時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
バブルとしてのサイバーパンク
昨日は午前0時近くまで残業。何故か今朝は平日並みの時間帯に叩き起こされる。二度寝しようとしたがよく眠れず、寝不足のまま友人との待ち合わせに向かう。明日も兄夫婦の出迎えがあるので、忙しくなりそうだ。

ブルース・スターリングの「スキズマトリックス」を漸く読了。十年以上前に購入した本だが、嫌な予感がしたため保留になっていた。結果は予想通り。ストーリーは支離滅裂で、こんなものがなぜ持て囃されたのか理解できない。末尾の部分だけ、クラーク風のハードSFの名残があったし、ユニークなアイディアだけは随所に見られた。だが、作品としては評価できない。
そもそも、サイバーパンク小説に感心したためしがない。ウィリアム・ギブスンの「ニューロマンサー」「カウント・ゼロ」「モナリザ・オーヴァードライヴ」はブームの頃に頑張って読み通した。結論は、「名作という事にはなっているが、少しもいいとは思わない」である。ちなみにこれはギブスン自身の言い回し。
「ニューロマンサー」は何とか理解しようと3回ほど読み返した。おかげで漠然と内容は理解したが、やはり人が言う程いいとは思わない。難解であるというと持ち上げているように聞こえるが、前述したように支離滅裂なのだ。ストーリーで何が起こっているのか、さらっと読んだだけではさっぱりわからない(ちなみに話の骨子は二つの巨大AIが融合して神のような存在になるというもの)。
例外としてギブスンとスターリング共著の「ディファレンス・エンジン」がある。これは比較的素直に読めたと思う。だが、この小説が前述の作品群よりもマシになっているのは、十九世紀の冒険小説の方法を模しているためである。実際、随所にコナン・ドイルなどの影響が見られる。小説の魅力とは何なのか、色々考えさせられる。

サイバーパンクに「功績」があるとすれば、それは「機械と人間(脳髄)の融合」というアイディアと、「電脳空間物」というジャンルを生み出した事だろう。これはサブカル界隈に大きな影響を生み出した。「攻殻機動隊」や「マトリックス」はその影響下にあるし、昨今では「アクセル・ワールド」などのライトノベルにもそれは引き継がれている。だが、当初目されていた文学運動としての潮流作りは、完全に空振りに終わったと思う。
個人的にはクラークやヴァン・ヴォクト、ニュー・ウェーヴ系ではベスター、P.K.ディック、ディレイニー、ベイリーのような作家に魅力を感じるし、今でもそれは変わらない。アカデミズムの空間に文化は生まれないし、それらの言説を鵜呑みにする必要もない。結局は、自分の感性を磨くしかないのである。

CALGF0E6.jpg

スポンサーサイト

テーマ:最近読んだ本 - ジャンル:本・雑誌

「ちゃんと向きあう」
笠井潔著「ヴァンパイヤー戦争」全11巻、ようやく読了。
平井和正風のバイオレンス伝奇小説。笠井の一連の伝奇シリーズの一環であるが、作品自体は特に新味があるというわけではない。まあ、傑作というわけではないが、佳作とは言えるだろう。
テロ活動を行う主人公の父親のセリフは、吉本隆明を意識したものであり、ニヤリとさせられた。また、主人公の相棒である「ムラキ」は笠井の矢吹駆シリーズの主人公を再現したものである。
このように幾つかユニークな点はあるものの、繰り返される戦闘シーンは途中で飽きてくるし、全体のストーリーも「ありがち」な枠内におさまるものである。地球の殆どが壊滅してしまうくだりはなかなか愉快だったが。

さて、映画「希望の国」(監督・脚本:園子温)の感想を述べる。
この映画の弱点はまず、「震災物にする必要があったのか」という点である。内容は、いつもの園子温の家族映画だ。その限りでは、人間ドラマとしてなかなか見せるものがあった。特に、痴呆症の妻を抱えた夏八木勲の演技は素晴らしく、心打たれた人も多かったと思う。だが、震災と原発事故の描き方は、殆どが「雛形」のコピーである。例外として、被曝を恐れる夫婦が悪意ある嘲弄を受けるシーンだけは生々しく描かれていた。
また、「冷たい熱帯魚」の「一歩前へ」にしてもそうだが、園という人は寓意的なメッセージを込めようとすると実に陳腐なものになってしまうらしい。「杭は必ず打たれる」等のセリフはありきたりだし、「一歩、一歩、私達は歩いていくしかない」等のセリフは、「頑張ろう日本」的なもので、何か浮いて見える。この社会の今日までの歩みを見ていると、尚更そう思えてくる。やたら「日本人が」を強調するくだりもいただけない。
特に、ラストの「愛さえあれば何とかなるわ」のセリフには首をかしげた。「ならねえよ」と言うしかない。

映画が震災と向き合うとは、どのような事を意味するのだろう。ただ表層をなでるだけでは、それは達成されないという事は言うまでも無い。森達也達の「3.11」は、この向き合えなさに途方に暮れる内容の映画だった。園子温が震災を利用主義的に扱ったとは思わない。だが、そこで充分に事件と向き合う事は出来たのだろうか。
おそらく、正解などは存在しないのだろう。だが、それを言ってみても始まらない。アメリカの9.11事件を扱ったオムニバス映画に、「セプテンバー11」があるが、このあたりがヒントにならないかと思う。困難な試みは、まだ続いている。


テーマ:最近見た映画 - ジャンル:映画

秘密の花園
ラコシ政権時代のハンガリーにて。

一人の労働者が居酒屋で、酔った勢いで叫んだ。
「ラコシは馬鹿もんだ!」
ただちに逮捕、裁判。
判決。
禁錮三週間:名誉毀損罪。
懲役十五年:国家機密漏洩罪
(「スターリン・ジョーク」平井吉夫編 河出文庫)

同種のアネクドートは各国に存在する。
権力者を徹底的にコケにした小咄だが、「冗談でも言っていなければやってられねぇよ」といったところだろう。
さて、この国家機密漏洩罪。日本でも秘密保全法/秘密保護法という形で成立させられそうな勢いである。こんなものが成立すれば、時の権力者にとって都合の悪い情報は、全てシャットアウトされてしまう。極めて恣意的な運用が可能な法律なのだ。メディアに対する萎縮効果も並大抵ではない。また、法律の性格上、一度成立してしまえば、これを元に戻す事は極めて困難となるだろう。齎された弊害は「秘密」に出来るからだ。
民主主義社会には、権力の透明性が不可欠である。秘密保護法成立に向けた動きは、民主主義に終止符を打とうとするものと考えるほか無い。野蛮極まりない話である。私達は、次の世代にこのような野蛮な社会を残してもよいのか。

口直しに、小咄をひとつ。
「見ろ、安倍晋三が傘を差して歩いてるぞ」
「たぶんワシントンは、いま雨なんだろう」

テーマ:日々のつれづれ - ジャンル:日記

40年前のこの日
9.11についてはこのブログでも毎年のように語ってきた。
80年代、中南米諸国は新自由主義の巨大な実験場と化した。その惨禍は私達の記憶に新しい。人々の生活は破綻し、徹底した弾圧・虐殺により夥しい犠牲者が生まれた。チリの9.11軍事クーデターもまた、その一つである。
悲しいかな、日本社会はこの道を忠実に辿ろうとしている。TPPはその典型で、更にそれと平行する形で様々立法措置が企てられている。秘密保全法により、私達の命に関わる重要な情報が次々と隠蔽されていくのは容易に想像がつくだろう。今現在でさえもこんな状況である。
さて、あらゆる問題に煙幕を張り続けているオリンピックという行事についても一言あるが、もう遅くなったので、また別の機会に改めたい。


テーマ:日々のつれづれ - ジャンル:日記

浄化の祭典
このところ眠ろうとすると、会社で仕事に追われている夢に襲われ、不安感で目が覚めるという状態が続いている。おかげでよく眠れない。

手塚治虫の「よろめき動物記」に東京オリンピックの話があった。環境浄化政策で、ヒゲ親父がステテコやめろだの、七輪でサンマ焼くなだのとゴチャゴチャ言われてブチ切れるというもの。これからも、確実にそうなっていくと思う。コミックマーケットもいつまで続けられるかわかったものではない。
ちなみに、汚染水は環境浄化の対象ではなく、「既に解決済み」の問題となるだろう。安全だ、問題は無い等々、いわば、対処すべき問題ではなく、隠蔽すべき問題というわけである。

映画「希望の国」(監督・脚本:園子温)を観る。「映画芸術」誌でワースト一位に輝いてしまった作品である。感想はもう少し整理してから記したい。

汚染ピック

テーマ:日々のつれづれ - ジャンル:日記

から騒ぎ
婚外子の相続規定(通常の相続の二分の一)が違憲であるとの判決が漸く下された。民法の書物を繙けば、「この規定には見直しの動きが高まっている」等の記述が屢々見受けられるので、改正は時間の問題だと思っていた。むしろ、違憲判決まで随分時間がかかったものだと思う。普通に、「人間はみな平等です」と教えられて育った人間ならば、この規定はおかしいな、と感覚的に理解できる筈だ。
だが、慣習というものは恐ろしいもので、この判決にむき出しの憎悪や反発を叩きつける動きが絶えない。家族が破壊される。家庭がメチャクチャになる等の言説がやたら喧伝されているのは事実である。
以前、ゴリゴリのフェミニストの人が婚外子問題について、ありったけのヘイトスピーチをぶつけていたので、唖然としたことがある。女性差別は許せないが、婚外子差別は当然とは、どういうことだろう。ゴリゴリの人ほど省察力に乏しいものであるが、それとも過去に何かあったのだろうか。無論、何かあったとしても、これを肯うわけにはいかない。

ちなみに、婚外子の相続分が二分の一と規定されているのは、法定相続分である。遺言が残されている場合は、それに従う事となるので誤解なきようお願いしたい。
尚、遺言による相続においては「遺留分減殺請求」が行われる事がある。これは「全額を婚外子に相続させる」等、かなり極端な遺言がなされる時に行われるものなので、それによって、相続を指定された当人が不利になるわけではない(詳細は民法を参照)。

テーマ:日々のつれづれ - ジャンル:日記

バカモノガタリ
活断層ではない・・・「自衛隊がいるところが安全地帯だ」っていう、小泉純一郎の迷言を思い出した。原発のあるところは活断層ではなくなっていくんだろう。便利なものだねえ、この国は。日本中に原発を作れば、日本から活断層はなくなるんだろうな。きっと。
当の大飯原発は、定期検査のためにようやく3号機がストップしたのだが。

で、汚染水だが、五輪招致に影響が出るから審議は見送るらしい。バカじゃないのか。選挙に影響が出るからと、汚染水の事実をひた隠しにした手法をここで繰り返すらしい。日本人は騙せても(!)、世界の目は誤魔化されはしない。こんな事が通用すると思っているのか。思っているんだろうなぁ、やっぱり。

あと、石破の「アメリカが証拠に基づいて攻撃をするなら、同盟国として支持します」発言。普通、「証拠が無い限り、支持できない」と言うもんだよな。両者は対偶の関係だが、応援する気、満々なんじゃないか。
勿論、私達の意思は、「証拠とやらがあろうとも、軍事行動(殺人活動)は絶対に支持できない」というものである。

どっちを向いてもこんな話ばかり飛び込んでくる。実にイヤだ。

テーマ:日々のつれづれ - ジャンル:日記

「引退」をめぐる印象
宮崎駿が引退するとか。これで四度目だという。大江健三郎にしてもそうだが、やたら大家になると大袈裟に引退発言をしたくなるものらしい。つまらない事は言わず、作りたいという欲求が高まればどんどん作ればいいと思う。変に自己限定するべきではないだろう。

引退後に復帰したといえば、都はるみを思い出した。「おもひでぽろぽろ」で、ジブリとも縁のある人だ。「喜ぶ人がいるんだから、いいんじゃないか」それが当時の私の印象だった。だが、平岡正明によれば、どうもそれだけにはとどまらないらしい。彼女は北島三郎の「美空ひばりが死んで、もう演歌は終わった」との発言に反発したのだという。冗談じゃない、と意地を見せたというわけだ。これは悪くない。

そういえば晩年の新藤兼人も、映画を撮るたびに「これが最後、これが最後」と言い続けていたという。実際そんなものなのだ。駿御大も、作りたいと思ったら、カッコ悪かろうが何だろうが、ぬけぬけと作品を作って欲しいものである。

テーマ:映画関連ネタ - ジャンル:映画



プロフィール

のわーる

Author:のわーる
首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
たまに衝動的におかしな絵を描いたりもする。
尚、この「のわーる」という名前は同名の素晴らしいアニメ作品とは直接関係は無く、サド侯爵の登場人物の名に由来するものである。



のわーるのつぶやき



最新記事



カレンダー

08 | 2013/09 | 10
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -



最新コメント



過去記事のアーカイブ



カテゴリ



最新トラックバック



2010年「国際ジュゴン年」



検索フォーム



リンク

このブログをリンクに追加する



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



QRコード

QR



RSSリンクの表示



全記事表示リンク

全ての記事を表示する



FC2カウンター