時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
いわゆる多数決原理についての一般論
「民主主義とは多数決である。多数決の決定に従わないのは民主主義の破壊だ」という言説がまことしやかに流れている。つまり、少数派のワガママによって多数派の利益が害されると言うロジックだ。
だが、考えてみよう。もしも多数決のゴリ押しで全てが決定されるようならば、何も民主主義社会である必要は無い。少数者が多数派に好き放題蹂躙される社会をわざわざ「民主主義」と呼ぶ必要は全く無いのである。
民主主義とは、少数派の意見を尊重し、慎重に合意形成を図っていく制度である。ゴリ押しし、ねじ伏せる力学をとことん排除し、粘り強く合意を求めて行く、そうした手間のかかる制度が民主主義なのである。
多数派が少数派を弾圧し、蹂躙する社会。そうした社会は「全体主義」と呼ばれる・・・

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戦争映画考
「バルジ大作戦」(監督:ケン・アナキン)を観る。戦争映画はあまり多くは観ておらず・・・いや、それなりに観ているな。訂正、娯楽メインの戦争映画はあまり多く観ていないので、暫くこの種の映画を見続けようと思っている。
これには理由がある。すなわち、「戦争物を楽しむということと、戦争を好むということの違い」について考えてみたかった。わかりやすく言うと、ミリオタは戦争好きというわけではない、ということである。実際、両者は混同されやすいのだが、そこには決定的な違いがある筈だ。「自らの嗜好に無自覚」だの何だのと言いがかりをつけるバカは放っておく。一見矛盾するような性向が両立しうるという、人間性の真実を見据えていきたいのだ。
(尚、石破茂のタワ言を聞いて、「ミリオタは戦争好きだ」と「論証」したつもりになっている輩は中学校から数学をやり直したほうがいい。この意味がわからなければ、来世でのやり直しを待つほか無い)

さて、映画の方であるが、時間の無い身にとっては長過ぎた(175分)。寝る時間を削ってまで鑑賞するのはさすがにきつい。まあ、それは映画のせいではないのだが。
内容は連合軍とドイツ軍の戦いを描いたもので、真面目に考えると粗が多く、突っ込み所満載である。戦争と人間性を考えさせるようなものではない。尤も、ヘスラーなどには人間味と冷酷さが入り混じった要素が感じられ、興味深いのだが、全体としてはドンパチを楽しませる作りとなっている。むしろ、この辺りを積極的に捉え、映像論を語った方がいい。不謹慎という向きもあるだろうが、映画など不謹慎で何ぼのものだろう。
この辺り、論じようによっては面白い視点を獲得出来そうな気がするのだが、いかんせん、知識量が足りない。後々の宿題としておこう。

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勝っているようで、勝ってない
「一票の格差」違憲状態判決。例によって、違憲(状態)だが無効ではない、という論旨だ。
この手の「無効ではない」という判断は一応、社会的混乱を避けるためと理解されている筈である。事実、今回の判決を画期的と歓迎する識者も存在する。
だが、もうその段階はとっくに過ぎているんじゃないのか。どんなに違憲判決を下そうと、現政権にとっては蛙の面に小便だろう。「憲法?破ればいいじゃん」というのが連中の本音である。単に違憲性を指摘しただけでは、圧力にならないのだ。
よって、政権側にとってこの判決は、不満はあるものの、「勝利」と捉えられていることが想像される。
そうすると、むしろこの判決は、公正な社会に向け「一歩前進」したのではなく、有効性の確認によって、「一歩後退」したのではないかと思える。
想田和弘の指摘するように、民主主義の崩壊は日々の小さな敗北の積み重ねによってもたらされる。私達は、この「小さな敗北」を見逃し、勝利の錯覚に浮かれて来たのではなかったか。自らが厳しい場所にいることを、自覚したい。

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愚劣な遊戯
体調が悪いので、簡潔に記す。
渋谷の反TPP、反秘密保護法のデモに参加。
ようやくマスコミレベルでも騒ぎ出している(アリバイ的ではあるが)特定秘密保護法案だが、まだまだ一般における認知度は低い。周知活動は必要だ。
嘗てはこの手の様々な法案が与党の口から漏れるたびに、「いや無茶だろう」「いくらなんでもひど過ぎるぞ」と、立ち消えになってきたものである。だが、現政権がこうしたデタラメな諸法案を次々とぶち上げ、しれっと通し、または通そうとしているのは事実である。果ては、「とりあえず法の枠組みだけ成立させて、内容は後から決めましょう」と言い出す始末だ。そういうのを白紙委任というのだよ。明らかに一線を越えている。
いつになく、警察の妨害も露骨に思えた。気のせいではあるまい。
折りしも、歴史教科書に対する国の介入が強化されるという方向性が打ち出されたところだ。国定教科書でも作るつもりか。学問は政治のオモチャではない。また、私たちの人生も、政治のオモチャではないのである。

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雑想
家庭の事情でゴタゴタしたため、心身ともに芳しくない。この間読んだ書物の中からいくつか感想を記す。

ハインライン「夏への扉」
一種の時間旅行もの。ハインラインはあまり多くは読んでいないのだが、名作と呼ばれるだけあって、なかなか読ませる。この系譜は晩年の「ヨブ」にまでつながっていると思う。個人的にはこうした白昼のファンタジーよりも、もっと重厚というか、魔的な雰囲気のある作品の方が好きなのだが。

上橋菜穂子「夢の守り人」
精霊の守り人シリーズの第三弾。歌声が眠りをいざなうと言うのはギリシア神話のセイレーンや、ドイツに伝わるローレライの魔女伝説など様々存在する。本作の登場人物たちは、何らかの挫折や、愛するものとの死別により、あり得なかった生を渇望することにより、危険な夢の世界へと引き込まれる。
私自身は前作の「闇の守り人」の方が好きなのだが、本作も切ない余韻を感じさせる良作だった。

想田和弘「日本人は民主主義を捨てたがっているのか?」
「選挙」でお馴染みの映画監督・想田和弘が、この間様々な場所で論じてきた内容をブックレットにまとめたもの。橋下徹ブームから、自民党圧勝を巡る考察、そしてズルズルと今日のファシズム的な状況が生まれる過程を通して、著者は「消費者民主主義」という概念に行き当たる。
人々が社会の成員(主権者)ではなく、消費者として自己を位置付けることによって、今日の「熱狂なきファシズム」を生み出してしまったのではないか・・・この仮説は、かなり重要であると思える。
薄い分量ながらよく纏まっているので、一読をお勧めしたい。

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直訴事件の印象
寝不足だが、山本太郎直訴問題がやかましいので大雑把に書き記す。
原則として、「陛下の御威光」に縋ろうなどというのは、馬鹿げている。超越的な権力の存在を容認することであり、民主主義の根本理念に違背するからだ。だが私は、人の命を救うために、身体を張っている山本太郎を非難できない。

既に多くの人が参照しているが、その昔、田中正造の直訴事件というものがあった。田中に請われて直訴状を執筆したのは幸徳秋水である。天皇制を否定する幸徳が、超越的権力者である天皇への請願文を作成する。形式的にいえば、これは矛盾であり、思想的変節というようにも受け取れる。だが幸徳は、「老人が命がけで頑張っているのに断れない」と、敢えてこれを引き受けたのだった。
直訴という手段を賛美するつもりは無い。幸徳にしてもそれは同じだったろうし、天皇制を容認したわけでもないだろう。しかし彼は、田中への協力を買って出るだけの度量は持ち合わせていた。田中の行動の背後には鉱毒で苦しむ人々の切実な姿があるし、幸徳にもそれはよく見えていた筈である。
この姿勢、私たちも少しは学ぶべきものがあるんじゃないのか。

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プロフィール

のわーる

Author:のわーる
首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
たまに衝動的におかしな絵を描いたりもする。
尚、この「のわーる」という名前は同名の素晴らしいアニメ作品とは直接関係は無く、サド侯爵の登場人物の名に由来するものである。



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