の時間だ
何故かPCからネットに接続できない状態が続いていた。取り敢えず、映画の話から。

劇場版「モーレツ宇宙海賊」(監督・脚本:佐藤竜雄)を観る。
原作は「妖精作戦」の笹本祐一。とはいえ、この作品、テレビシリーズの後半からオリジナルストーリーが進んでおり、本劇場版も完全に独自のストーリーである。尚、監督は「ナデシコ」でお馴染みの人であることはご存知の通り。
主人公は女子高生宇宙海賊・加藤茉莉香。海賊といっても、私掠船免状を持った政府公認の合法的海賊であり、アトラクションへの参加や他の宇宙船の護衛、荷物の運搬などを生業としている。彼女はヨット部(ヨットといっても宇宙船である)の仲間や、同業の女子高生海賊・チアキ、外惑星の王女らと出会い、協力し、日々成長を重ねて行くのだった・・・
以上が作品世界の大まかな概略である。さて、本劇場版であるが、物語は茉莉香が「亜空間ダイバー」を父に持つ少年・無限彼方(むげん・かなた)を保護するところから始まる。彼は宇宙を牛耳る巨大コングロマリットに身柄を狙われていたのだった。企業が少年を狙う目的は、彼の父親が遺した重要な秘密である。少年の父は、亜空間航行のエキスパートであった。この作品世界では、宇宙空間での移動、貿易には亜空間航路の利用が欠かせない。企業側は既に亜空間航路に物理的な障壁を設けることで利益を独占しつつあったが、これを完全なものにするためには、無限氏の持つ情報も自らの管理下に置く必要があったのである。少年の存在は、その秘密を解く鍵となっていたのだった。
茉莉香達を狙う巨大企業との熾烈な争いの中、遂に彼女達は無限氏の宇宙船を発見する。父への複雑な感情を抱いていた少年だったが、ついに父親の思いを受け入れることを決意、遺された亜空間潜航艇に乗り込み、父親が探求した亜空間最深部の果てへと到達する。やがて、少年はそこから、亜空間航路を開放し、独占資本の思惑を突き崩すのだった。

やや込み入った話なのでわかりにくいと思うが、要するに、大企業が高速道路を独占しようとしていると思えばいい。劇中で、「不景気、不景気」と茉莉香達が繰り返す辺りは世相をよく反映しているし、多国籍企業のあくどい手口を風刺しているとも言える。
だが、本作は何を措いてもまずはスペースオペラである。弾けるような爽快さがここにある。「銀河鉄道999」へのオマージュも小気味良い。謎解き、お宝探しとその争奪戦(つまり中世の聖杯伝説のパターン)、少年少女の大活躍といった、ストレートな王道ストーリーだが、王道を馬鹿にしてはならない。意味も無く無駄に陰惨にした鬱ストーリーこそ、精神の貧血症の表れだろう。



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プロフィール

のわーる

Author:のわーる
首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
たまに衝動的におかしな絵を描いたりもする。
尚、この「のわーる」という名前は同名の素晴らしいアニメ作品とは直接関係は無く、サド侯爵の登場人物の名に由来するものである。



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