時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
迷宮としての映画
「図書新聞」で、足立正生が鈴木清順に関するインタビューを受けている。勿論、話題の「ツィゴイネルワイゼン」「陽炎座」「夢二」三部作についてである。「夢二」はまだ観ていなかったなぁ。「殺しの烙印」にしてもそうだが、あの辺りの迷宮的な世界は実に心地よい。
それはそうと、足立監督、あなた自分の映画を早く撮りなさい。金がない?そんなの若松の大将をだまくらかして・・・いや何でもない。

IAEA調査団は「ストレステストは妥当」とのタワ言。一方で保安院「現場は収束に向けて動いている(つまり収束済みではない)」(田中龍作ジャーナルより)。まさに魑魅魍魎の世界だと思い知らされる。

20120131


↓ツイッターデモで配られたティッシュ。中々イカス。
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小馬鹿にして済む問題ではない。
「愚民社会」読了。この本の評価がどうとか言うより、もうこの種の社会論の言説に魅力を感じなくなってきた。あくまでも個人的な心情として、である。それでも必要に応じて目を通すのではあるが。
先日も記したが、大塚英志の側に共感する部分が多い。特に第三部の憲法談義において、それが顕著である。

愚民社会愚民社会
(2011/12/14)
大塚英志、宮台真司 他

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経産省前テント村に在特会とかいう狂った連中が押しかけたらしい。この狂気の集団に対してはコメントするのもバカバカしいのだが、もしテントの住人に危害を加えたら、どんなに温厚な人士でも流石にキレるぞ。
バカ左翼にも言えることだが、何でこんなのが台頭してきたのだろう。「規制がないからだ」などというのは阿呆の議論。そもそも本末転倒であるし、これでは「悪と戦うカッコいいボクたち」という、在特会と変わらないメンタリティーを満たすだけのものにしかならない。
何が在特会的なものを生み出したのか、なぜこういったものが一部の人の拠り所になるのか。
先日、保険証詐欺で一人逮捕された事件があったが、暗澹たる気持ちになった。小馬鹿にして喜べる問題ではない筈だ。何が在特会を生み出したのか、ここにもヒントがないか。

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廃炉の後に、春は来る
宮下公園でツイッターデモ。今年に入って初めてだが、かなり多くの人が集まった。コースはいつも通り。繁華街を一巡りした後、表参道まで上っていって、戻ってくるというもの。
それにしても寒い。このところ指先がやたら冷える症状に悩まされているため、手袋をしていても非常に辛い。風もかなり強く、表参道付近でプラカードが一枚飛ばされ、焦った。
それでも何とか根性でデモを貫徹。これだけクソ寒い中、みんなよく頑張ったものだと思う。

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20120128

帰宅後、放ったらかしにしておいた大塚英志・宮台真司「愚民社会」を少し読む。例によって、返却期限が近づいているためである(ぐうたらにも程がある!)。どちらかと言うと宮台より大塚の発言の方が納得できる部分が多い。昔は逆だったのだが。この立場の逆転については、本人たちも自覚しているようだ。

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私たちのサクリファイス
権利や利益を得るためには、何らかの代償が必要であるという考え方が一般に流布している。昨今の消費税論議などその典型だろう。税制問題はひとまず措くとして、「鋼の錬金術師」以来「等価交換」という概念が人口に膾炙するようになったが、何かしっくり来ないものを感じる。そもそも、この概念自体が胡散臭い。
例えば「魔法少女まどか☆マギカ」における「契約」は、公序良俗違反(身体の致命的な毀損)、重要事項の不告知等、公正な契約としての条件を満たしていないのだが、一応は等価の体裁をとっている。だが、この契約は互恵的ではない。寧ろ、おためごかしの一方的な詐取に近い。つまり、「等価」ということと、「互恵性」は同義ではないということである。
マルクスは「資本論」において、労使間の契約(労働力商品の売買)は等価交換の形をとるが、資本の循行を通じ、実際はやらずぶったくりに等しいものになることを論証している。ここで価値の概念の分析を始めるとわけが判らなくなるので、これ以上は踏み込まないが、少なくとも社会活動においては安易に「等価交換」という概念を信用するべきではない。何らかの犠牲を要求される局面では疑ってかかったほうがいいだろう。
老人たちは、「若者は権利ばかり求めて義務を果たそうとしない」などと能書きを垂れたがる。人によっては、尤もなように聞こえるかもしれない。だが、その行き着く先が「痛みに耐えて」だの「米百俵」だのといったタワ言による詐欺政策である。
その犠牲は本当に必要なのか、そもそも犠牲など必要ないのではないか。電力問題一つとっても、色々思い当たる事が多いだろう。

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(2011/04/27)
悠木 碧、斎藤千和 他

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マルクス

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虚飾の伽藍
経産省前テント村の集会に行く。かなりの人が集まった。流石にここで強制撤去など行ったらパニックになる。権力も手を出せなかったようだ。少なくとも、私がこの記事を書いている時点では無事である。
一方で竪川公園では、ホームレスの強制排除が開始されているという。こうした権力の手口を見ると、何かしら病理的なものに取り憑かれているとしか思えない。10年近く前にイスラエルがパレスチナに大侵攻を行ったとき、同じような病理性を感じた。
権力者達は、意に添わぬ者を排除し、抹殺する事で自らの尊厳を維持しようとしているらしい。スカイツリーだか不快ツリーだか知らないが、これを支えるロジックは原発と変わらない。印象操作によるイメージアップと、社会的弱者に対する蹂躙がその根幹にある。汝らは白く塗りたる墓に似たり。
嘗てナポレオン三世時代、パリの大改造が行われたことがある。その結果、多くの社会的弱者が犠牲となった。エドワール・マネの有名な「アプサントを飲む男」は、そうした社会から排除された人々を扱った秀作である。由来、権力者たちの虚飾に満ちたプロジェクトの背景には、こうした多くの不幸が横たわっているのである。

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流石に寒かった。
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おだやかな時代
経済産業省前のテント村が撤去の危機に晒されている。27日がタイムリミット。つまり、明日が正念場だ。
不満があっても口にしない事、行動に出さない事が是とされるこの社会において、テント村の存在は中央官庁的な価値観を鼻で笑い続ける、貴重な存在だった。たとえそこに下らないセクト主義が往々にして見られたとしても、したたかに抗し続ける人々の意思は確実に存したのである。
http://www.avaaz.org/jp/stand_with_fukushima_mothers/?twi
「枝野大臣は、影響力ある原子力産業の圧力に負けつつあります」とする、署名の呼びかけ文は実に正確である。枝野幸男個人の責任問題もさることながら、私たちはその背後にある勢力の存在に目を向けなくてはならないだろう。鎌田慧の言い回しを借りるならば、原子力産業は「とても獰猛な相手で、しぶとさ、大量の金、そして攻撃力を持っている」のである。
私たちは都条例問題で、「政治の力関係」のありえないようなグロテスクさを目の当たりにした。政治の世界ではこうした力学が優先されてしまう。原発に抗議する声を、当たり前に封殺する社会が到来するというのは恐ろしい事だ。テント村の問題は、表現の自由の問題でもあることを思い出して欲しい。負けてたまるか。

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大衆的実践から国家の死滅へ
「戦略の工場 レーニンを越えるレーニン」の感想を記す。
レーニンの著作に拠りながら、その思想過程を追っていったもの。とはいえ、決して護教論的に取り上げるのではない。レーニンを古典として扱い、今日の状況との違いを指摘する事を忘れない。
印象に残った点が二つある。まず、「大衆」という概念へのこだわりである。このこだわりはかなり徹底しており、「まず大衆の実践ありき。それ以外はすべて二の次です」とする。「何をなすべきか」で問題になった自然発生性についても、「拝跪を批判する事」は「否定する事」ではない、あくまでも問題は自然発生性を洗練する事である、としている。ここからネグリの「マルチチュード」の概念に結びついていくのだろうか。
二番目としては、「国家の死滅」への徹底した拘りである。レーニンにおいてはこの辺りの「移行」の問題が、自然に行われるかのようなイメージで捉えられており、弱点である事は否めない、と著者は評している。この点は今日的な課題として残されるだろう。埴谷雄高がレーニンに付いたのも、この「国家の死滅」という概念に措いてであった筈である。いずれにせよ、今日尚、検討に値するテーマであると思える。
私はレーニンについては知るところは多くない。この書物で展開されたレーニン論が正当であるかどうかを測る立場にはない。また、様々な課題に対するネグリの提起に同意できるかと言うと、よくわからない点が多い。
手元の読書メモを見ると、「プロレタリアートの自律的闘争と組織化」だの、「ユートピアではない、国家の破壊への過程」だのと書き込みがあるが、さすがにこれら全てについて論評するのは私の手に余る。
以上が、この生硬な書物を駆け足で読み終えた、一読書人による簡単な印象のスケッチである。

ところで、「唯物論と経験批判論」への言及があまり見られなかったような気がするが、どうしたのか。都合が悪いからか。無論、思想史的にはレーニンよりもマッハに軍配が上がっている。ただ私の見聞では、レーニンは左程ゴリゴリの物質主義者ではなく、日常生活のレベルで「モノは実在する」としているだけであるという。だとすると、その範囲では別に同意して差し支えないと思うのだが。

戦略の工場――レーニンを超えるレーニン戦略の工場――レーニンを超えるレーニン
(2011/12/01)
アントニオ・ネグリ、白井 聡 他

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レーニンはオーロラの夢を見たか?
アントニオ・ネグリ「戦略の工場 レーニンを越えるレーニン」(作品社)漸く読了。よくも読んだものだ。正面切って論を構えるほど頭はよくないので、近々感想を記す予定。とにかく文字を追いかけていた部分が大きく、後半になると殆ど意地である。まあ、相撲取りの四股のようなものだ。何らかの印象を書きとめることが出来れば、もって瞑すべしだろう。
ネグリの著作では近頃「革命の秋」が情況派系の出版社・世界書院から刊行されたが、こちらは晦渋でとても読めたものではない。翻訳には私のよく知る人も携わっているのだが。しかし情況、何やかんや言って体力あるな。ブント系としては、最も生産的な活動をしている事を一応認めておく。

日本でもオーロラが見られるらしい。この妖しい戦慄的な美しさを持つ気象/天体現象が、どのような形を持って私たちに迫ってくるのか、興味津々である。

戦略の工場――レーニンを超えるレーニン戦略の工場――レーニンを超えるレーニン
(2011/12/01)
アントニオ・ネグリ、白井 聡 他

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amazonから何故かリンクが貼れない。上記は過去の記事から引っ張ってきたもの。別にamazonに義理は無いのだが、昨日の記事で「フツーの仕事がしたい」をビジュアル的に表示できなかったのは心残りだった(予告編は過去に掲げたが)。取り敢えず、上映時のチラシを貼っておこう。
futu

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ニッポンにおける労働者階級の状態
書店で映画「フツーの仕事がしたい」(監督:土屋トカチ)のDVDブックが販売されていた。勿論DVDには本編が収録されている。以前にこのブログでも紹介した(http://noir731.blog106.fc2.com/blog-date-20100910.html)ドキュメンタリー作品だが、内容的にソフト化が難しいのではと心配していたので、予想外の出来事だった。
私はこの映画を二回観ている。初見はポレポレで、二度目は武蔵野市民学校で。あの時は珍しく客が入ったな。
内容は、人権無視の過剰労働を強いられた主人公が、労組に加わって会社と闘っていく過程を追ったもの。今時珍しく労組が頑張っている。それにつれて、被写体の主人公も成長していく。奇麗事は言いたくないが、「労働者の学校」としての労組が成立している稀有な例だ。全国のヘタレ労組、少しは見習え。特に大阪、橋下の顔色窺うのもいい加減にしろ。

20110121

テーマ:映画関連ネタ - ジャンル:映画

神に突っかかってやる
「週刊金曜日」。佐高信のコラムがつまらないので購入せず。この男には仲間を作るとか、オルグしようという意識が皆無であるらしい。
そういえば、だいぶ前に、佐高が笠原和夫を引き合いに出して、北野武の映画に罵詈讒謗を加えていた事があった。月刊誌「創」の連載である。簡単に要約すると、「たけしの映画は過大評価されている。脚本家の笠原和夫は北野作品の脚本軽視に「心底腹が立った」と批判している」というものだ。
だが、佐高によるこの引用は極めて悪質な作為に満ちたものである。映画ファンには周知の事だが、引用された笠原の文章は、「シナリオ骨法十箇条」の冒頭部分である。そして、該当箇所の内容は、「北野武の映画に心底腹が立った。しかし、今になって思えばああいうやり方があっていいのではないか」というものである。つまり、笠原は最終的に武の手法を容認しているのである。
北野武の映画への評価はともかく、流石にこの佐高の一文には私もキレた。「創」の読者ハガキで抗議文を送ったが、佐高の傍若無人ぶりには一向に変化がない。或る程度ギャグでやっている部分もあると思うが、そろそろ見離したほうがよさそうだ。

「仁義なき戦い 頂上作戦」について。今さらレビューを述べるのもどうかと思うが、あまり指摘する人がいないので一つだけ記しておく。
本作で広能(菅原文太)達は、いよいよ積年の恨み重なる山守(金子信雄)を獲ろうするのだが、鬼気迫る形相で車に乗り込む姿を見ていると、どうしても色々考えてしまう。つまり、深作や笠原達がどんな思いを込めてこの場面を描いていたのか、である。
おそらく、彼らは天皇を獲るという見果てぬ夢をそこに描いていたのだ。つまり、一種の「虹作戦」である。実際の虹作戦はもう少し後の話だが、別にこだわる必要はない。深作や笠原の世代がどれだけ天皇に恨みつらみを抱いていたことか、想像するに難くない。そして、その顛末が末尾のセリフに集約される。
「間尺に合わん仕事をしたのう」
立場は違えど、苦々しいこの思いは誰にも覚えはある筈だ。では、私達にとって、山守とは一体何だろうか。思い当たる節は色々ありそうだが。

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(2011/11/01)
菅原文太、梅宮辰夫 他

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はくさいの季節
石原慎太郎、芥川賞選考委員よりも知事を辞めればいいのにな。
私の読んだ限り、石原は作家としては二流。どの作品も導入部がゴチャゴチャしていて読みづらく、小説的な欠陥は免れない。それでも一定の評価は出来るし、魅力的な作品もあるので、三流というほどではない。芥川賞作家として遇されることも不当とは思わない。
政治家としては卑小な権力亡者、人間としても最低である事は言うまでも無い。石原の事はさて置くとしても、最低の人間が優れた作品を物する事があるというのは、創作活動における常識である。
それにしても、早く消えていなくなって欲しいものだ。

「映画秘宝」はくさい大賞(つまりワースト大賞)は「スーパー8」。観ていないのでなんともいえない。そもそもどんな映画だったっけ?我らが「ワイルド7」はワースト4位と大健闘。
「冷たい熱帯魚」が何故評判がいいのか判らない。この作品のレビューは過去に述べたので繰り返そうとは思わないが。尚、恒例の「死んで欲しい奴グランプリ」は盗電幹部と天罰男が仲良く並んでいた。

この所、精神的に失調気味で映画を観る気がしない。それでもこの前「仁義なき戦い 頂上作戦」を再見した。何度も観た作品だが、やはりいい。

映画秘宝 2012年 03月号 [雑誌]映画秘宝 2012年 03月号 [雑誌]
(2012/01/21)
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あ、雪だ
「映芸」のベスト・ワーストが発表されているが、もうどうでもよくなってきた。荒井晴彦党の趣味に付き合うのもそろそろ潮時だろう。どちらかというと「秘宝」のはくさい大賞の方が気になっている。

図書館の返却期限が近づいているので、「人間の土地」はほったらかしてA.ネグリの「戦略の工場」を読み進める。だが、「哲学ノート」の分析のくだりに差し掛かって、暗礁に乗り上げている。何が悲しくてこんな晦渋な代物を読んでいるのだろうかと時々思う。だが―澁澤龍彦ほどではないが―図書館で借りてきた以上、取り敢えず目を通さなくては気が済まないという困った性分なのだ。もう少し読み進めば、また具体的な話題になるので、楽になると思うが。
我が家では、レーニンの「哲学ノート」(岩波版)はだいぶ昔に購入したまま書架に眠っている。ざっと眺めていただければおわかりと思うが、そう簡単に読めたものではないのだ。何せ、ヘーゲルの「大論理学」について書かれたノートである。ヘーゲルの引用に、レーニンが「正しい!」だの「ひどく判りづらい」だのコメントを寄せていたのを覚えているのだが。

正直、この手の「業界本」からは少し離れたい。前にも記したかもしれないが、精神衛生のためである。政治的言説に足を絡め取られると、どうしても窮屈になる。やはり、政治の幅は生活の幅よりも狭い。

20110117

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偉そうに言えた義理ではないが、あえて言わせてもらう。
サン・テグジュペリの「人間の土地」の冒頭部分を少し眺める。失恋して自殺した青年を蔑んで記述したくだりを読み。この人の書くものは到底好きになれないと思った。「夜間飛行」にしてもそうだが、私はこの作家の英雄主義が嫌いだ。この人なら「世間の非難に耐える、東電幹部の英雄的な姿」でさえ、平気で描くだろう。勝ち残った側の峻厳たる美学を描くのがこの作家の特質と思える。これが「星の王子さま」の世界とどう繋がるのかよくわからないが。
「ただぼくは思い出す、この情けない見せびらかし(引用者註:自殺の事)を前にして、自分が高貴な印象を受けるかわりに、じつにあさましい印象を受けたことだけを。つまりこの男の愛すべき相貌の裏側、この人間の頭蓋の中には、何ものも存在しなかった。何ものも。存在したのは、ただ多くの娘と同じような愚かしい一人の娘の姿だけだったのだ」(「人間の土地」)
このくだりを読む限り、この人には人間が判っていないのではないかと思う。青年の死は、「情けない」ものでも「浅ましい」ものでもない。ただひたすら痛ましさを覚えるだけだ。そしてあらゆる「死」は常に等価である。
恋をした、恋に破れた、耐えられずに自殺した。別におかしなものではない。如何に稚拙に見えようとも、それが人間というものだ、人間は、彼が思っているほど強いものではない。
必要な事はそうした人間的な不完全さ、弱点を包摂する事だ。他者を理解するという事はそこから始まるのだから。


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汚染が進むこの国の政治
昨日言及した経産省の意見聴取会の件、先程ニュースでもほんの少しだけ触れていたので、ご覧になった方も多いと思う。
明らかに再稼動を前提にした出来レース。傍聴人の排除といい、聴取会はもはや「意見を聞く」という体裁を作るためのセレモニーの場と化した。山本太郎が抗議する姿も映っていたが、怒るのは当然である。
表では私たちの仲間が激しく抗議のコールを続けていた。頭にきた、なら現地に行っちゃおう。このフットワークの軽さは大切だと思う。私も行きたかったが家庭の事情等もあり、駆けつける事が出来ず、残念だ。



↓ふざけるのもいい加減にしたらどうだ。口実を設けて移動の自由、集会の自由を空文化しようという策動。
新型インフル、知事が外出自粛・集会中止要請も : 政治 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20120117-OYT1T00973.htm?from=tw

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「勝利者リヴィエール」と言われてもねぇ・・・
サン・テグジュペリ「人間の土地」を少し読む。この所、蔵書の消化作業が続いている。この人の小説は「星の王子さま」はよいとして、「夜間飛行」が嫌いだったので、それ以降食指が伸びずにいた。つまり本作と「南方郵便機」「戦う操縦士」は未読のままである。あ、勿論「城砦」も。
堀口大學の訳文の影響もあると思うが、小説というよりも、警句・箴言に満ちた随想録的な作品。このまま読み続けるかどうかは判らない。この前も宮台真司・大塚英志の「愚民社会」を借りてきたばかりだ。無計画この上ない。

原子力安全保安院は、三菱重工からの献金を受けた原発推進派の亡霊達を擁している。この調子だと、涼しい顔をして再稼動を決める可能性が高い。18日の意見聴取会がどのような形になるのか。傍聴者たちを実質締め出すようにしていることから、油断できない状況が続いている。

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抵抗が協力であり 協力が抵抗であると 誰が知ろう
先日予告した、川端康成「雪国」の感想を記そう。
ストーリーを平たく述べると、妻子持ちのオヤジが、初冬になると雪国の気に入った女の元に通うというもの。筋だけを取り出してしまうと身も蓋も無くなってしまう。
ヒロインの駒子は主人公と分かり合えそうで分かり合えない。彼女と葉子との関係も不分明なままである。川端は冷感症的な女性が好みなのだろうか。「眠れる美女」などはその典型だが。
終盤の天の川の下での一連の展開は中々見事だ。これが三島由紀夫だと観念小説になっていくのだが、川端はそうしたタイプではない。あるのは観照としての美意識である。
技巧的な面で気付いた事がひとつ。例えば、「Aという原因からBという心象を抱いた」というようなくだりがあるが、実はA-Bの間に論理的脈絡が無い。川端はここから印象深い効果を引き出しているが、下手に真似をすると破綻した文章になるだろう。

「雪国」の後半は戦時中に書かれたという。いくさのさなか、屈折した男女関係の悲哀を描き続けるというのは抵抗というのだろうか。私は今ひとつ自信が無い。勿論、安い政治意識から反戦小説を書くのは抵抗とは言わないし、ただ獄中にいることが抵抗を意味しないのは言うまでも無い。この場合、自分を保ち続ける事が最大限の抵抗となるのだろうか。秋山清などの抵抗詩については未読だが、今ひとつ結論が出せないでいる。埴谷雄高はこの「雪国」について次のように語る。
「平野謙と僕は終わる前から、あれに感心していた。戦争という百点満点に対してあれは逆に減点している。ほかの作家が書いているのは、太宰や中島敦など少数を例外として、戦争中はくだらない作品が多いんですよ」(「難解人間VS躁鬱人間」)
理念が先行して作られた作品はおしなべて駄目である。これは、今日の「反戦・反差別」だのといったお題目に置き換えても同様である。カウンター・カルチャーの試みが成功するとすれば、己の内的必然から出発し、作品世界を多様な領域へ広げて言った場合である。そうなると、ここでも「自分を保ち続ける事」が機動力となりそうだ。この問題は、今後も考えていきたい。

yukiguni

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逃れようのない現実
反原発運動について、必要があって色々感想、意見を文章に纏めることになった。特に真新しいものではない。この間このブログに書き散らした事の繰り返しである。新しい運動のあり方が求められており、様々な試みが行われているというような事柄だ。途中、つまらない事で邪魔が入ったため、中々集中できずに手間取った。

本日、NHKスペシャルで放射能による海洋汚染を取り上げていた。海底や湖、河川にもホットスポットが散在しており、この対策をどうやって立てるのかが問われているという内容だ。特に直接水底の放射性物質を摂取する、底魚の汚染が懸念される。
底魚といえば、首相官邸の泥鰌はこれをどう考えているのか。消費税を上げたりTPPに参加する話しか聞こえてこないが、このままでは色々な意味でカタストロフが待っているだけだぞ。

追記:それにしてもこの番組、「今更何を言ってやがる!隠蔽してたくせに!」と非難囂々だな。

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本日、未熟者
腰痛で夕方まで寝込む。神経痛もひどい。横浜で脱原発のイベントがあったようだが、エントリーはせず。そもそも自宅からあまりにも遠いので。
布団に寝転がりながら、川端康成「雪国」を読了する。情けない事だが、実は今迄読んだことが無かった。川端文学に殆ど関心が無く、だいぶ以前に「眠れる美女」を読んだくらいか。「雪国」にしてもそれほど好きな作風ではないのだが、それでも長年の宿題にけりをつけた思いがする。感想はまた後日。
昨日紹介した「週刊金曜日」によると、タレントのベッキーがパティ・スミスの名を知らなかったとの事。「『だって私が知らないんだもん(=メジャーではない)』と言い放った」って、おいおい、許される事と許されない事があるだろう。
そういえば、売れる前の真栄田賢に唐十郎の話をしたら、知らないと言われた事があった。演劇界の重鎮で大鶴義丹の父親(普通逆だよな)だと説明しておいたが、もう忘れているのではないだろうか。

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劣情有理
平成版・広島死闘編の脱獄囚が、漸く逮捕されたようだ。それにしても、テレビ報道は相変わらずレベルが低い。

「週刊金曜日」を購入。辺見庸のインタビューがなかなかいい。ポリティカル・コレクトネスについてきちんと批判している。「P.Cが今風ファシズムを支えています。「週刊金曜日」や市民運動を含む、そうしたP.Cという感覚のもつ思考の危うさ、オポチュニズム(ご都合主義)の大きな裾野が広がっています」「ファシズムとは人の劣情の最たるものなのに、P.C同様に劣情を排除しようとする」
自称・反差別の豚共が何か言いそうだな。
通常、幾ら末端の人間がP.C批判をしても、差別主義者のレッテルを貼られるだけで全く相手にされることはない。そんな中、辺見のような有名人から正当な批判がなされた意義は大きい。残念ながら、左の言論界でも貴賎の差は歴然として存在するのだ。
その他、浅野健一による平田信逮捕報道批判は読み応えがあったので、一読をお勧めしたい。この異常さを異常と思わなくなっている、庶民感情が怖い。

ところで先日部屋を整理していたら、週刊金曜日2001/3/30号が見つかった。群馬県八ッ場ダムの関連記事「いらだちと苦しみの半世紀」「すでに失われた建設意義」が掲載されている。この十年余り、政治は何をやっていたんだか。

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(2012/01/13)
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あんたにだけは言われたくないだろう。
イラン情勢がきな臭い。先日の科学者の暗殺にはモサドの暗躍も囁かれている。映画「ミュンヘン」で描かれた、イスラエルによる国家テロの一環というわけだ。「今に始まった事ではない」ということなかれ。いまだにこうした活動が行われている(らしい)ことが問題なのだ。
世界最大の核大国が正義ヅラしてイランの核開発を非難しているのは、滑稽を通り越してあまりにもグロテスクだ。ついでに言うと、核種を一年近くもタレ流し、国際的規模で汚染を拡大している国があるが、そちらは一体どうなるのかね。米国が石油のことしか考えていない事は見え見えだ。アフガニスタン、イラク、リビアに続き、今度はイランの石油を押さえたいということだろう。
前述したように汚染を垂れ流し続ける某国は、この制裁に同調し、衛星国としての義務を忠実に果たそうとしている。「お前が言うな」とはこの事だ。「トモダチ作戦」と俗称される有事作戦が持て囃されたが、この国の為政者達は「友達」の意味を本当に理解できているのだろうか。

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エリック・バナ、ダニエル・クレイグ 他

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人間的な、あまりに人間的な
ジョルジュ・サンド「スピリディオン」の感想を記す。
ストーリーを簡単に述べると、実質的な主人公である老修道士が長い遍歴を経て、自らを形成していくビルドゥングス・ロマン。
男ばかりの登場人物の中で、密接な信頼関係を築いていく師弟の姿は、ある種のホモソーシャリティを感じさせる。寧ろ、今日のBLにも繋がるものがあるかもしれない。下世話な話に聞こえるかもしれないが、セクシュアリティの問題というのは、決して看過できないテーマである。ひとつ頭においておいたほうがいいだろう。
この老いた主人公は、カトリックとプロテスタントの間を揺れ動いた後、多くの経験を積み、ついには普遍的な世界宗教の理念に到達する。だが、私たち宗教的門外漢にはこのメッセージを直接には受け入れがたい。寧ろ、メタファーとして一般的な人文思想に共通するものを見出す方が有益であると思える。
尚、終盤に登場する「コルシカ出身の若者」というのは、明らかにナポレオン・ボナパルトを指すものと考えられる。「力の哲学」の信奉者たるこの男に主人公は痛く感動するのだが、サンドのナポレオン観というのは実際はどのようなものだったのか。少し気になるところだ。

本書の末尾近くにおいて、「たとえ暴君や狂信者がいなくなったとしても、心の問題は残っている。人間は魂を持っているからだ」と主人公は説く。宗教性はともかく、「魂を持っている」という言葉は悪くない。唯物(タダモノ)論者たちにとっては観念的逸脱などという事になるだろうが、相手にする必要は無い。
政治的解放がなされれば、人間性にまつわる諸問題は解決する、というのが初期マルクスの論調だった。この種の議論は、それぞれの問題の固有の性格を単一に塗りつぶしてしまうものであり、粗雑であるとの批判がなされている。本書の主人公の主張もこれに近いものといえる。
もっと頽廃した例では、「正しい政治理念」を強要すれば人間は幸福になるはずだ、という教条主義者の主張がある。断固として言うが、これは人間観として完全に駄目である。聖性も悪徳も全て併せ持つのが人間である。あの美しい魂を持つアリョーシャでさえも、「やっぱりカラマーゾフ」なのだ。
横文字を並べてどんなに格好をつけてみせようとも、この点を看過した人間観に基づく文化論、社会論は徹底的に破産していると思われる。

思いがけず、人間論に関する過去の想念を色々思い起こす事となった。その点でも有意義な読書だったと思う。

スピリディオン―物欲の世界から精神性の世界へ (ジョルジュ・サンドセレクション 2)スピリディオン―物欲の世界から精神性の世界へ (ジョルジュ・サンドセレクション 2)
(2004/10)
ジョルジュ サンド

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「むちゃくちゃ生きていたいんだよ、俺は」
雑誌「情況」を購入。復刊以来、もう潰れる、もう潰れると十数年前から散々噂されていたが、いまだに持ちこたえている。のみならず、廣松本やネグリ本など重要な書物を刊行している以上、この体力は侮れない。誤字の多さは相変わらずとしても、である。
さて、今回の購入の目的は、巻頭にある山本太郎インタビューである。3.11からこれまでに至る運動の経緯を平易に語っており、なかなか読ませる内容となっている。勿論、以前から運動に携わってきた人たちは多く存在するが、ここは新たな仲間が加わった事を素直に歓迎するべきだろう。ただ、運動を続けていると、変な泥沼に足を絡め取られる事がよくあるので、その点は注意して欲しいと思う。彼にはそんな事にはなって欲しくない。
編集後記を見ると、編集部の連中もすっかり惚れ込んでしまったらしい。こうした交流の広がりは実に愉快である。だが、ブント系の付き合いが出来たということで、また太郎の仕事が減ってしまいはしないか、ちょっと気がかりだ。過去を遡ると、有名タレントでは中村敦夫がこの雑誌の座談会に出席していた事があるのだが。

情況 2012年 02月号 [雑誌]情況 2012年 02月号 [雑誌]
(2011/12/29)
不明

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「稼ぎ時」のテレビ報道
毎年、成人の日になると「荒れる成人式」なる報道がニュースを席巻する。だが、これらの放送をみるたびに「アフタヌーン・ショー」を思い出してしまうのは私だけではないと思う。「やらせ」かどうかはともかく、テレビ局が最大の期待族であることは確かだろう。彼らにとっては思う存分若者叩きが許容される、いわば「稼ぎ時」なのだ。
異常性をことさらに誇張し、若者バッシングで儲けようとする浅ましい根性で、これらのメディアがいつまでも延命できるものではない。テレビ報道が近いうちに致命的なしっぺ返しを食らう事は確実である。その時になって後悔しても、もはや遅いのである。

中島岳志「保守のヒント」を少し読む。言葉の定義がやや独特だが、概ね同意できそうな内容である。もっとも私自身は麻生内閣を評価するつもりは無いのだが(どれだけ神経を削った事か!)。
中島の定義に従えば、私などは寧ろ「保守派」に属することになりそうだし、多くの左派もこのカテゴリーに含まれてしまうだろう。この定義を一般に適用すると混乱が起きそうだ。言葉を強引に置き換えているだけとも取れる。よって、この点はスルーして、内容的な部分を自分の概念に置き換えて読み進んでいった方がいいだろう。

20110109

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埋葬を拒絶する
午前中は昨日の続きの作業に追われていた。やはり一晩経って頭を冷やすと、納得いかない部分が目に付いてしまう。結局昼過ぎまでかかることとなった。
「創」2月号を入手するが、パッと見た所、特に目を引く記事もなし。鈴木宗男の記事が少し気になる程度。

ジョルジュ・サンド「スピリディオン」やっと読了する。かなり手間取ったが、結論から言うと、決して無駄ではない読書体験だった。キリスト教的な概念は私にはついていけないが、それでも得るものは多かったと思う。整理できたら改めて感想を記すつもりでいる。
勢いで、十九世紀の文学作品について、あれこれ考える。
何時ごろからか、文化は資本を生み出すための消耗品となっていった。出来の良し悪しにかかわらず、である。古来よりそうだったと言ってしまえばそれまでだが、文化がそれ自体の価値を持つような、幸福な時代が私たちには必要とされている。人間の精神活動が、すべて貨幣価値に換算されるか、道徳的な○×でしか判断されないとすれば、悲しい事だ。
そのために、資本による頽廃と、イデオロギーによる頽廃を拒絶する事。これらはいずれも「人間」の埋葬に他ならないのだから。

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ボンジョルノ・レーニン
昨日から背中を痛めているため、昼間はあまり無理をせずに安静にする。
図書館でネグリ「戦略の工場 レーニンを超えるレーニン」を借りてきた。読めるわけもないのだが、パラパラ眺めているだけでまた違うだろう。ただ、目下の関心は人文書よりも文学書に向いているため、ちょっとタイミングを逸してしまったかと思う。我儘には違いないが、何せ、リクエストして一ヶ月経っている。一般的にも、ひとが或る物事に幻滅するには充分すぎる期間だろう。

安静にするはずが、PCの修復作業やら何やらで、かかり切りになる。結局、USBドライバーをアップデートして事なきを得た。夕方に、ちょっとした頼まれ事があったため目下作業中。徹夜する程ではないが、気分が乗っているうちに目途をつけたい。

戦略の工場――レーニンを超えるレーニン戦略の工場――レーニンを超えるレーニン
(2011/12/01)
アントニオ・ネグリ、白井 聡 他

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追記:頼まれ事の件、何とか仕上がった。気に入ってくれるといいのだが。

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やらせ問題は今に始まった事ではないでしょう
誕生日を迎えても少しも嬉しくなくなったのは何時からだろうか。ある種の悔恨なしに、自らの生誕について意識できなくなるのは悲しい事だ。

食べログのやらせ問題がニュースを賑わしている。この騒ぎ振りが、滑稽極まりない事は言うを俟たない。この手の印象操作、情報操作は、テレビ・新聞が散々行ってきたことだからだ。原発問題から、橋下のエセ改革まで、報道の名を借りたやらせ問題は一向におさまる気配が無い。病んでいるのは誰か。これら報道機関が一切自浄能力を有していない以上、私たちはこの点を厳しく指弾し続けなくてはならない。

20110106

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哀歌の響き
昨日の寝不足が祟ってかなりひどい状態のため、今日は簡潔に。
サンドの「スピリディオン」は飽きてきたので、停滞している。それでも、あと一息で読み終わりそうな気配。
先日購入した、「山川登美子歌集」を眺める。晩年の歌が鮮烈で、やけに心に突き刺さる。国文学に疎いため、この人の名を知ったのは今回が初めて。岩波文庫の最新刊をチェックして、何気なく購入したものである。一般に、恋愛歌というのは正直よく判らない。だが、時折拾い読みしながら付き合っていくのもいいだろう。

山川登美子歌集 (岩波文庫)山川登美子歌集 (岩波文庫)
(2011/12/17)
山川 登美子

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Good luck...
「100000年後の安全」(監督:マイケル・マドセン)を観る。
ひとくちにドキュメンタリー映画といっても、ピンからキリまで存在する。ことに、原発映画ともなると、正しい理念を伝達しようと急ぐあまり、垂れ流しのプロパガンダ映画が出来てしまう場合が往々にして存在する。言っていることは正しい、しかし何の感動も無い。これでは映画として失格である。
さて、この「100000万年後の安全」であるが、本作はそうした陥穽を見事にまぬかれた傑作であるといえる。内容を簡単に述べると、核廃棄物の最終処分場の建設をめぐる諸問題を追いかけていくというもの。後世の人類、もしくは地上を統べる者に対し、最終処分場の存在をどのように伝えるか、あるいは、秘匿していくか、様々な意見が交わされていくが、最終的な結論は出ていない。仮に現代から10万年遡ったとすれば、人類の曙の時代に至る事になる。それだけ途方も無い時間を隔てた存在と、意思の疎通が図れるのか。全く、人類はとんでもない代物を生み出してしまったな、と改めて思う。
だが、扱う問題の社会的重要性もさることながら、この映画には独特の映像センスが反映されている。象徴的な螺旋階段など、合間に何気なくはさまれる様々な映像は、不思議と詩的な効果を醸し出し、最後には静かな祈りのようなものが感じられる。
社会問題を云為する以前に、まず映画として、きちんと成立しているのだ。このことが、凡百の理念のデクの棒とは異なり、本作をより一層好ましいものにしていると思われる。


ところで、共謀罪の成立を目論む狂気の野田政権の最終処分場も、一刻も早く見つける必要がありそうだ。

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三が日の終わりに
三が日は特に用事も無かったので、幾許か体重が増えた。とはいえ、標準体重の範囲内だ。テレビなど殆ど見ることもなかったが、ただ漠然と過ごしてしまった不毛な日々だった。

このところ、「ユリイカ」などのサブカル批評がよく判らない。マンガ、アニメーションなどのサブカル自体は私も好んで受容してきているのだが、この批評のあり方にどうも納得がいかない。
何よりも、論者の価値観がよく判らない。どうも密室の議論(つまり、多少知的になったオタクの議論)に終始しているようにしか思えず、普遍的な文化論にいたる回路が見られない。論者たちが社会とサブカルとの関係を論じるときも、何かしら現実離れした、内容空疎な寝言にしか聞こえないのだ。こうした、内輪向けの議論を続けて、何が面白いのか?私には全く判らない。正直、窮屈な居心地の悪ささえ覚える。
私はニュー・アカ全盛期のユリイカを必死になって読んできた経験があるが、このところの批評のあり方にはどうしても馴染めない(それとも、当時から既におかしかったのか?何だか思い出しているうちにそんな気がしてきた)。
もう少し具体的な事例に沿った話を展開するべきなのだが、夕方からどん底の鬱状態にあるため、今日はこれまでとしたい。ただ一口に言うと、どの論文を読んでも薄っぺらで深みを感じないんだよな、正直。

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初夢なんて忘れた
漠然と、マイルス・デイヴィスを聴いて過ごす。ジャズにはあまり知識がないため、故・平岡正明の遺した騒々しい講釈を頼りに色々探りながら聴いている。マイルスについては後期のエレクトリック・サウンドをプログレ感覚で聴く事が多い。

ノヴァーリス「青い花」を少し眺める。冒頭の数十ページを読んだ所、純然たる立体的な小説とは言いがたい気がする。作者自身の美学的イデーを登場人物の口を借りて語らせる形式。劇中劇も多く、ちょっと今の精神状態では読み進むのが辛そうだ。後回しにした方がいいかもしれない。

オウム真理教の平田容疑者出頭のニュースが騒がれているが、死刑死刑と喚いている連中が鬱陶しい。「がきデカ」じゃあるまいし、自分が何を言っているのか、少し真摯に省察したほうがいい。この種の言説には、内田樹のいう「嗜虐的な愉楽」が感じられる。

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のわーる

Author:のわーる
首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
たまに衝動的におかしな絵を描いたりもする。
尚、この「のわーる」という名前は同名の素晴らしいアニメ作品とは直接関係は無く、サド侯爵の登場人物の名に由来するものである。



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