時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
永劫の罪びとたち
夕方まで雪。やれやれの一日。まあ、毎年雪が降るのは3月ごろだったりするので、ぼやいていても仕方がない。

大分前に予告した、さまよえるユダヤ人伝説の話。もっと早く記す予定だったが、延び延びになってしまった。
伝説の内容は、アハスエルスというユダヤ人が処刑場に向かうイエスを冷たくあしらったために、罰として永久に地上をさまようというもの。16世紀ごろから巷間語られるようになったこの伝説は、シューのみならず、さまざまな文学作品の題材となっている。
ところで南方熊楠によれば、これは仏典の賓頭盧(ビンズル)の話が元になっているという。仏陀の高弟である賓頭盧が、無断で法力を使ったために仏陀の怒りを買い、罰として永久に地上をさまようようになったというもの。実際、両者には共通点が多い。
これらの共通点が文化伝播によるものか、無意識の元型の共通性(人の考えることはどこでも同じということだ)によるものかは定かではない。尚、熊楠は文化伝播説をとっている。
神話などでは異なった地域の伝承が、似通っているケースが見られる。有名どころでは、オルフェウス神話がイザナギ・イザナミ神話と共通することなどが挙げられるだろう。オデュッセイア、アルゴー船、聖杯伝説などは、今日でも様々な物語の原型となっているのだ。
手塚治虫の「火の鳥」の猿田もこのバリエーションと考えていいかもしれない。「ブッダ」でも幾分参照した節がある。それにしても、こうした摩訶不思議な言い伝えが、大昔から洋の東西を問わず、人々の間であれやこれやと語られていたことは実に愉快ではないだろうか。
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番犬たちの饗宴
菅政権の原発事故への対応が批判されるのは当然ではあるが、報道される内容を見ると「ためにする批判」にしか聞こえない。批判というよりは、むしろ悪魔化だ。何かいかがわしい意図を感じるのは私だけだろうか。
それから恥民党の「改憲」案、どうあっても公権力の権限を拡大し、私達の権限を制限したいらしい。また、本来9条のガイストは、外交力を磨けということだろう。ただでさえロクでもない外交を行ってきた中で、そこを骨抜きにするという事は、外交力を磨く意思がないという事になる。ツケを払うのは誰になるのか。
それにしても、原発も復興もままならない中、こんなこと考えているなんてよっぽどヒマなんだな。

あさま山荘事件から40年。連赤のテーマは当ブログでも散々語ってきたので、今更繰り返すまでもないと思う。
ただ、この事件において、テレビと権力の関係が顕わになったことは指摘できるだろう。「佐々木守が言っていたように、テレビが権力そのものに化け、権力がニュース報道という隠れ蓑を着て、一見大衆的な総意を反映しているかのように装って、権力の意志を人々に押し付ける」(足立正生「映画/革命」)こうした図式が決定的になったのがこの事件だといっていい。
そして、この問題は今日においても何ら変わっていない。むしろ、震災・原発報道において、一層顕著になったといえる。また同時に、それが限界に達し、綻びを見せつつあることも事実だ。今が正念場だと思う。

映画/革命映画/革命
(2003/01)
足立 正生、平沢 剛 他

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アカルサハ、 ホロビノ姿デアラウカ
古本屋でエッカーマン「ゲーテとの対話」をセットで購入。また無計画に本を買い込んでしまった。いつ読むんだ。これ。
懸案のアレクサンドル・デュマ「王妃の首飾り」を読み始める。冒頭でいきなりデュ・バリー夫人やカリオストロ伯が登場。ルイ15世亡き後のデュ・バリー夫人は全盛期の時のような権勢には欠けるが、一公爵の愛人として、男爵連中の間に君臨している。錬金術師として有名なカリオストロは、ここでは齢3000年の不死の人として現れ、不吉な予言によって会合者を混乱に陥れる。
冒頭からミステリアスな展開により、読者を引き付ける才覚は実に見事だ。大デュマがあの首飾り事件をどう描いたか、興味深々である。

「さまよえるユダヤ人」について、補足。
フランス語教師の友人に問い合わせたところ、以下の事柄が判明した。
作中人物のメイユー(La Mayeux)という綽名は当時の風刺画のキャラクターの名から採られた、いわば時事ネタであるらしい。当時、ブルジョワジーを傴僂として描いた風刺画があり、その名前が「メイユー」だったという。そこで、同じ障害を持つ少女がそのキャラ名を綽名としてつけられた、という設定である。
小説の本文を読むと、妙に思わせぶりな点が目立っていたのだが、漸くその謎が氷解した。注釈も何もないのでまるで判らない。
尚、私も似たような理由からフィリップと綽名されたことがある。英語の教科書にP.ギャリコ作「スノーグース」(キャメルのファンはご存知と思う)の粗筋が掲載されていたのが元。思い出すと不愉快になるのでこれ以上は触れない。

ゲーテとの対話 上 (岩波文庫 赤 409-1)ゲーテとの対話 上 (岩波文庫 赤 409-1)
(1968/11/16)
エッカーマン

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昨日買ったヤツ。まるで話が進まない。終盤になるにつれ、どんどん話の進行が遅くなる。「アキレウスは亀に追いつけない」という、ゼノンの逆説を思い出す。
ガラスの仮面 48 (花とゆめCOMICS)ガラスの仮面 48 (花とゆめCOMICS)
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美内すずえ

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報ステは相変わらず橋下ヨイショ。ええ加減にせーよ。

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さまざまな場所から
「ガラスの仮面」48巻を購入。それにしてもこの作品、相変わらずストーリーが進まない。
東京かけっこ大会があったらしい。「今ではすっかり冬の風物詩となりました」、とのテレビ解説。反/脱原発デモが渋谷界隈の名物になっているようなものか。
大学時代、戸田マラソンの10kmコースに参加したことがある。結果は49分47秒だった。今ではヘルニアやら半月板損傷やらで、ちょっと無理があるが。

西東京で脱原発デモ。今回は田無界隈で催されたローカルデモである。駅前以外は人通りのあまりない場所を歩く。デモは人にアピールして何ぼのもので、人気のない場所で行っても仕方がない。農村を歩く三里塚デモはそれだけで機動隊の警備が只事ではないが、こちらは例外。尤も、最近はどうなっているかわからない。
そのことを認めたうえで、これらの地域デモの意義を考えてみる。
ひとつには、デモという文化を身近なものとして根付かせるということである。どんな場所で起こっても違和感がないものとして定着させるということ。日本のような社会ではこのことの意義は小さくない。
もうひとつ、今日の環境では、デモがあったという事実を簡単にアピールできる。ツイッターによる拡散がそうだし、このブログにしてもそのひとつだ。直接そこにいる人々に訴えるだけでなく、ネットなどのメディアを通じてのアピールが可能となる。いわば、デモの二次的な効果が認められるわけだ。
デモを取り巻く環境も時代、社会とともに変容しつつある。そこには新しい美点もあれば、困難も認められることだろう。だが、参加する当事者の立場としては、何はともあれジタバタしていくしかない。時代は変わっても、そのことだけは変わらない事柄のように思える。

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ブラック企業に天罰を!
まずは今一番アタマにくることから。
東京電力は原発補償のクレーム対応のために、派遣社員を募集している。散々滅茶苦茶をやっておいて、非難の矢面に立たせるのは低賃金の非正規社員。幹部連中は批判などどこ吹く風。究極のブラック企業だ。派遣労働者を自分達の身代わりにするな!

原宿でNONUKES ALLSTARデモ。
雨上がりで気温も低かったためか、動員はいまひとつ。それでもデモ自体は内容的にかなり盛り上がった。
今回はサウンドカーのすぐ後の隊列にいたため、ちょっとしたお祭り気分。RANKIN TAXIは杉並デモの時も近くの隊列にいた。相変わらずバイタリティーに溢れている。下品こそ人生の花だ。
コースはいつもと違い、原宿方面をメインに練り歩く。ただ、沿道に人が少ないような気がしたが、気のせいだろうか。

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デモ終了後、山本太郎の発言。大飯原発の件があったので、福井から駆けつけたとの事。この人も八面六臂の活躍をしている。

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あまりに寒いので程々にして帰宅。すぐ隣の会場で、日の丸集団が中国人観光客を盛んに侮蔑する発言を行っていた。間違っても一緒にはされたくない。

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ネタの総合商社
「週刊金曜日」2/24号を購入。表紙から窺われるように大々的に橋下の特集を組んでいる。この問題は本気になってかからないとそろそろヤバいと思っていた。おそらく編集部も同じ思いだったのだろう。
ただ、「弱者ではなく、強者予備軍が橋下を支持」というのは少し認識が甘いように思える。弱者も強者予備軍も、皆踊らされているというのが私の印象だ。テレビ局のマニピュレーションもひどい。報道ステーションも思想調査を取り上げていたが、完全に及び腰だ。「公務員も橋下も、どっちもどっち」との解説。中立でもなんでもない。テレ朝は文字通り橋下の腰巾着と化した。

ところで、橋下の憲法9条発言が話題になっている。瓦礫受け入れ拒否(エゴイズムと彼は主張)の原因は憲法9条にあると言いたいらしい。これについては以下の大西赤人の分析が要領を得ている。つまり、壊憲派のロジックとしては常套手段であるということだ。尚、私自身は憲法は1~8条を撤廃するべきだと思っているが、差し当たりは護憲でいくつもり。
「全ては憲法9条が原因だと思っています」橋下ツイートが詭弁だか論理の飛躍だか激しくネタにされているが、それはそれで少々疑問。憲法9条→戦争放棄→非武装→愛国心減退→郷土愛欠如→公共心喪失→個人主義→利己的というような定義は決して異端ではなかろう。だから橋下市長もポンと出せたのだ。 (大西赤人のツイッター記事より)

牙?が出ているのがミソ
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大いなる遺産
ウージェーヌ・シュー「さまよえるユダヤ人」下、漸く読了。ちんたらちんたら読み進んでいたため、時間がかかった。途中で少し飽きてきたためである。
150年前の遺言による遺産相続をめぐり、相続人たる子孫達がイエズス会の陰謀に巻き込まれるという話。抄訳という性格からか、ストーリーのバランスが悪い。インドの王子は後半ほとんど登場せず、工場長は全く印象に残らない。ごろ寝の大将は結局何だかよく判らない登場人物。囚われの身となったアドリエンヌや、双子の姉妹のその後も曖昧なままである。題名の「さまよえるユダヤ人」の役割も、いささか物足りない。とはいえ、娯楽小説として充分面白く読める。
19世紀は近代的な意味での「小説」というジャンルが漸く成立したばかりなので、今日的な尺度で測るのは少々無理があるだろう。むしろシューのあたりがその草分けとなったといってもいい。よって、その欠陥をあげつらっても意味がない。むしろ娯楽小説というジャンルにおいて、七月王政期の19世紀社会を立体的に描こうとした点を評価したほうがいいように思える。事実、ここに描かれる社会階層は極めて多岐に亘り、貴族、イエズス会、軍人、労働者、職工達が、八犬伝さながらの運命の交錯を見せる。メイユーことマドレーヌ・ソリヴォ嬢がユニークな活躍をするのも楽しい。
ナント勅令の廃止が作中で言及されていることは前に述べた。宗教改革以後の内ゲバが、19世紀を舞台にした作品においてもロマンの題材となっていることは興味深い。

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フツーの仕事がない!
ワタミの問題は今更コメントするまでもないと思う。まさに「蟹工船」であり、流石に今後、あのチェーン店は利用する気がしない。もっとも、あの種の店はどこも五十歩百歩だろう。若き日のマルクスの、「疎外された労働」という言葉を思い出す。
従業員は常に失業の不安にさらされ、雇用者はますますそこにつけ込んでくる。こんな中では、ボイコットもありだろう。今の構造では、消費者がこのまま利用を続ければ、それだけ労働者が追い込まれていく。この種の産業は消費者が求める以上のサービス(労働者の犠牲)を次々に提供する。常に消費者の先手を打つ。それが企業の論理というものだ。
為政者達は「今の経済なら増税は可能」とのたまう。他方では、「貯蓄ない世帯 過去最高28.6%」の記事が踊る。行政が一般市民の抱くリアリズムから、いかにかけ離れているかを如実に示している。この社会はブラック企業化しつつあるのだ。「あの男」がワタミの社長にアドバイザーを打診したことはひとまず措くとしても、である。
「世の中甘くない」「お前の敵はお前だ」的なセリフは支配者たちが他人を従わせるための常套句だ。常に強者の側につくマスメディアは、弱者の味方のふりをしながら、今日も服従と自己懲罰のイデオロギーを振りまき続ける。
このまま踊らされ続ければ、社会はますますブラック企業化する。為政者や企業家たちの幸福は、私たちの抹殺の上に築かれている。嘗てニザンは言った。「もはや憎むことを恐れてはならない」と。踏み潰されることに同意なんかするものか。

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埋もれゆく歴史の一幕
書き記すのを忘れていたが、旬報社刊「フツーの仕事がしたい」はライブラリー版が別途製作される予定らしいので、もう暫く待つ必要があるようだ。

ジャン・カヴァリエ「フランス・プロテスタントの反乱」を購入。1598年、アンリ四世のナントの勅令でユグノー戦争は終結を見たが、実はこの勅令は1685年に廃止されている。このことは世界史の教科書にもあまり載っていない。私もシューの「さまよえるユダヤ人」で軽く言及されているのに接し、初めて知ったくらいだ。
太陽王ルイ14世は、新教の徹底的な弾圧に転じ、以降、革命前夜にいたるまで新教徒は基本的人権を剥奪されることとなる。この本は、そんな時代における叛乱の記録であるという。
別に新教にシンパシーはない。原理主義に至っては糞食らえと思っている。だが、権力の抑圧的な性格はいつの時代も変わらない。宗教問題とは別に、現代の課題に繋がるものがないか、じっくり読み込んでみたい。

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アウトサイド・オブ・ソサエティ
ジャクソン・ポロック展、もう開催されているんだな。観にいくかどうかはちょっと微妙。満員で人の頭しか見えないようだったらちょっと気が進まない。ダリ展の時はひどかった。とはいえ、ポロックのまとまった展覧はまだ観た事がないので、ちょっと興味はある。ちなみに会場は東京国立近代美術館。北の丸公園にあるらしいが、行った事がない。
橋下なんかはどう思っているのだろう。あ、収益が見込めるならば認めるのか。ゼニになるかどうかが奴の判断基準。でも、仮に収益が見込めたとしても、ベルメール、ゾンネンシュターン、佐伯俊男などは絶対に認めないだろうな。デルヴォーは微妙だが。
「過剰は美である」とウィリアム・ブレイクは述べたものだが、「過激なものを取り締まれ」というのがあの手の権力者の共通理念だ。和解の余地がない。ぞっとさせるものこそ芸術だ。「芸術は嫌ったらしくなければならない」という、岡本太郎の言葉を思い出してもいい。純正芸術糞食らえ。頽廃芸術で何が悪い。健全な芸術なんてあるものか。

公式HP
http://pollock100.com/

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死刑判決報道の耐えられない軽さ
午前中、所用で八重洲まで出向く。経産省前の動向が気になるが、3時間以上この界隈で油を売るわけにも行かず、心の中で応援しつつその場を去る。

光市事件の死刑判決報道の醜悪さに吐き気を覚える。ウケ狙いの実名報道など、あまりにも浅ましい。この件については別の場所で発表したいと思うので詳細は省く。ただ、死刑制度の是非については措くとしても、昨今、死刑に対する認識が「必要悪」から「必要善」へとシフトしてしまっているのではないか。「がきデカ」じゃあるまいし、あまりにも軽すぎる。
作品の中で、あまたの殺人を繰り返し描き続けたサド侯爵は、死刑反対論者だった。今、この関係が逆転しつつある。「殺人は書/描くな、死刑判決は容赦なく下せ」何かおかしくないか。

大島渚「絞死刑」予告編(予告編作成は足立正生)


「ヘヴンズ・ストーリー」(監督:瀬々敬久)光市の事件がモデル。

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取り敢えず、街に出よう。
杉並で脱原発デモ。到着すると、集合場所の公園はすでに多くの人だかり。人数的にかなりの盛り上がりとなった。保坂展人氏が目の前にいたので何か話しかけようかと思ったのだが、特に言うべき内容も見つからず。ちょっと心残り。
山本夜羽音氏に挨拶したところ、横断幕に何か書いていってくれとの事。僭越ながら、軽く落書きをする。
デモは高円寺界隈を練り歩き、阿佐ヶ谷まで向かう。結構な距離を歩いたが、皆、元気よく声を張り上げていた。主催者発表では4000人だったろうか。さすがに疲れた。少なからず自己嫌悪もある。
終了後はすぐ帰宅。気持ちを日常に切り替えて、色々やることがある。

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橋下の文楽発言。普通、自分が知らないもの、わからないものがあれば、まず理解しようと努めるのが当たり前だと思う。彼に限らず、「自分が判らないのは、それが下らないからだ、作ってる奴がバカだからだ」と決め付けて納得する人をちらほら見かけるが、一体何なのだろう。例え僅かでも、自分の至らなさを認めたくないということだろうか。
恥ずべきことは、何かを知らないことではない。「知らない自分が偉い」と思い込むことだ。

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権力の醜学
「新・仁義なき戦い 組長の首」(監督:脚本:佐治乾 田中陽造 高田宏治)のレビューを記す。
主人公(菅原文太)は流れ者のチンピラ。組同士の抗争に参加して殺人を犯し、出所したところ、跡目争いに巻き込まれる。主人公たちは権謀に長けた二代目候補(成田三樹夫)と熾烈な戦いを繰り広げる、というストーリー。
だが、自身を「野良犬」と嘯く主人公と、悪辣な二代目とはどう違うのだろうか、観終わった後、私には同じに見えて仕方がない。弟分の犠牲の結果(三下達の描き方は実に見事だ)、ラストで幹部となった主人公のスチールが次々と画面に現れたとき、やり切れない思いがした。あるいは、終幕の混沌とした襲撃シーンで、権力の亡霊が主人公に引継がれたと考えてもいいのかもしれない。
一口に言えば、狭い世界の権力争いであり、いわば内々ゲバだ。問題はその扱いだろう。権力抗争に勝ち残った、成り上がり者の「痛快」な勝利の記録と考えると、実に卑小なものになる。映画がここをどのように評価しているかは見る人の判断に委ねたい。
この主人公の姿をひとつのアイロニーとして見るならば、不気味な現代の寓話として考えることができる。自民党と民主党の争いを思い出してもいい。鳴り物入りで行われた政権交代の志も廃れ、結局はどちらの党も同じ穴の狢でしかないことが露呈した。勝ち誇り、権力の座に居座る者の姿はいつも空疎である。

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こんな社会はイヤだ
「新・仁義なき戦い 組長の首」を観る。正直、今ひとつ物足りず、納得いかないと思えた。だが、色々反芻しているうちに漸く取っ掛かりができたので、後日レビューする予定。

「週刊金曜日」を購入。特集は「暴走する警察」。他、連合赤軍を巡る金廣志、植垣康博、鈴木邦男(司会)の対談がなかなかいい。
この対談でも、左翼がオルグ(組織する)目的で反原発運動に介入することへの批判がなされている。早い話、私がこの間批判してきた連中などのことである。思うに、活動家が謙虚さを失ったら終わりだろう。
ただ、この対談者達自身にも、幾つかオールド左翼的な臆断や偏見が存在する。
まず、「本当の革命左翼は科学を前提にしている」というのは金の狭い思い込みに過ぎない。戦旗派は廣松渉の影響で科学主義批判に向かったし、そもそも「社会主義=科学」というのはスターリン主義の公式だろう。一応事実関係の疑問として指摘しておく。
第二に、「科学技術を含め、原発の未来を語れ」という(上から目線の!)言い方には疑問が残る。いわば対案主義の典型だが、そもそも誰もが原子力の専門家だったり、経済の専門家である必要はない筈だ。一人一人が未来の国家体制の具体的な見取り図を描く必要はない。
だが、オルタナティブを提起することは可能である。論理的、分析的な思考を積み重ねた上で、こんな社会には住みたくない、変えて行きたいという意思を切実な問題として示すこと。現在の反原発運動に問われているのはその点だろう。そして、そこに集まる多くの人々は、既に誠実に思考を行っている筈だ。

それにしても、まだオリンピックを招致しようというのだろうか。「ただちに」旋風を世界に向けて発信しようとしているらしい。恥ずかしくないか。何でも「復興」と強弁すればいい気になっているな。結局、一部の人間が潤うだけじゃないか。また血税がドブに捨てられる。

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白き交響曲(サムフォニィ)、そは神々の園にして…
「フツーの仕事がしたい!」は出版社の都合で図書館には置かせて貰えないそうだ。残念。いい作品なので、私と同じような低所得者層にこそ観てもらいたかったのだが。本来観られ、読まれるべき人の手に届きにくいというのは、何か間違ってないか。

「ブラタモリ」で江戸の運河を特集している。そういえば埴谷雄高の「死霊」では、印象的な大運河が登場する。第三章では運河に架かった橋が霧の中に包まれていく様子が描かれ、第六章では転覆したボートが上げ潮に乗って、同じ運河を遡上していく。埴谷も若い頃あの界隈をよく歩いたはずで、運河の描写にはその記憶が大いに投影されていると思われる。「橋は美しい…」と、登場人物の黒川健吉は呟き、運河から眺めた橋の美しさを詳細に語る。この小説は後半やたら思弁に傾き、詩的な要素が減っていくのだが、本来はこうした素晴しいイメージに溢れた作品であることは明記しておきたい。

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秩序の殻を突き破れ
若松孝二監督作「海燕ホテル・ブルー」前売り券を購入。1000円とお買い得だ。「キャタピラー」のときと同様、明らかに若松の意志が働いている。ケチだケチだと散々言われている若松監督だが、どうしたのだろう。尤もこの人は、いざというときには太っ腹なところを見せている。パレスチナ支援はその典型だろう。
それにしても日本映画、もっと底力を見せろ。2199だかなんだか知らないが、ヤマトのリメイク映画なんか作ってる場合じゃないぞ。

「さまよえるユダヤ人」上巻を読了。こうした波瀾万丈の物語作りは今日でも充分通用すると思う。開明的な自由主義者の女性が謀略によって精神病院にぶち込まれる場面は、高橋和巳の「邪宗門」を思い出した(尤もこちらの読書は途中で挫折したが)。
そういえば表現規制問題でも、「反対派は認知障害」だの何だのとレッテルを貼った奴がいた。「病」という概念が、社会的にどのように活用され、利用されてきたのか色々考えさせられる。

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滅茶苦茶は映画だけにしてくれ
「海燕ホテル・ブルー」(監督:若松孝二 脚本:黒沢久子、若松孝二)、試写会の評判は上々のようだ。監督曰く「ヘンテコな映画」、観客からも「シュールな映画」「滅茶苦茶な映画」との評が挙がっている。これは褒め言葉と受け取るべきだろう。この評価からすると、原作を大幅にアレンジした筈だ。期待してもいいかもしれない。一般公開は3月からだ。

橋下の傍若無人ぶりに歯止めがかからない。全能感に酔い痴れているのだろうか。まさに日本のリーダー気分。今のうちに何とかしないと、本当にまずいぞ。
「大阪市の橋下徹市長が業務命令として職員に要請し、非回答なら処分も検討するとしている政治活動への関与を尋ねるアンケートについて、大阪弁護士会は14日、中止を求める声明を発表した。これに対し、弁護士として自身も同会に所属する橋下市長は同日、報道陣に対し「弁護士会の言うことほど日本で一番あてにならないことはない」と痛烈に批判した。」(MSN産経ニュース)

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「改革」の顔をしたテロル
二号機の温度上昇。故障しているのはどっちの温度計だろう。温度が上がっている方か、それとも常温を示している方か。つい疑心暗鬼になってしまう。映画「チャイナ・シンドローム」では、計器の故障で異常に気付くのが遅れ、あわや大惨事になる場面が描かれていたのだが。

「選挙」「精神」の想田和弘監督が、橋下市長に対する激しい怒りをぶちまけている。例の大阪市職員に対するアンケートの件だ。想田による批判は委曲を尽くしていて、付け加えるところが殆ど無い。彼が指摘するように、橋下が行おうとするのは只の恐怖政治だ。「対案を示せ」といわれても、「必要もないのに下らん事をして事態を悪化させるな」としか言いようがない。しかも、こうした正論は「対案」とは認められないらしいのだ。
想田は次のように言う。「このようにメディアの批判力を欠いたまま、維新の会は虎視眈々と国政を狙っている。情けないことに、全国メディアで発信力の強い人々にも橋下徹を賞賛する人は多く、危険性を指摘する声は少ない。中央の政治家にも擦り寄る者が多い。このままでは、橋下の恐怖政治は全国に火の手を広げる可能性が高い」
国民総背番号制による、オーウェル型の統治機構の完成が迫っている昨今、決して対岸の火事ではない。

ところで、明日ECPAT院内集会があるのだが、また暴走しようとしている連中がいるらしい。一体誰が得をするのか判っているのだろうか。自己満足の小児病的行動は利敵行為である。

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疾風怒濤
昨日バタバタと動き回っていた反動と言うわけではないが、家の中で漠然と過ごす。ポータブルDVDデッキの調子が悪い。いや、借りてきたディスクが傷だらけなのが原因か?
それはそうと福一の二号機の温度が上昇中。東電は温度計の故障としているが、本当なのか。

昨日の紀元節粉砕共同行動・・・ではなくて、反原発デモの報告。
集会場は代々木公園。向かう途中、社民党の福島みずほが情宣をしていた。早めに会場に到着すると、革マルもいる。寒さが身に沁みる頃、集会開始。被災者たちの発言が心に残る。そもそも絆を破壊したのは、一体誰なのか、福島を「死の街」にしたのは一体誰なのか。
大江健三郎は、原子力からの撤退は倫理的な問題であるとの趣旨を述べていた。彼の教育者ぶった身振りは好きではないが、大江にしては割と素直な発言であると思えた。
山本太郎は相変わらず溌剌としている。ドイツでも反原発デモが催されている、事故の当事国に住む私たちも負けてはいられないと元気よくアジっていた。

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藤波心は「原発は繁栄の象徴ではなく、時限爆弾だ」と指摘。ここでも「故郷」を歌っていた。
私自身はウサギを追ったことも小鮒を釣ったこともないし、幼少時より都内の各地を転々としていたので故郷意識は全くない(出世もしていない)。よって、取り立てて非難するつもりはないが、この歌に何の共感も沸かないので、自ら歌おうとは思わない。尚、「拉致被害者を救う会」では集会の最後に必ずこの歌を歌うそうだ。嘗ては三里塚闘争で歌われた事もあったのだが。
デモは原宿経由で明治公園まで向かうコース。昨日も述べたように、慣れてきたせいか体感距離がずいぶん短い。それにしても、途中から人通りがやたら少なくなるので、もう少しコースを考えた方がいいのではないだろうか。デモは人のいるところで行ってこそ、なんぼのものだろう。

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デモ終了後、少し時間を潰してから新宿の「怒りのドラムデモ」に参加。私と同様、昼間のデモと梯子をした人も多いようだ。集合場所の柏木公園周辺では住居地との関係だか何だかで、大きな音は出せないとのこと。だが、大通りに出てから突然大音量が鳴り響いたのでインパクトは凄かった。
警官の態度がやたら高圧的だ。西口付近で隊列が分断される場面もあったが、すぐに合流。9.11の時のように逮捕を前提とした警備ではないようだが、それでも威圧的な空気は強い。警官がゴチャゴチャ言うたびに楽器を思い切り鳴らす。

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流石に新宿は人が多い。新宿通り周辺では群集の注目の的となる。東口から靖国通り方面に向かい、ゴールデン街に通じる道に入っていった所で終着点となる。酒場でクダを巻いている文化人にも聞かせてやれ。しかし、雰囲気的に違和感が全くないな。

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テーマ:日々のつれづれ - ジャンル:日記

反/脱原発は文明的な選択である。
さようなら原発1000万人アクション、新宿ドラムデモと、二つのデモを梯子する。
前者は代々木公園から明治公園まで歩いたのだが、こんなに短い距離だっただろうか。多少コースが違うとはいえ、9月にデモした時はもっと延々と長かったと思うが。あるいはデモ慣れして距離の感覚が変わったとか?
集会の様子等、詳細は後日に譲るが、福島の人たちの発言をはじめ、山本太郎、藤波心の発言が印象深い。大江健三郎の発言も、場慣れしてきたせいか、割合よかったと思う。アルジャジーラが取材に来ていたが、リビア・シリア情勢以降、変質したと言われているので、ここはしっかり報道して欲しいところだ。

天罰知事が原発の住民投票条例について、「条例を作れるわけがないし、作るつもりもない」との発言。「失敗や事故を克服した上に今日の文明がある」だそうだ。おい、文明的たらんとすれば、原発やめるのが筋だろう。

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19世紀の新聞小説
大デュマ「王妃の首飾り」漸く見つけ出す。シューの「さまよえるユダヤ人」を読み終わってからにしようと思うので、まだ先の話になりそうだ。
シューの小説の方は七月王政初期のフランスが舞台。この手の娯楽小説の系譜は、シューから大デュマ、モーリス・ルブランにまで辿る事ができると思う。よく雰囲気が似ているのだ。華やかな表舞台の背後には、奥行きの深い下層社会の姿があり、様々な陰謀、権謀術数が渦巻いている。そしてそこには社会全体を揺るがすような大いなる謎が秘められている等々。興味深いのは、これら波瀾万丈の筋立ての背後に、様々な社会階層の姿が活写されていることである。シューの代表作が「パリの秘密」(未読)と題されているのは偶然ではないだろう。
バルザックやゾラの試みと平行して、これら大衆小説群が19世紀(~20世紀初頭)社会史の一断面を描いてきたことは、もっと記憶されてよい事柄である。

明日は忙しくなりそうなので、今日はこの辺で切り上げよう。そういえば、昨日の「海燕」の試写会でも都民投票の署名を受け付けていたらしい。若松監督が受任者の一人なので。

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劇的なものを期待する
「海燕ホテル・ブルー」(監督:若松孝二 原作:船戸与一)試写会の日だったが、すっかり忘れていた。先月前売りをチェックしたら、まだ購入できず。気付いたら終わっていたと言う情けない展開。まあ、原作が残念な出来だっただけに、執着もなかったのだが。尚、「実録・連赤」と同様、ジム・オルークが音楽を担当している。

そういえば、船戸の新作はストップしたままだ。「満州国演義」の続編が気になる。第五巻で通州事件、第二次上海事変を経て、南京大虐殺に至る過程は圧巻だった。しかし、続編が出る際にはあの六冊をまた読み直さなくてはならないな。それはそれで有意義ではあるが。
一時期だいぶのめり込んだせいか、船戸作品には少し食傷気味の感がある。だが、ダイナミックな構成を持った物語作りの魅力は率直に認めたいし、もっと評価されていいと思う。
ところで最近思うのだが、ドラマ作りというものは後味を悪くすればいいというものではない。「後味の悪いストーリー=深みのある話」と勘違いしている作品、多くないか。

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「再稼動」とは「災禍道」のことでしょう
大飯原発再稼動の件。昼間、時間が取れたので経産省別館に様子を見に行く。既に大勢の人が集まっていた。「傍聴させろ」コールが鳴り響く。

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「事前に余裕を持って傍聴の申請を出してもナシのつぶて。今日出向いていったら、「名簿にない」と門前払いされた」という人が複数にのぼったという。では、その「名簿」はどうなっているかというと、電力会社の関係者がズラリとのこと。人間がここまで悪くなれるのかという典型。政治・経済にまつわる悪徳には底がないらしい。こと原発関連はそんな話ばっかりだ。
集会終了後もシュプレヒコールは続いていた。夕方の集会まで続いていたのだろう。

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「ぼくの我意の頂点は、自分で自分を殺す事だ」(ドストエフスキー「悪霊」)
しょうもないゴタゴタで鬱状態。思い出すとイラつくので、詳述はしない。

自殺対策GKB47・・・ナメてるのかというしかないネーミングだったが、撤回するらしい。そもそも、これを正式なネーミングとして採用しようと言う時点で、頭の程度が知れようというものだ。まあ、増税、TPP、原発再稼動、その他諸個人の権利に対する諸々の規制を進めようとしている時点で、自殺者対策が画餅に帰していることはいうまでもない。結局は数字をいじくって3万人(!)に押さえ込むつもりだろうが。
ひょっとして、これを口実に表現などの規制を進めるつもりか。この手の議論はゲーテの「ウェルテル」騒動から既にあるが、本末転倒もいい所。原因を探るのではなく、行為を禁じたり、考えるな、考えさせるな、と強要したりするのが「対策」だと信じている、そんな連中が多過ぎる。いってみれば、文化系の論理が蔑ろにされ、体育会系的な論理ばかりが罷り通ってしまっているわけだ。そもそもバカな為政者や道徳警察が居座り続けている時点で、死にたくもなるよなぁ。
埴谷雄高は「人間が真の自由意志で行えることはこの世に二つある。それは自殺と子供を生まぬ事である」としていたものだが・・・

尚、大飯原発再稼動の件で、明日経産省で抗議行動がある模様。

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記憶の持続
原子炉内温度上昇。淡々と報道しているが、いいのか?巷では「原子炉が風邪引いた」との与太話が飛んでいるが・・・

気付かなかったが、「創」の発売日だ。雑誌のコーナーはチェックしていなかった。HPを見ると、「連合赤軍事件40周年」の文字が目に付く。そういえば銃撃戦は72年の2月である。
永田洋子も既に故人となり、事件の更なる検証が急がれている。そのうち「情況」あたりでも特集を組むだろう。「実録・連合赤軍」公開時は、やたら熱の入った分厚い特集を組んでいた程だ。あれはなかなかよかったと思う。
必要な事は、事件を今日の私たち自身の記憶として位置づけることだ。「あいつらはバカだった。我々は利口だから大丈夫だ」などとのたまう連中こそ最も信用ならないことはいうまでも無い。この手の意識はゴリゴリの活動家にこそ、しばしば見出されるからである。決して過去の問題ではないのだ。
あの事件は、いわば正義への純粋な情熱の内部に宿る、人間性の底知れぬ暗部である。

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彷徨える魂
昨日本探しで無理したため、ひどい腰痛に苛まれる。痛み止めを飲んで一日中横になり、安静にする。
デュマの小説は取り敢えず措くこととし、ウージェーヌ・シュー「さまよえるユダヤ人」(小林龍雄訳)を読み始める。この小説も復刊時に購入しておいたのだが、長らく放置されたままとなっていた。
ちなみに、さまよえるユダヤ人伝説には南方熊楠の論考がある。詳細は別の機会に譲るが、その骨子は「この伝説の源泉は仏典にあり、そこから世界中に伝播したのではないか」というものだ。世界各地の伝説の共通性が文化伝播によるものか、無意識の元型の共通性によるものか、議論が分かれるところだろう。だが、なにやら愉快な気分になるのは事実である。

タマコロガシで騒ぐ声が聞こえるが、気にしない、気にしない。

20120205

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何処にありや
アレクサンドル・デュマ(父)の作品世界が懐かしくなり、長らく放置されていた「王妃の首飾り」を読もうとするが、本が見つからない。どこに紛れ込んだのやら。登場人物紹介の頁にジャンヌ・ヴァロワの名があったと言えば、「ベルばら」を読んだ/観た人にはピンとくるだろう。ブルボン王朝末期の、例の首飾り事件である。
とりあえず今日は捜索を断念。デュマの小説では「ブラジュロンヌ子爵」が未読のままになっているが、王侯貴族の恋愛模様など興味ないので後回しにする。ダルタニャンシリーズは、第二部(フロンドの乱、ピューリタン革命が舞台)までは楽しく読んだ記憶があるが。
文学的な評価は低いが、「黒いチューリップ」にしろ、「モンテ・クリスト」にしろ、馬鹿にできたものではない。ドラマ作りの基本について、色々考えさせられることが多いと思う。

ちなみに「ベルばら」には実写版映画というおぞましいものが存在する。原作ファン、アニメファン、宝塚ファン、それ以外の客の全てから叩かれた代物。監督は「シェルブールの雨傘」のジャック・ドゥミ、しかも音楽はミシェル・ルグラン。映画に不案内な人にジャック・ドゥミの作品を勧めると、「ベルばら」を真っ先に観てしまう可能性が高いので注意されたい。あなたのセンスが疑われてしまう。

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鬼は外、東電は解体。で、福はどこだ。
バカみたいに寒い日が続く。
「週刊金曜日」を購入する。青木理の暴対法関連の記事「”無菌社会”は極めて弱い」は、先日このブログで記した内容と同じ。尚、今朝の朝日新聞では一部留保はあるものの、暴対法改正大賛成の論調。
北原みのりの「メディア仕分け人」を読み、今週号を買って失敗だったと後悔した。園子温の「恋の罪」が駄作かどうか知らないが、運動関係者が文化を論ずるとロクなものにならない好例。「エルム街の悪夢」と「犬神家の一族」を混ぜたような映画だと。ならば傑作じゃないか。そりゃあ是非とも観てみたいわな。
政治運動の論理を作品論に持ち込めば、文化に通暁したことになると勘違いしている輩が多すぎる。優れているかどうかではなく、マルであるかバツであるかしか語れない公式主義者だ。

先日のツイッターデモの記録動画。


尚、今日の東京都主催の「有事訓練」には参加しなかった。冗談じゃねえや。

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メフィストフェレスの夜
ちくま文庫の森鷗外訳「ファウスト」を購入。既に新潮文庫の高橋義孝訳で読んでいるのだが、第二部は後半を殆どすっ飛ばしていた。ヘレネーを巡るすったもんだから、中々読み進めなくなったためである。ちくま文庫版は第一部、第二部と一冊に纏まっているのがいい。気分も変わった所で、きちんと読んでみよう。
埴谷雄高が指摘するように、メフィストフェレスは躍動的、能動的で、豊富な世界を内包し、また極めて人間的な存在である。そして、まさに人間的であるがゆえに、ある種の「魔」を体現していると思える。そこにあるのは、白昼の論理に対抗する夜の意識である。それは豊穣にして創造的な、精神の「場」でもある。

尚、手塚治虫のファウスト作品「百物語」には女性版メフィストフェレスが登場する。こちらはメフィストフェレスとファウストが相思相愛になってしまうというすごい話。一読をお勧めしたい。

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テント村襲撃の件で、在特会が証拠画像を公開していた。見れば見るほど醒めてくる映像。住人たちに危害を加えるつもりなら断固阻止するつもりだが、もはや怒りすら湧いてこない。ただひたすら情けなく思うだけだ。

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騒げ、騒ぎ続けよ
暴排条例に対し、ジャーナリスト、表現者たちから反対声明が出された。些か遅きに失した観があるが、とにかく騒ぎ続けるしかない。
声明文 http://www.bouhai-hantai.com/

青少年条例にしてもそうだが、権力側の浅ましい意図が「無菌社会を作るのはよいことだ」という俗情と結託し、基本的な社会原理を脅かしている。むしろ、こうした社会原理を擁護することが悪であるかのようにさえ吹聴される。これは表現の自由の問題一つとってもお分かりと思う。近年、どれだけ「良識派」によってこの基本原理が憎悪の対象となり、抹殺されようとしてきたことか。貞淑を守って慎ましく生きるボヴァリー夫人とか、親の言いつけを守って立身出世するカラマーゾフの兄弟の話など誰も読みたくない。
暴排条例にしても、創作表現物への壊滅的な影響は計り知れない。「我々の検閲は正義の検閲であって、ファシストの行う検閲とは違うのだ」などとホザくバカは論外である。思い上がりもいい加減にしろ。「よい抑圧体制」など存在しない。
「権力者が国民のあいだに線引きをおこない、特定の人びとを社会から排除しようとする」というのも児ポ法改悪のときと同じ構図である。この「自分と違う人間は排除して構わない」というメンタリティは自称・反差別の左翼共にも見受けられる。結局は差別の線引きが異なるだけの話である。
だが、必要な事はこの排除の構造そのものと闘うことだ。とにかく、騒ぎ続ける事が重要だ。そうする事を通じて、暴対法の改悪さえ企画されている嘗めきった現状に対し、ひたすら抗っていくしかない。これは児ポ法、青少年条例についてもまた同じである。

付記:私はヤクザが嫌いである。堅気の人間(それも貧困層)達に寄生してきたヤクザ絡みの人間が、各界でセレブだの、名士ヅラをしているのを見ると虫酸が走る。私の趣旨は、「政治的美名の下に基本的社会原理を葬ってはならない」というものである。誤解なきようお断りしておく。

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プロフィール

のわーる

Author:のわーる
首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
たまに衝動的におかしな絵を描いたりもする。
尚、この「のわーる」という名前は同名の素晴らしいアニメ作品とは直接関係は無く、サド侯爵の登場人物の名に由来するものである。



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