時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
真夏の夜の夢
この所の猛暑と、それに付随する寝不足で大分体に負担がかかっている。特にヒートストレスによる心臓への負担には注意したい。

国会包囲の際に逮捕された二人は無事に釈放されたらしい。取り敢えずほっとする。
この間生じている事態について考える。言うまでもなく、徒に警察と衝突するのは無駄な事だ。だが、一線は画すべきだろう。警察権力に幻想などを抱くべきではない。
埴谷雄高が言うように、警察や軍隊を味方につけることが出来ればそれは革命の第一歩だが、現実にはそのような事態はなかなか起こりにくいものだ。オルグしているつもりで巧妙に抱き込まれているというのはよくある話である。
事実として、運動内部にはかなり不協和音が広がっている。公権力による分断工作には警戒するべきだろう。

ふぶらさんに触発され、久しくツン読になっていた田中英光「オリンポスの果実」を読み進める。あと数ページで読了予定。時間がないため、読書からも映画からも遠ざかり気味。映画では「死刑弁護人」や「ムカデ人間2」が気になっているのだが・・・
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非暴力は非抵抗を意味しない
橋下徹って、「曾根崎心中」が江戸時代の近松の作品である事を知らなかったんだな。小学校低学年以下のレベルだぞ。こんな人間が文化を語るなど片腹痛いのだが、この種の野卑な経済人にとっては「そんな事は知る必要がない」のだろう。何せ、「てんびんの歌」なんて薄気味悪い教訓話が持て囃されているくらいだ。こうした連中が文化の生殺与奪権を握ってしまっている事が最大の問題である。

昨日の国会包囲の件で、嫌な動きが現れた。「「紫陽花革命」は革命を恐れる」とでも言おうか。「マナー違反」と言うならば、経産省前のテント村もまたマナー違反だ。座り込み、ダイ・イン、占拠(オキュパイ)といった、非暴力の行動も、全て「マナー」の名において断罪される事となる。これでは「非抵抗」の思想である。そもそもガンジー主義(私はあまり好きではないが)とは不服従の思想である。何か勘違いしていないか。
「逮捕されない事」は大切な闘いである。だが、逮捕者が出た場合、まずは奪還する事が急務である。一刻も早く、二人の釈放を求める。

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国会を囲もう
日比谷で脱原発デモ。かなり規模の大きい行動で、いざ現地に行ってみると、どこがどんな団体のブロックかよく判らない。結局、適当にそこいらに潜り込んだ。この猛暑だ。密集地帯で、蒸れ死ぬかと思うくらい、大変な思いをした。何せ、なかなか公園から出られないのである。
コースは日比谷公園から東電前を通り、新橋方面に向かってぐるりと一周するもの。距離的にはそう長くないのだが、とにかく前に進めないため必要以上に長く感じた。
公園を出て少し行ったところで、在特会系と思われる芸人集団が騒いでいた。「1.左翼は反日=悪である 2.左翼は原発に反対している 3.よって、原発反対は反日=悪である」という、三段論法。別に彼らは金を貰っているとかいうわけではない。只のバカなのだ。
例によって大声で再稼動反対のコールをしていたら、いつの間にか自分が音頭をとっている格好になってしまった。仕方ないので、最後まで大声を張り上げ通す。ここ最近は馴れてきた。
デモ終了後、国会前に向かう。暫く建物周辺をうろうろしていたら、もう18時。帰宅予定の時間となったため、集まった人々に後を託し、家路に着いた。
その後の動向についてはちょっと全体像が掴めない。後日の報告を待ちたいと思う。

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様々な思い
今日はだらだらとバイト。オリンピックの開会式は夜が明けてから編集されたものを観た。デヴィッド・ボウイの「ヒーローズ」、ポールの「ヘイ・ジュード」が流れていた。ピストルズが出るの出ないのと話題になっていたが、どうなったのだろう。個人的には「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン」を流して欲しかったが。もっとも、素で演奏されても却ってイヤな気分だ。流石にクラッシュにはオファーはなかったと思う。ジョーも亡くなったことだし。とはいえ、WHOのキース・ムーンにはオファーがあったらしいのだが・・・、

書き漏らした事。
昨日(27日)の官邸前抗議行動には二千人ほどが集まったという。反原連が「金曜の行動はありません」とひたすら連呼していたこともあり、これまでのような動員には至らなかったが、人々の意思が根強くそこに息づいている事は窺われる。それにしても、「抗議行動はありません」と繰り返したのは疑問に思う。せめて情報が入って以降は、「別団体の主催になります」と、呼びかけを切り替えればよかったと思う。
流れは既に特定団体の意向に収まるものではなくなっている。昨日集まった人も、違う団体が主催しているのを、知らずに集まった人が多いという。もはや運動を我有化することは出来ないと思う。反原連であろうと、ノンセクト左翼であろうと、ここを見誤るべきではない。集まった人々の意思に対し、責任ある行動が求められている。

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オリンピックの幻影
オリンピック、とやらであるらしい。力と資本の祭典。取り立てて熱狂する気にもなれず、どうでもいいという、醒めた感情があるばかりである。だが、こんな私でも、テレビ放送があれば漠然と見る事だろう。反発があるとすれば、それが開催地に多大な負担を強いる事であり、専ら為政者の威信のために行われるということである。この期に及んで東京にオリンピックを招聘しようとするのは愚の骨頂である。
軍隊を動員した物々しい警備は、ミュンヘンの悲劇よりも、メキシコの「血塗られたオリンピック」を想起させる。「クーベルタンは「国家の尊厳」に殺されてしまったのだ」と寺山修司が喝破してから既に久しい。綺麗事は言わない。それが国家間の代理戦争であるということは誰もが知っている。だが、この巨大な祝祭空間には、それだけでは収まりきらないものは、確かに存在する。
安部公房は生前、オリンピック的なものへの嫌悪をしばしば語っていた。だが、安部の議論はいつもながら理念があまりにも先行しており、おいそれと賛同する気にはなれない。そこからはみ出していくものが、必ずある筈である。要するに、一面的に単純化しすぎるのだ。いささか芸がなさすぎないか。
私はと言えば、あーだこーだいいながら、結局は観ているという、そんな調子で今年のオリンピックを眺める事になると思う。いつもと同じように・・・

付記:私のこの一文を読んで、「オリンピックへの一面的な悪口だ」と思うなら、それは馬鹿者である。

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ヴェニスに立つ
ちょっと元気が出る、嬉しいニュース。
全く報道されないが、若松孝二監督作「千年の愉楽」がベネチア国際映画祭オリゾンティ部門に正式招待された。言うまでもなく、中上健次の代表作が原作となっている。
コンペ部門に北野武が出品するのは周知の通り。ちなみにたけしは若い頃に「ゆけゆけ二度目の処女」など、若松孝二のピンク映画で何度かエキストラ出演を果たしている。若松とは旧知の仲なのだ。お世辞にも出来がよくない「エロティックな関係」はさて措くとして(この責任は内田裕也にある)、この二人のツーショットがベネチアで見られないかと、ちょっと期待している。

※尚、若松は次回作に原発映画を構想しているという。この際折角だから、たけしと山本太郎をキャスティングしてみたらどうだろう。ブラック過ぎるか。でも実現したら絶対面白いぞ。

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遺された課題
浜岡原発がガタガタである事がいよいよ明らかになってきた。廃炉しかないだろう。まさか新しいのを作るつもりではあるまいな。お偉方の動向を見ると、そちらに傾いているような気がしてならない。

こちらの精神状態のせいか、嫌なニュースばかりがやたら目立つ。「すべてよし」と述べたのは「悪霊」のアレクセイ・キリーロフである。とはいえ、この全肯定の境地は死と紙一重に違いない。
実際、私生活に密着した部分を含め、世界が醜悪に見えるのは事実だ。それを踏まえた上で、晩年のサルトルは「希望を作り出さないと」と述べた。程なくしてサルトルは亡くなったが、回答は出ていない。それは今も尚、私達に託されたままである。

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心臓には悲哀
精神面は小康状態。仕事は相変わらずグダグダだが、「周囲に迷惑をかけている」という過剰な罪悪感は少し軽減した。
船戸与一の「満州国演義7」はあと数十ページを残したまま、まるで進んでいない。重い本を持ち歩くのが苦痛になってきたためである。このボリューム感は魅力的ではあるのだが。
ストーリーは真珠湾よりもコタバル上陸に重点を置いている。当然だが、「シベ超」でお馴染みの山下奉文の名前が頻繁に登場する。この辺については、調子のいい時にでも与太話を飛ばしてみたい。
その代わりというわけではないが、芥川龍之介のアフォリズム「西方の人」や「侏儒の言葉」、「或阿呆の一生」を読み直している。中高生の頃、好きだった。

オスプレイの一件、ストロンチウムの件など色々あるが、あまり飛ばしすぎると反動がひどいので、この辺で抑えておきたい。

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何事もない。ただひたすら自己嫌悪に耐えていた。思考は堂々巡りを繰り返し、全く前に進まない。
いつもの事には違いないが、語ろうとすれば愚痴しか出てこない。あまりにも醜悪だ。こんな事を書いている自分も凄く嫌だ。もう寝よう。

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汚辱の足跡
午前中は色々必需品の買出し。その後、昨日の続きの作業を進める。昨日記したとおり、鎌仲ひとみ監督作「内部被ばくを生き抜く」の上映会はパス(尚、「被曝」を「被ばく」と表記することには違和感がある)。この人の作品は、昔「六ヶ所村ラプソディー」を劇場で観たが、今ひとつの憾みが残っている。畑に向かって「がんばって」と声をかける農家のオバちゃんの姿は印象に残っているが。
それでも今回、彼女がどのような作品を提示しているのか、興味はある。ただ、この種の作品に共通して言えるのだが、「正しい」というだけでは映画にはならないという事には注意して欲しい。

現在、諸々の事項が精神面に追い討ちをかけている状態なので、なるべく無理はしないようにしたい。29日も心身の状態と相談しながら考えるつもり。勿論、仕事が入れば断念せざるを得ないが。

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恥ずかしながら
昨日に引き続き、全く自己肯定感が持てずにいる。今日も簡潔に事実関係を記す。

鎌仲ひとみ「内部被ばくを生き抜く」上映会の準備を手伝う予定だったが、時間に遅れたため、殆ど協力できず。わが家からは交通の便が悪過ぎる。スタッフと雑談を交わした後、バイトに直行した。上映は明日だが、仕事の残りがある為、私は参加できない。(会場:新座市東北コミセン 資料代:¥500 13:30~)

雑誌「現代思想」を購入。こちらも被曝問題の特集。ランキン・タクシーの歌に触れた論文があった。
瓦礫拡散の問題性を取り上げるなど、全体的に良質な論稿が多い。この雑誌も随分頑張っている。

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雨の日の断想
帰宅してみると、もう23時近く。将来のことにふと思いを致したとき、一気に鬱状態が広がった。悩んでどうにかなるものでもないのは理解しているのだが。

官邸前の抗議行動は今日も盛んだったようで、何でも鳩山由紀夫が参加したという。鳩山の意図が奈辺にあるのかはわからない。だが、世論の動きがどこにあるのかは理解したようだ。理解したうえで狡猾に利用しているのが橋下なのではあるが。
ちなみに、NHKは完全にスルーしたらしい。

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本質的な批判を語ろう
橋下の愛人問題。プライベートの問題なので、全く興味がない。Et alors?(それで?)である。もっとも、シラクの愛人問題は、巷間信ぜられているほどスマートには運ばなかったらしいのだが。まあ、クリントンの時のように散々笑い話のネタにはされそうだ。
無論、「英雄色を好む」などとぬかすバカは論外。よくよく見ると、この種の論者の主張はむしろ「色を好むものは英雄である」ということにある。バカも休み休み言え。

セックス・スキャンダルは、イメージを引きずり落とすには便利かもしれないが、本質的な批判にたどり着く事はない。宇野内閣を潰した時は醜悪だった。勝ち方がよくない。
この際だから言っておく。宇野宗佑のセックス・スキャンダルが功を奏したのは、顔がまずかったからである。少なくとも、主要なファクターのひとつではある筈だ。やはり愛人問題を暴露された小泉純一郎が今もって人気が高いのは、残念ながら歴然とした事実だ。今回も鬼の首を取ったようにはしゃいでいると、手痛いしっぺ返しを食らうはずである。

そういえば「裸祭り」のポスターが「セクハラだ」と言い掛かりをつけられた事があった。思うに、こちらも風貌の問題である。「ムサい男の裸が不快だ」というのが批判者の本音である。仮に、ジャニーズのタレントが同じ格好をしていたら、誰も文句など言わなかったはずだ。

うつろい易い表層的なイメージを頼りにするのは危険である。それこそ、私達が批判してきたポピュリストの手法ではなかったろうか。

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作品と対峙する事
今日は残業を早めに切り上げ/諦めて帰宅、と思ったが、家に着いてみると、普段と大して変わらん。
どこか感覚が狂っているらしい。

アンドレイ・タルコフスキーについて少し考える。実は遺作となった彼の映画「サクリファイス」を、私は公開時に劇場で観ている。
何せ、まだ10代の頃である。とにかく背伸びして、芸術映画というものを体感してみたかった。眠いとぼやくだけでは感受した事にならない。少なくとも感性で受け止めようとはした。
一種のスノビズムには違いない。だが、がむしゃらにぶつかって何かを探求しようとした事は確かだ。結論からいうと、よい経験だったと思う。
作品と対話するとはそういう行為である。現在では「ノスタルジア」の方が伸び伸びしていて好きだし、「ストーカー」や「鏡」の迷宮的世界も気に入っている(彼の作品は八本とも全て観た)。「ソラリス」でバッハが流れるシーンは忘れがたい。こうした感想も、当時の様々な格闘があってこそだと思う。
一度観ただけで「下らない」と決め付けて、何もかも知っているように装う政治家がいる。無論、こんなパフォーマンスからは何の文化も育まれない。このことは肝に銘じておくべきである。

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夏空に声は響く
取り敢えず昨日の報告。
代々木公園に着いたのは12時前だったろうか。ステージの区分がよく判らないため、取り敢えずメイン会場のサッカー場に向かった。会場はまだガラ空きで、私は前の方に陣取っていた。前にいるのも良し悪しで、報道陣が壁になっていてよく見えない。たまりかねて周りから野次が飛ぶ。私も「ロクに報道なんかしないくせに!」と思わず口をついて出た。尤も今回は、一部のメディアは頑張って報道していたようだが。
ジリジリと灼けつくような陽射しの中、集会開始。永六輔、坂本龍一、大江健三郎のアピールが続く。対案主義は権力者の常套句である事に警戒すべし、という発言にはわが意を得た思いがした。瀬戸内寂聴の達者ぶりも嬉しい。
ただ、広瀬隆の唱える条件交渉論は危ういと思う。「電気料金の値上げを認める代わりに原発を止める」という和解案を成立させたとしても、いつの間にか「値上げはする、原発も動かす」に転化するのは容易に見て取れる。力関係と言うのはそういう風に働くものだ。
二時を回り、演壇でちょっとしたハプニングもあったが、漸くデモ行進開始。ところが、中々前に進めない。女性警官が「安全を確保するために小さいグループに分かれて頂きます」などとホザいていた。おためごかしだ。小規模に見せたいだけの嫌がらせだろう。ペットボトルの水は既に空。酷暑の中、体力がどんどん奪われていった。朦朧としながらも原宿界隈を闊歩。自販を見つけて何か飲もうと思ったが、近頃は自販の数が減っているもので、なかなか見つからない。後半に入って、漸く水を入手する。
その後、もんじゅ君の応援を受けながら、無事に明治公園まで到着。距離はそれ程でもない筈だが、暑さと交通規制で体感距離がやたら遠く感じられた。
再稼動後の挫折感が懸念されたが、反対運動の勢いはますます強まっている。色々と批判もあると思うし、未熟さや至らなさは事実存在すると思うが、この流れは大切にしたい。

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途中報告

代々木公園の脱原発集会にいる。労組の動員があるとはいえ、相当な規模になりそうな予感だ。
それにしても、ステージの前はテレビカメラばかりで。何も見えない。ロクに放送もしないくせに、これじゃ妨害行為だ。

追記:終了後、へろへろになり、這うようにして帰宅。日焼けの痕がヒリヒリと痛い。詳しい報告は明日以降にしたい。ただ、時間が取れるかなぁ

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縮図
いじめ問題。いじめを受けていた当事者としてはあまり語りたくない。恐喝やリンチこそ無かったが、本を盗まれたり、机をバラバラにされたり、おかしなイタ電が頻繁にかかってきたりといった経験はある。不明朗な発音を口真似されたり、「死ねよ」と言わたりするのは普通だった。発話機能に障害を持つ者にとって、口真似をされる事がどんなに辛い事か、一般の人にはなかなか想像し難いと思う。
この問題で親も教師も殆ど当てにならないこともよく知っている。苦しんでいると訴えれば「忍耐力の欠如」とみなされ、反撃すれば「問題児」として一方的に悪者にされるからだ。
テレビ局の報道姿勢は相変わらずで、本件を面白おかしいネタとして消費しようとしているように見える。
加害者は無論のこと、学校側の対応もひどいのは事実だが、各所で見られる炎上現象には、内田樹のいう「嗜虐性の愉楽」が見え隠れする。問題の解決よりも、誰かを引き摺り下ろしたい、裁いてやりたいといった欲求が先行していないか。もっといえば、糾弾権を簒奪しているのである。挙句の果て、便乗して人気取りに利用しようとする政治家まで湧いて出る始末である。
ついでに折角だから言及しておく。昔、いじめの被害者が仕返しをしようとして、同窓会で毒を盛ろうとした事件があった。実にやりきれない出来事だったが、この時、鳥越俊太郎が「ウジウジするな!とっとと忘れろ!」と言ってのけたのを私は絶対に忘れない。この男の人間性は一切信用に値しないと思った。拉致問題の追及も、進歩派ぶった言説も、全てゼニ儲けのネタだったのだと思う。
結局大人の世界もいじめの原理で動いているのだ。このことを子供はちゃんとわかっている。見透かされていないなどと思うな。嘗めてはいけない。

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侮蔑の時代
さっきバイトから帰宅。よって今日は簡潔に。
近頃自分の勉強やさまざまな省察を行う機会が減ってきているのが情けない。以前、シベリア抑留の経験者から、「苛酷な労働環境にいると、モノを考えることをしなくなり、動物のようになってしまう」という話を聞いたことがある。
自分を保ち続けることもひとつの闘いである。
だが、休日に無理な活動をすれば、精神に多大な負荷をかけることになる。結果、ぼんやりと過ごす事が多くなり、気付いたら再び苛酷な労働現場に舞い戻ることとなる。いわば、頭のてっぺんから足の爪先までを企業活動に包摂されてしまうということである。
今日、「健康で文化的」という概念が全て「甘え」として侮蔑される傾向にあると思える。「世の中甘くない」「お前の敵はお前だ」という文言がブラック企業の跳梁を許してきた。この傾向は収まるどころか、ますます拍車がかかっているように思える。
私達の「生」を取り戻さなくてはならない。

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或る老人の「うぬぼれかがみ」
今日の官邸前抗議行動、再稼動後にもかかわらず、勢いは衰えることが無いようで少し安心。尤も私は例によって仕事で行かれずにいた。まあ、無理をすれば精神面で潰れてしまうのが判っているので、割り切ってはいるのだが。

山本太郎は津川雅彦のような、てんからのバカは相手にしないほうがいいと思う。
「役者が政治的発言をするというのは、やっちゃあいかんことだ」
何だこの珍妙極まりない公式は。誰がそんなことを決めたんだ。「学生は政治などやっちゃいかん」というのとどう違うんだ。カビの生えた脳内で作り上げた妄想を、普遍的な真理のように語るんじゃない。
この男にはアンガジュマンと言う概念など理解するすべもないのだろう。無論、一個の人間が参加を行うか否かはその人間の内的必然の如何による。よって、結論の如何に関わらず、外部から何ら強制される筋合いのない問題である。
だが、津川の発言の裏にあるのは、「俺は偉いのだ、俺の言うことを聞け」、ただそれだけである。この男は一万回生まれ変わってもイヴ・モンタンにはなれないということがよく判る。もはや津川は血統と過去の栄光にすがりつく、一個の怠惰な老人に過ぎない。怠惰で愚かな小市民がそこにいる。ただそれだけである。見苦しきは去れ。私達はそんなものに眼をくれる余裕はない。

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長く、当てにならぬ、日々の労役
心身ともにガタガタの状態。もう限界かなと思うが、取り敢えずは生きている。
アナグラムについてあれこれと考えた。一種の言葉遊びである。与太話のついでに晩年のソシュールの妄想じみた言語探求など、書き記そうかと思ったが、頭がまるで回らない。またの機会にしよう。とはいえ、現在の生活状況を考えると、人並みに自分の時間が持てる環境ではないのだが。

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「これに乗る者の名を死といい、黄泉これにしたがう」
船戸与一がノモンハン事件に触れて、次のように述べている。

 軍部は結果を隠し、新聞は「大勝した」と嘘をついたから、現場に行った兵隊しか「負けた」ことを知らなかった。だけど、ソ連が崩壊してから出てきた資料によると、ソ連側の被害も甚大だった。ソ連軍を指揮したジューコフという将軍は「スターリングラードも大変だったけど、一番怖かったのはノモンハンだ」と答えている。日本の資料では、一方的にソ連の機械化部隊にやられた、とされているから、小説の中ではそう書いたけど、実際は違っていたらしい。でも、当時の人間がどう考えていたかをこの小説では書いていきたいから、新しい資料を使おうとは考えなかった。(「波」2011年5月号)

これは「満州国演義6 大地の牙」上梓の際のインタビューである。思うところあったのか、新作の「雷の波濤」では上述のソ連側の被害についても語られている。この辺り、なかなかうまく組み込んであるので、興味ある方は一度眼を通していただきたい。
別に私は日本の戦果を誇りたいのではない。「戦争は兵士達を大量死に送り込むことである」というシモーヌ・ヴェーユのテーゼを確認したまでである。いかにもっともらしい御託宣を並べようとも、現場においてはおぞましい「死」がそこを支配するものである。
一方、現代の為政者達は尖閣やオスプレイを巡り、恐ろしく軽い言葉を弄ぶ。連中は、このことをリアルに想像出来ているのだろうか。過去の歴史と二重写しに見えてしまうことは、如何ともしがたい。

自己嫌悪と人間不信が募るので、今日はもう寝る。

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ウケ狙いの顛末
天罰男が「尖閣国有化は人気稼ぎ」とのたまった。後先を考えず、人気稼ぎのために尖閣購入を決めたこの猿は、一体どの面下げてこんなことが言えるのだろう。
心配していたら、案の定、何やら東アジア情勢がキナ臭い雰囲気になってきた。煽りに煽って、一億総玉砕の覚悟でも決めさせるつもりか。この間の一連の流れを見ると、アメリカの協力もかなり微妙だ。。
かたや日本政府はオスプレイなんていう薄気味の悪いオモチャを購入して、カッコいいつもりになっているらしい。老い先短い自分達は散々世の中を滅茶苦茶に引っ掻き回して面白いのだろうが、後に残された世代はどうなる。
おそらくは死に逃げを狙っているのだ。よって、こいつらが死ぬのを待っていたらとんでもないことになる。倒れる前に積極的に打倒しよう。

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でんきくらげ
クラゲの大量発生で大飯原発の出力が下がったそうだ。
クラゲは現在では刺胞動物という門に分類されているらしい。耳慣れない名称だと思ったら、私達が中高生の時分に学んだ分類学とは異なった区分けがなされているようだ。
クラゲは漢字で書くと「水母」あるいは「海月」となる。昔の人もなかなか優雅なイメージを当て込んだもので、こうした詩心は失いたくないものである。わが国の政治家達にこうしたセンスが悉く欠けているのは見るも無残であり、「西東京市」や「さいたま市」といった市町村のネーミングのセンスひとつとっても、暗澹とした気持ちになるのだが。
それはさておき、ミズクラゲがふわふわ泳いでいるのを見ると、実にほのぼのした気持ちになる。さらにこの世にはフウセンクラゲやオビクラゲといった珍妙な物まで存在し、見る者を楽しませてくれる。とはいえ、カツオノエボシのような物騒な代物までが存在するので、用心されたい。伊達に「刺胞動物」の名を戴いているわけではない。コナン・ドイルの「シャーロック・ホームズの事件簿」では、確かサイアネスクラゲとかいう猛毒を持つクラゲが登場し、凄惨な事件の元凶となっていた。
さて、この度の大飯でのクラゲ騒動で、巷では「クラゲのデモがあったんだ」と話題になっている。ゆったりと泳ぎ続けるクラゲたちが、体を張って「原発反対」とデモっている様子を想像すると、何だか可笑しく、実に愉快だ。

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あなたには空気が必要なんですよ
今日は副業のバイトの筈だったのだが、途中からグダグダになり、友人と遅くまで駄弁くっていた。不毛な時間には違いないが、久方ぶりに幾らかリフレッシュできた気がする。この所、仕事面・生活面で息の詰まりそうな日々が続いており、自分が人として生きているという実感がなかったので、いい機会だった。
鹿児島知事選では再稼動容認派の現職知事が再選。まあ、想定の範囲内だろう。当面、厳しい闘いが予想されるが、今が試練の時だ。とはいえ、肩肘張らずにいけしゃあしゃあと反対を続けよう。

「創」でも紹介されていたが、映画「死刑弁護人」が公開されている。評判はなかなかいいようだ。


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平和に生きる権利
渋谷-原宿で脱原発デモ。再稼動後、初の抗議行動への参加となった。石神井公園でもイベントがあったらしいが、こちらは情報が拾えず。知っていれば顔を出したかったのだが。

盧溝橋事件から75年。1937年は「いくさ(戦)長引く」と覚えたものである。歴史学においては、事件の真相は実際のところ不明である。ネット上の百科事典などでは「真相」がまことしやかに述べられているが、信用するべきでない。
真犯人の分析は事件当初から行われており、支那駐屯軍謀略説、共産党説、藍衣社(国民党の諜報機関)説などが挙げられているが、いずれも決め手がない。逆に動機はといえば、それぞれに存在する筈だ。
さて、今朝も尖閣諸島を国有化するとの新聞記事が見られた。ウケ狙いに狂奔する為政者達は、後先も考えずに「功」を焦っているように見える。近いうちに必ず死亡するであろう天罰男などは本望だろうが、次の世代の担い手達はどれだけ多くのツケを払わされるのだろうか。75年前と同じ轍は踏みたくないと思った。

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王様は裸だ
首相官邸前の抗議行動。私は行かれなかったが、雨の中、万単位の人が集まり、大きな盛り上がりを見せたようだ。
但し、報道ステーションでは言及なし。テレビでの扱いは相変わらず蔑ろにされている。イヌHKで取り上げられたことが話題になっているが、ほんの数秒だったと言う。野田とかいう男に至っては、「声は届いております」だそうだ。ただ届いているというだけ。「皆様方の多くの(反対の)声を聞いた上で、原発を稼動いたします」そんなところだろう。
よって、この男の心に訴えかけようとしても無駄である。だが、抗議行動の持つ意義は重要である。官公署の集中する一帯において、万単位の人々が集まり、自らの意思を訴える。よくよく考えれば民主主義社会では当たり前のことである。だが、この日本においては永らくそうではなかった。この度、漸くこうした大衆行動を当然とする価値観が芽生えてきたと思う。霞ヶ関までの距離は遠くない。少なくとも心理的な距離は決して遠いものではない。国権の存在が、じつは私達の日常の間近にあるということがはっきりと暴露されたのだ。そして、王様は裸であるということも私達はよく知っている。この流れを逆行させないようにしたい。

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「人災」とは何か
事故調報告書の件。「人災」であることは事実だが、報道ぶりになにか違和感を感じないか。うがった見方をすれば、「本来安全であるはずの原発を行政の介入で台無しにされた」と言っているように見える。もっといえば、「自民党政権だったらこんなことにはならなかった」というネット右翼ばりの主張を後押しするものともいえる。
このあたり報道する側の姿勢によってだいぶニュアンスに違いがあるようだが、菅に責任をかぶせようとする言説が目立つのは事実だ。この人物についての評価は、「色々ダメな人だったのかもしれんが、居なきゃ困ったぞ、多分・・・」という、いましろたかしの漫画のセリフが最もしっくりくると思える。「鼻をつまんで支持する」でもよい。

そもそも、今回の報告書を巡って何よりも欠けているのは、「原発災害はその建設の時点で始まっていた」という視点である。原発そのものが既に災禍であるという論点である。強調するが、原発の存在こそ人災である。
実際の報告書の内容はともかく、多くの人は問題の本質を既に理解しているはずである。大切なことは、自分達の力で物事を考えることである。国会の調査機関に判断を「お任せ」しても仕方がない。
そして今、人々は既に歩みを始めている。

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滑稽なる反復
この所暑くなってきた。日中は事務所の中でもやたら暑く、仕事に集中できないのが困りものである。別に節電キャンペーンに乗っているわけではなく、単にエアコンがうまく機能していないだけなのだが。
スエトニウスの「ローマ皇帝伝」の上巻を探す。下巻は手元にあるのだが、上巻が見当たらない。そもそも家にあったのか?買わないままに放置されていたような気もする。長いことツン読にしておくと、こういうことになるので、注意されたい。
ちなみに上巻はカエサル、アウグストゥス、ティベリウス、下巻はカリグラやネロといった錚々たる面々が並ぶ。私はキワモノが好きなので、やはり上巻は所持していないのかもしれない。
脚色されている部分はあると思うが、古代ローマ時代にはかなり無茶な皇帝が存在していた。アントナン・アルトーがヘリオガバルス(エラガバルス)を題材に一編のテクストを纏めているのは周知の通りである。尤も、二千年後の人間が21世紀の歴史書をひもといてみれば、随分けったいな為政者ばかりに見えるのかもしれない。古代の愚行は現代の戯画というわけである。

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種々雑感
「サンデー毎日」にツイッターデモの記事が掲載されていた。記事によれば、報道が殆どなされないのは一連のデモのニュースバリューを見誤ったのが原因で、報道陣の間では反省の声が上がっているとのこと。だが、額面通りには受け取らない方がいい。「サンデー毎日」の心意気は有難いが、現在の大手マスメディアに志が残っているとは到底思えない。そんなことはないというのなら誠意を見せてくれ。勿論、扱いが大きかろうと小さかろうと、私達のやることは変わらないのではあるが。
中村うさぎXマツコ・デラックスの対談では橋下徹が槍玉に挙げられていた。そういえば、今日も(また!)ツイッターなどで話題になっているようだが、あんな男の何がいいんだろうね。

こんな話題ばかりしていると、イマジネーションが荒んでくる。そんなわけで、久方ぶりに菅谷規矩雄の詩集を眺めている。

120703

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寝呆けながらに思うこと
仕事がグダグダで少し鬱状態。
ニュースは相変わらず政局の話ばかり。「政局ばかりで政治が機能していない」というが、「政局ニュースばかりで報道が機能していない」のも事実だ。大飯での抗議行動も朝日などが申し訳程度に触れた程度。本当にやる気はあるのか。無いんだろうな。
一方で節電キャンペーンによって、原発の必要性が確定事項のように報じられている。そのうち再稼動のみならず、新しい原発の建設を、と来ると思う。少なくとも民主/自民の意向がそちらを向いていることは確かだ。彼らにとって抗議行動は、今の所は安全無害な存在として映じているのだろう。マスコミの操作ひとつでいくらでも御することの出来る存在と言うわけだ。
運動はまだ発展途上で、ただちに結論が出ると言うわけではない。昨日思いついて今日出来ることなどありはしない。話題のアノニマスについては、よく分からないことが多いが、一般論として国際連帯のパイプを作ることは大切である。まだやれることは色々ある筈だ。

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のわーる

Author:のわーる
首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
たまに衝動的におかしな絵を描いたりもする。
尚、この「のわーる」という名前は同名の素晴らしいアニメ作品とは直接関係は無く、サド侯爵の登場人物の名に由来するものである。



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