時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
原理、原発、ハシズム!
駅前でティッシュを配っていたので受け取る。ん?ティッシュじゃないぞ、これは。本?題名を見ると「文鮮明自伝」・・・原理だった。引き返してぶん殴ろうかと思ったが、自重。話の種に・・・と一瞬考えたが、我が家にはまだ読むべき価値のある本が沢山溜まっていることを思い出し、投棄する。しかし、堂々と布教活動しているな。あいつら。

イグナシオ・ラモネ著「マルコス ここは世界の片隅なのか」を読み直す。サパティスタのインタビューだが、読み直す度に新たな発見がある。グローバリゼーションの下で、美や創造性が、効率・収益性に取って代わられるという指摘は重要であると思えた。これは形を変えれば、マンガの規制問題にも当て嵌まるし、原発の輸出にも当て嵌まる筈だ。今日会談のあったベトナムへの原発輸出、とんでもない事だぞ。これは。

夜の報道ステーション、橋下センセイの偉大なる功績を称える番組と化していた。この連中には、もう謝れとか反省しろとは言わない。とっとと廃業しろ。

マルコス・ここは世界の片隅なのか―グローバリゼーションをめぐる対話マルコス・ここは世界の片隅なのか―グローバリゼーションをめぐる対話
(2002/09)
イグナシオ ラモネ

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原発売るな、どこにも売るな
今日届いたPROTESTERAのアルバム「01.05.1886」を聴く。
スウェーデンのアナルコ・パンク。なかなかいい音を出している。歌詞を見ると、ちょっと主張が窮屈な点が引っ掛かるが。
http://acclaimcollective.blogspot.com/2011/10/angry-punk-song-protestera-krossa-honom.html

これは別の曲。


夕方、ジュンク堂で「映芸」と「シナリオ」を買おうとするが、レジ前に長蛇の列が出来ているので、あきらめて帰宅。映芸は前号のほうが面白そうだったが、荒井晴彦が所々いい事を言っているので(大抵は嫌な事をその××倍言っているのだが)、ちょっと興味があった。革命映画特集も読んでみたい。だが、その前に前号を入手すべきだな。原発映画特集で、確か荒井が原発物のAVを評価していた筈だ。原発の見える町でヤッているというものらしいのだが、そうなると、核施設と性=生が奇妙な共存をしてしまっている所に批評性があるといえるだろう。この辺り、風景論にも通じないだろうか。

ところで、インドやベトナムに原発を売ろうとしているキチガイ、何とかならないか。何度も言うが、原発売るな、マンガ売れ。

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嫌だと言っても憎んでやるさ(ネタバレ御免!)
「アジアの純真」の感想を記す。
だいぶ前に、上映が危ぶまれているとニュースで話題になっていた作品。ご記憶の方も多いことだろう。
在日朝鮮人の少女が、拉致問題でヒステリー状態になった日本人に殺害され、双子の妹と主人公が報復に立ち上がるというもの。旧日本軍の製造したイペリットガスを入手した二人は、次々と日本社会にテロルを仕掛けていく。このあたり、若松孝二の「天使の恍惚」や井土紀州の「ラザロ」を髣髴とさせる。「救う会」をモデルにした集会を襲撃するあたり、映画としてのタブーをズカズカ踏み破る、破天荒な無茶振りを発揮する。
当然のように主人公たちの闘いは行き詰りを迎え、警官との争いで、ヒロインは不慮の死を遂げる。ここで物語は一転し、清順ばりの不可思議な幻想空間へと飛翔する。主人公は、冒頭において「見て見ぬ振りをした」自分と真っ向から向き合い、海外に渡り、ゲリラ兵士として世界変革を目指していく。この辺りは足立正生がモデルだろう。
成長を遂げた主人公は、帰国するが、もはや嘗ての自分ではない。「見て見ぬ振り」から決別し、体の悪い老人に当たり前に手を差し伸べる存在となっている。
だが、主人公の帰国の目的は、日本社会に対する闘争を貫徹するためだった。彼は東京タワー上で巨大爆弾を破裂させようと、起爆装置に手をかける。その時、警官に撃たれて死んだはずのヒロインが、「もうやめよう」と制止する。報復の連鎖に終止符を打ち、他者への理解こそ必要だと確認した主人公達。だがその時、ハプニングから起爆装置のスイッチが押されてしまう。
東京は壊滅し、東アジアを起点として世界中で核戦争が始まる様子がブラックユーモアとして描かれ、美しい花が咲く映像が重ねられていく。
このラストの戦争と花のイメージは、主人公達の行き着いた到達点への祝福である(つまりドンパチは花火の隠喩)とも取れるし、同時に「このクソッタレの世の中を許したわけじゃないぞ!」というメッセージとも理解される。どちらも解釈として正解なのだろう。

若松プロのアナーキズムと、清順映画のシュルレアリスムを足したような作風である(こんな事を言うと大和屋作品みたいに思われそうだが、あれとも全く別)。決して器用な出来栄えではなく、荒削りな部分が多い。夜の海面がビニールだとはっきり判るのは何とかして欲しかったと思う。だが、ここにはそんなものをはるかに凌駕するような、圧倒的な凄みがある。「ガツンとくる」のだ。「映画は何でもありだ」という、爽快な風通しのよさを感じさせる、快作だった。
個人的には今年のベスト作品にしてもいいと思う。福間健二の「わたしたちの夏」とどちらを取るか悩むところだが、完成度を考えれば「わたしたち~」、弾け方を考えれば本作となる。いずれも若松プロ出身者の手になる作品なので、この二本を挙げること自体党派性がむき出しと言えそうだが、出来栄えの圧倒性を考えるとこれは致し方ない。
尚、本作には若松孝二御大が特別出演。画面に大写しで登場したときは吹き出した。


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これは凄い!
夕方、献血を募集しているのに目がとまる。そういえばバタバタしていて忘れていたが、そろそろいい頃だろう。カードを確認し、400cc採血。
夜、新宿で「アジアの純真」を観る。今日が最終日だという。蓋を開けたら、とてつもない映画だ。詳しくは後日に譲るが、「天使の恍惚」、「ラザロ」の系譜に連なる作品だろう。後半のはじけっぷりがいい。危なかった、危うく見逃す所だった!

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太平洋有事519作戦のこと
今更のようにツイートしている人がいるので、記しておく。
正式名称・太平洋有事519作戦。いわゆる「トモダチ作戦」である(何度見てもひどいネーミングセンスだ)。この実態については「軍事研究」2011年9月号に詳しい。
既に前々から想定されていた軍事作戦を災害に適用したわけだが、問題はこれが巷間美談として伝えられるような、善意から生まれたものではないということである。アメリカにしてみれば損得勘定で、圧倒的に有利であるからこそ踏み切った作戦である。米軍の存在が好意的に受け止められるようになれば、沖縄基地問題、思いやり予算の問題等、日米間に横たわる軍事交渉がアメリカに有利に進められることになる。これがレスキュー隊だったら意味は半減していた筈である。アメリカとしては軍隊を送る必要があった。震災と原発事故は、アメリカにとって渡りに船だったといえるかもしれない。
一部メディアでは既に語られつくしている内容であるが、念の為再度確認しておいた。

もしかすると、この見せ掛けの恩義がTPP問題にも反映しているのか?こちらも、アメリカのために行われるものである事は、言うまでもない。まあ、震災がなくても、普段からポチだからね。日本の為政者は。

軍事研究 2011年 09月号 [雑誌]軍事研究 2011年 09月号 [雑誌]
(2011/08/10)
不明

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北杜夫逝く
北杜夫が亡くなった。少年時代、この人のエッセイは実によく読んだものだった。
「昆虫記」を皮切りに、「マンボウ」シリーズや、ユーモア小説、童話、少し背伸びして「羽蟻のいる丘」「夜と霧の隅で」「遥かな国遠い国」などの硬い短編、長編では「白きたおやかな峰」が印象に残っている。
高校生ぐらいになった頃か、受験勉強を「嫌なものだが、勉強できる事自体いい事ではないか」と無神経に肯定したり、戦争責任を「国のためを思ったのだから」と、安易に免責してしまうなど(この点は父親のことがあるので複雑かもしれないが)幻滅する事が多く、次第に心が離れていった。
「楡家~」や「輝ける碧き空~」を読まずに来ているので、あまり良い読者ではないかもしれない。
だが過去のマンガ規制問題で、手塚治虫や白土三平が槍玉に挙げられた際に、積極的に擁護に回った事は評価したい。そして、何よりも読書の悦びを教えてくれた事は貴重である。多くの人を導いてきた水先案内人としての役割は大きかった。感謝の言葉を送りたい。

「手塚 うん、「罪と罰」でいわゆる売春婦を描いたんですね。
北 あ、だったかな?
手塚 で、あれもね、子どもを持つ親から、ずいぶん非難を受けた。
北 そうですか。
手塚 だって、「罪と罰」は売春婦のソーニャ書かなきゃしょうがないもん。ね!」(手塚治虫「虫られっ話」)

この親キチガイ過ぎ。

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われらの狂気を生きのびる道を教えよ
疎外論的な言い方はあまり好きではないのだが、例えば初期の澁澤龍彦の行ってきた事、また、同時代の様々なジャンルにおける作品制作の動向(一括りにアングラと呼ばれる)は、近代的理性が置き去りにし、封殺してきたものを回復しようとする試みだったと思う。置き去りにしたものとは何か、すなわち、性、欲望、暴力、死、侵犯、etc・・・これらは大文字の他者(Autre)に属するものとして扱われる。
陳腐な理性信仰。清く正しく美しく等といった、近代主義的人間観。このインチキ性をぶち壊そうとする試みが、現代における思想的な地平であった筈である。
これに対し、昨今の公権力の行ってきたものとは何か。「欲動など無いと思え!決められた物だけが文化なのだ!」すなわち、抑圧、抑圧、抑圧の連鎖である。意識の抑圧であり、思考の抑圧。完全に成功した抑圧社会においてユートピアが実現するという、凄まじい知的頽廃振りを示している。
ソシュール学者・丸山圭三郎の言葉を借りれば、強すぎる物象化によって表層意識に停滞する狂気である。そう、まさに狂気なのだ。丸山は指摘する。「この狂気は、一切の批判、一切の価値基準の変革、一切の体制への反逆を認めない硬直化をその特徴とし、自らを伝統擁護者と信じ込む」

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原発売るな
折角なので・・・

marisa_nuke

東電に入ろう♪
本屋で園良太「ボクが東電前に立ったわけ」を読了する。
極めて平易な文体で、3.11の震災から6.11の脱原発デモに至るまでの一連の取り組みを語っている。私の知らない主催者側の様々な苦労が描かれていて興味深い。
本書には、著者が一人の等身大の人間として、自らの皮膚感覚に基づきながら思考を進めていく過程が描かれている。これによれば、園自身、色々悩み、揺れ動きながら運動に取り組んできたようだ。このあたりの思いは、私がこのブログで何度か取り上げた座談会でも吐露されている。合わせて読まれるといいだろう。
読みやすい本なので、一度手にとって見てもいいと思う。
(追記:前述の座談会、都合の悪いことは隠蔽しているフシがある。意図的なものか知らないが、少し注意したほうがいいかもしれない)

ボクが東電前に立ったわけボクが東電前に立ったわけ
(2011/09/01)
園良太

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これは他人事ではない。
"stop and frisk"は日本の職質の拡大版に当たるのだろうか。警官が一般人を呼び止めて身体検査を施すというもののようだ。「割れ窓理論」によるこうした治安対策が、どれだけ非民主的な結果をもたらすか、まざまざと見せ付けてくれる。治安国家化との対決として、この闘いには注目し、応援していきたい。


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「創造する事は抵抗する事であり、抵抗する事は創造する事である」
今日も渋谷でデモ。代々木公園から渋谷に出て、表参道方面を回って戻ってくるコース。雨も上がったので丁度いい。傘が邪魔になるが、プラカードを貼り付けて持って歩こう。
そういえば昨日は国際反戦デーだった。特に何もエントリーはしていないが。

集合地点に着くと間もなく、右翼の反原発デモが前を通り過ぎて行った。うーん、コンセプトが違うんだよなあ。
さて、集会開始。山本夜羽音の発言がなかなかいい。被災地では脱原発が中々口に出せない状況らしい。当地の人々の深刻で複雑な胸中について、切々と語っており、心に残った。
1022shibuya01
ドラム部隊登場!
1022shibuya02
線路下。山本夜羽音(後姿)はいつも顔を合わせるが、話をしたことがない。
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今日は両手が塞がっていたので、写真はあまり撮らなかった。
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お疲れ様ー。
1022shibuya05
それにしてもデモへの参加が続く。学生時代より、遥かに頻度は多い。これは・・・きっとよいことなのだ。少なくとも、精神衛生的には。

ところで以前にも記したと思うが、フランスで「アンディニェ・ヴ」という冊子が評判らしい。当地で占拠などの運動をしている人たちによく読まれているという。久々に辞書と睨めっこしてみようかと思う。
今日の記事のタイトルはこの本から取った。
indignez

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このごろ
私生活で様々な不安事が重なっている。先行きが全く見えない状態で、かなり行き詰っている。もう駄目かもしれないと思ったりするが、取り敢えずもう少し粘ってみるつもり。
カダフィの殺害について文章を書いてみた。どこかに投書してみようかと思う。ボツったらこちらにアップする予定。PCの調子が悪いのと、酒が入っているので、今日はこれまで。

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イノチガケ
東京都の男女共同参画行動計画改悪の件。怒りで興奮すると心臓に負担がかかるので、あまりこの話題には触れたくない。よって簡単に記す。
フェミニズムの概念を支配のための道具として、徹底的に悪用している。マッチョ主義者で差別主義者のファシストを親分として戴いておきながら、男女平等を語るなど片腹痛いのだ。このことからも、このエセ男女平等計画の目的が、支配のための道具をひたすら増やし、多くの人を社会的に抹殺する事にあることは明らかだろう。

カダフィの殺害―敢えて死亡と言わず、殺害と呼ぶ。ソフトな印象を与えようとするマスコミの小細工とは一線を画したい。まだ正確な情報が判らないので、軽率なコメントは差し控えたい。
ただ、暴君がその権力を維持するためには、軍隊、警察といった暴力装置のみに拠っていたわけではないだろう。このことは、一般論として指摘しておきたい。これら独裁者へシンパシーは一切無いが、あのサダム・フセインにしても、その強権支配のうちに、多様な側面を併せ持っていたことは様々な研究で明らかとなっている。
ギリシャ情勢は予断を許さない。「暴徒が便乗して暴れている」などと、のどかなことを言い立てて批判したつもりになっている連中については、相手にするつもりはない。


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抵抗の記憶
急に寒くなってきた。そのせいか、軽い神経痛に見舞われる。ヘルニアやら頚椎症やら半月版損傷やら色々抱えているため、ちょっと辛い。
読書に集中できず。少し読みかけては中断するような状態がここ2、3日続いている。
ところで先にイタリアの暴動に触れたが、歴史的に見て、この国の国家権力はかなりエグい。悪質なデッチ上げや謀略が横行していたようだ。詳細は別の機会に譲るが、結果として、六八年の武装闘争は十年間にわたり継続される事となった。有名な「赤い旅団」も亡命者を除きほぼ全員が逮捕され、形式的には一段落を告げるが、この国ではレジスタンスの記憶が継承されている事が、運動のあり方に影響を与えているという事は頭に置いておくべきだろう。

「赤い旅団」を描いた映画「夜よ、こんにちは」。一見の価値あり。

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(2007/01/12)
マヤ・サンサ、ルイジ・ロ・カーショ 他

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今、原爆と向き合う事の意味を考える。
原民喜の短編小説「夏の花」を読む。
言わずと知れた原爆小説で、今更改めて感想を記すのも何だかなぁな話なのだが、取り敢えずだらだらと書き連ねてみる事にする。
原爆投下後、広島の町を主人公たちが彷徨い歩く話だが、読みながらつくづく半年前の震災と、現在進行中の原発事故のことを思い出した。我々の社会は広島から何も学ばなかった、只ひたすら過去を忘却する事に励んできた、ということがよく判る。
語りえない体験を語ること。嘗てランズマンがスピルバーグの「シンドラーのリスト」を批判したことがある。つまり「出来事を物語化してしまった」ということである。これに対置して、ランズマンが示したのは証言集からなる「ショアー」である。彼がその後シオニズムに傾斜していったことはここでは触れない。ただ、狭義の「物語化」によって見えてくる境地と言うものもあるのではないか、と私は思う。「シンドラー」の評価はまた別としても。
新藤兼人は原爆投下の瞬間を二時間の映画にしたいと語っていた。是非とも実現して欲しかったが、現状年齢的に困難であるのが悔やまれる。すぐれた原爆映画の制作を阻んできたのは誰なのか。ほかならぬ我々の社会である。資本の論理を優先させた事による、昨今の映画文化の劣化振りは凄まじい。

さて、我々の社会は原爆と向き合ってこなかった。物語られた出来事は「自分たちは被害者である」ということを示すための都合のよい証言として利用された。この度の原発事故は明らかに人災だが、これすらも重要な事はすべて忘却し、政治的に利用していくのだろうか。昨今の野田政権の動向はその方向にはっきり舵を取っている様に思われる。

夏の花 (集英社文庫)夏の花 (集英社文庫)
(1993/05/20)
原 民喜

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Occupyにまつわる様々な事柄
Occupyの活動が、イタリアでは暴動に発展したという。元々ベルルスコーニ体制で多くの火種を抱えていた国だから、きっかけがあれば暴発するのは不思議な事ではない。私は短絡的な暴力主義にはくみしないが、徒らに小馬鹿にする立場は取りたくないと思う。まずはイタリア社会の抱えている困難を考えていきたい。
私たちの社会には、「非暴力」に対する無前提な信頼があるが、この「非暴力」が支配階級の安寧秩序維持の道具でもある、と言う事をもう少し認識したほうがいいと思う。暴力と如何に向き合うべきか。これが今日の私たちの課題でもある。


以前、次のような事を記した事がある。
≪もしもアメリカがまた戦争をおっ始めたとして、ウォール街を占拠している人たちがそれを支持したとしたら、「ふざけるな」って話だ。彼らがその点を充分自覚してくれればいいのだが。アメリカの戦争はまさにグローバル資本主義の最悪の到達点だし。≫
今もその気持ちは変わっていない。太田昌国が「米国の場合、99%にはアフガニスタン・イラク攻撃への支持者がいっぱい。日本の場合、日米安保も沖縄に集中する基地も肯定する者が大勢」と記していたが、同意する。だからこそ、Occupy Tokyo新宿の格差・排外主義反対行動で、多くのテーマを一連の共通課題として取り上げた意義は大きかったと思う。

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出口なき<辺境>
井上光晴「階級」の感想を記す。
例のごとく、辺境の炭鉱跡が舞台。複数の直接関係のないストーリーが平行して進んでいくという、いつもの形式を踏襲している。荒廃したスラム的な世界に住み続ける下層階級の人々を描き、社会の暗部を抉り出すと言う事だが、少々異常趣味に偏りすぎていないか。
いつものごとく、やたら猜疑心の強い偏執狂的な登場人物が多く登場するが、小説的な広がりは乏しい。ひたすら息苦しさだけが感ぜられる。終盤になって少し盛り上がりが見えてくるが、すべての事件が未解決のまま、これまたいつも通り尻切れトンボで幕を閉じる。ラストは主人公の一人が理不尽な言いがかりから監禁され、わけもわからず密殺されようとする場面。
この小説が刊行されたのは68年、直後には代表作の「心優しき叛逆者たち」の連載が始まることから、井上が作家としての円熟期を迎えた頃と判断される。だが、方法論的な疑問は別としても、もう少し劇的な広がりを持たせて欲しかったと思う。

henkyo

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「占拠」動画編
今日の動画。
色々な情報を総合すると、新宿の行動に参加して正解だったのかもしれない。


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地に呪われたる者
オキュパイ・東京。新宿のデモに参加。だいぶ時間があったので、模索舎でデモに使えそうなグッズがないかチェック。うーん、イマイチだな。経営がヤバイのは知っているので何か買って行きたいが、パレスチナの旗はちょっと手が出ないし・・・。今日は断念。
で、例によって早めに現地(柏木公園)に向かう。迷子になることもなく、あっさり到着。時間にはまだ早すぎるが、カマボコ(機動隊車両)は出ていた。無論、公園の周りは公安がズラリ。
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集会では、園良太や山谷支援活動のなすびが力強くアピールしていた。勿論、雨宮処凛もいる。山本夜羽音がいるのはいつも通り。小熊英二の顔もちらほら見えたな。
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園、なすびの二人は「インパクション」の座談会で、左翼が運動から排除されている実態について語っていた。このブログでも紹介したが、つまり日の丸に象徴されるように、どんどん運動が右側のロジックに絡め取られてしまっている、「国土を守れ」では重要な課題が提起できず、差別の問題や、国際連帯などの大切な事柄がどんどん抜け落ちてしまう、というもの。
あの後このテーマが私の頭にずっと引っ掛かっていて、悩みの種になっていた。座談会を読んだ直後は微妙な感想を覚えたが、実際色々調べてみると、左翼悪玉説のようなものが平気でまかり通っていたりするのだ。
「多くのテーマが根底で繋がっている」というのはその通り。一口に言ってしまえば資本主義の悪ということなのだが、今回各国で起きている「占拠」行動はそれが一気に噴出したと言えるだろう。
さて、デモのほうだが、昔ながらのデモのスタイルで、反差別、反格差、国際連帯を強く打ち出したものとなった。だが、活気がまるで違う。園のキャラクターがぐいぐい全体の雰囲気を引っ張っていく。流石だ。権力が警戒するわけだ。
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コースは新宿の西口前をぐるりと周回し、ガード下をくぐって靖国通りに出、途中左折して職安通りから戻って来るというもの。シュプレヒコールが熱く響き渡るが、皆、楽しんでデモを行っている。
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前の方ではパレスチナ国旗が翻る。パレスチナはそれ自体、既に国際連帯の象徴的な存在となっているのかもしれない。
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外国の記者が多いためか、警察も手を出すことなく逮捕者ゼロの行動をかち取った。いつもこんな感じでいけばいいのだがなあ。
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斎藤憐の死
山口 斎藤憐さんが書いたホンで、蔵原惟繕さんが撮ったのもオモシロかったね。(略)
柏原 あー、「別件逮捕」。オマワリに疑われて追い詰められて、だんだん罪を重ねていくんですよ。何かしでかすたびに罪名がテロップで出てね。”銃器不法所持”とか(笑)。あれ、良かったですよ。
山口 最後は城西署に銃を持って乗り込んで(笑)
(山口剛×柏原寛司「日本のハードボイルドを訪ねて」 「映画時代」所収)


上記は「大都会」シリーズを巡る思い出話であるが、その斎藤憐が亡くなった。
私は刑事ドラマが嫌いなのだが、こういう変化球型のストーリーは大好きだ。今では中々作れないのではないか。背景には警察からの直接の圧力の他、製作者の意識の変化もあると思う。「公権力(特に警察)は正しいのだから、大人しく言う事を聞くのは当然」という道徳律が蔓延しているのではないか。警察のクレームに対し、ハイハイと言いながら完全にスルーし続けた鈴木則文のような人が、中々活躍できないというのは情けない限りである。
斎藤憐もとにかく刑事が嫌いだったらしいが、こういう気概をドラマ制作の現場に取り戻してほしいと思う。

何だか明日は色々取り組みがあるらしい。どうしようかな。



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瓶詰めの太陽
東京・世田谷区の区道の一部から高い放射線量が検出されたことを受けて、世田谷区が専門の業者に委託して隣接する住宅を調べた結果、家の床下に置かれていた段ボール箱の中にあった瓶から極めて高い放射線量が検出されたということです。世田谷区は周辺の高い放射線量は原発事故ではなく、この瓶の中の物質が原因だった可能性があるとして、さらに詳しく調べています。(NHKニュース)
床下の瓶から放射線。原爆でも作っていたのか。それじゃ、まるで長谷川和彦監督の「太陽を盗んだ男」だよ。率直に言って、何が何だかわけが判らない話だ。続報に注目したい。

井上光晴著「階級」読了。この小説、途中まで話が中々進まず苦労する。昔、この人の本を大分買い込んだ事があり、読みきれないまま放置されたものが溜まっている。面白かったのは「心優しき叛逆者たち」「未青年」「プロレタリアートの旋律」「紙咲道生少年の記録」あたりか。勿論「書かれざる一章」を忘れるわけにはいかない。あ、「胸の木槌にしたがえ」も良かったな。何だ、結構好きな作品は多いようだ。
感想は少し頭の中の整理がついてから。

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そこから振り落とされる人たちの眼差しについて
昨日の続き:「合州国はすでにして占領地(being occupied)である。ここは先住民族の土地なのだ」というジェシカ・イェーの提言について。(詳細はhttp://rabble.ca/columnists/2011/10/occupy-wall-street-game-colonialism-and-left または太田昌国のブログhttp://www.jca.apc.org/gendai_blog/wordpress/?p=211
この提言には反論が多く寄せられているが、どうもうまく噛み合っていないような気がする。

資本主義を打倒すれば先住民への差別も解消される、というのは言うまでもなく「ユダヤ人問題」でのマルクスの論法の焼き直しである。これまでの様々な解放闘争の中で、この論法は援用されてきた。しかし残念ながら、その結果は白人側からの身勝手な善意(誠実なのだが)や、一方的な正義の押し付けに終始するなど、およそ解放とは程遠いものとなっていった。つまり、そこに対話が作られていなかったのだ。イェーの不信感はここに由来するものではないか。これまで多くの運動があったが、いつも自分たちは置き去りにされてきた、という感情が。
となると、「決めつけが多い」など、彼女の論の弱点をあげつらっても意味がない。また、運動における国家主義的(つまり白人流)な言辞というものも実際あるのだろう。古いテーマのようでいて、未だ乗り越えられていない課題である。そして、これは日本に住む私たちの運動にも、アナロジカルに共通する課題といえないか、一度検証してみる必要があるかもしれない。
勿論、これらは運動を続けていく中で乗り越えるべき課題である。

尚、今日10/12はコロンブスのアメリカ到達の日であるという。今日のグローバル資本主義の流れを考える上でも決定的な事件である事はいうまでもない。

重い話になったので、フラ語版「人民の意志」

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原発ゲバゲバ
足立正生が原発ドキュメンタリーを制作しているのは知られて・・・いないか。とにかく制作に入っているのですよ。
で、「足立がやるなら俺もやる」と思ったかどうか知らないが、引き続き、若松孝二が「風が吹くとき」を下敷きに原発映画を監督するらしい。こちらのクランクインは来年からの予定で、少し先の話になる。だが、実は今から3週間後に「千年の愉楽」のクランクインが控えているという。この馬力はどこから来るのか。
来年公開予定の三島映画は少し不安な気がする。「右も左もない」という物言いには異を唱えたいと思うし、結果次第では容赦なくコキ下ろすつもりだ。「性輪廻 死にたい女」はアッケラカンとして面白かったが・・・。もう一つの来年公開予定作品「海燕ホテル・ブルー」の方は、原作がイマイチだし・・・。微妙な所だ。

ウォール街占拠の件で、興味深い提言がなされている。すなわち、「合州国はすでにして占領地である。ここは先住民族の土地なのだ」というもの。これは決して敵対的な批判ではない。むしろ学ぶべき点が大いにあると思うが、長くなりそうなので、後程まとめる事にしたい。

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大地のうた
昨日の「怒りのドラムデモ」の報告。
迷子になる時間を換算して、少々早めに集合地点に向かう。移動中、太田昌国の評論集(ゲバラ本ではない)を読み直し、自分の立ち位置について考える。
恵比寿公園に着くが、まだ時間が早いため、あまり人は来ていない。どの程度集まるか少し不安になるが、時間が経つにつれ、徐々に人が集まって来た。誰もが、ドラム、タンバリン、木魚、フライパン、等々、皆それぞれ様々な楽器を手にしている。意外と鍋やフライパンが大きな音を発していた。中々強力な「武器」だ。
ikaridemo01

ikaridemo02
デモ開始早々、飛び入りしてきた人がいた。よくよく見たら山本夜羽音だ。今日は姿が見えなかったので、おやと思っていたが。それにしても、行く先々でよく顔を合わせるものだ。
デモ自体はシュプレヒコールの一切ない、変則的な形式。皆、ひたすら楽器をやかましく鳴らし続け、明治通りを北上する。私は、途中で購入した鈴を振り回していた。意外とこれがなかなかいい。

ikaridemo03
相当な大音量のはずだが、中にいるうちに感覚が麻痺してくる。異様な熱気に包まれ、地鳴りのような響きとなってあたりに轟き渡る。何か大地の怒りのようなものが沸き起こってきたような感覚を受ける。
音のリズムが「Occupy Wall Street!」に聞こえてきた。間違ってはいないはずだ。「Occupy Shibuya!」「Occupy Tokyo!」でいこう。「Occupy Toden!」というのもありじゃないか。

ikaridemo04
渋谷に近づくにつれて日が暮れてきた。沿道では耳を塞ぐ人が多い。綺麗事は言わない。とにかくここは騒ぎ続けよう。例によって渋谷を大きくぐるりと回っていくコースを辿り、デモは解散となる。皆、興奮冷めやらず、中々楽器の音が収まらない。今回、警官の存在はあまり気にならなかった。向こうも規模が読めなかったようだ。これが万単位まで膨れ上がるとまた話が違ってくるのだろう。とにかく、実にいいデモだったと思う。

ikaridemo05

ikaridemo00


デモの模様は朝日新聞朝刊にも取り上げられていた。ウォール街占拠と同様、もはや無視できない存在になったということか。

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チェ・ゲバラが殺された日に―
今日、10/9はボリビアでチェ・ゲバラが銃殺された日。よって、ゲバラTシャツを着用し、「怒りのドラムデモ」に参上する。
とはいえ、ゲバラ本人に左程思い入れはない。正確に言うと、思い入れなくてはならないと四苦八苦し、結局心情的にのめり込むには至らなかったというのが実情である。知識だけは必死に詰め込んだのではあるが。
どうも中南米は私には合わないらしく、カストロ文献を含む政治評論や、文学作品などにそれなりにアプローチはしてきたが、なにがギクシャクする。嘗てロシア文学にのめり込んだようにはいかない。私自身の身体性によるものだろうか。結局、中南米文学ブームにも乗る事は出来なかった。

「怒りのドラムデモ」については明日まとめる事にする。さすがに今日は疲れた。でも、中々楽しかったぞ。

「ゲバラを脱神話化する」「ゲバラを脱神話化する」
(2000/08)
太田 昌国

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魑魅魍魎展
お世話になっている方が、京都で個展を開催している。(悪)夢幻の世界へ一度、身を任せてみては如何。尤も、あの狂気の暴走府議会がある限り、今後京都での開催は微妙になりそうだが・・・

魑魅魍魎展  大庭 敏
10月7日(金)〜10月16日(日)
13:00-20:00(初日 15:00-20:00 最終日 13:00-18:00)

脳ミソに巣食うイメージ(魑魅魍魎)を開放する試み。
http://factorykyotospace.web.fc2.com/index.html


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憂鬱なる無党派
昨日の続き。「創」の件。

まず、森達也については色々語る機会があると思うので、その際に譲りたい。ただ、彼は映画の仕事に戻ってほしいと思う。「A」「A2」は力のある傑作だった。

見沢知廉については何の知識もないので割愛。学生時代、私の周辺でも知っている人は殆どいなかった筈である。ただ、大浦信行の「日本心中」は続編共にすばらしい傑作だったことを申し添えておこう。

ゴビンダ裁判については、ずっと過去に支援集会に出向いた事もあり、成り行きが気になる。無罪判決を勝ち取ってほしいと思う。

原発問題については今西憲之の写真を見てしまうと、もはや絶句するしかない。それにしても、石破茂は西尾幹二以下だな。下には下があるということが。
ところで、反原発運動で、このところ左翼悪玉神話のようなものが台頭していると思う。
左翼のバカさ加減については私も百も承知だが、実体と関係ないところでバッシングが起きている。「何もかも左翼が全部悪かった」等、事実と異なった形で運動の歴史が伝えられてしまう、そういった危うさを感じる。そもそも右翼って、そんなに偉かったのか?
「あいつらはバカだから駄目だったんだ。俺たちは同じことにはならない」などと得意になっていると、幾らでも同じ事を繰り返すだろう。そもそもその種の発想法はポストモダン左翼に幾らでも見られた筈である。現在の反原発運動には潰れて欲しくないと思うので、尚更気掛かりである。

創 (つくる) 2011年 11月号 [雑誌]創 (つくる) 2011年 11月号 [雑誌]
(2011/10/07)
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「独裁政権は文学を敵視する」
「週刊金曜日」「創」「紙の爆弾」を買う。
「紙爆」は最近買っていないのだが、素人の乱のデモについての記事があったので購入。警察は毎回のように1万人を越える大規模な動員を記録するデモに危機感を覚えたのではないか、との事。影響力の大きいものから潰しにかかっていくというやり口だ。実際、規模の小さいデモや、海外の目がうるさそうなデモ(9.19など)には弾圧は(露骨には)強くない。

週刊金曜日は「原発事故を招いた裁判官の罪」という特集だが、やはり読み応えがあるのは井戸健一元裁判官のインタビューだろう。何故裁判官が原発推進判決に傾いてしまうのか、そのロジックをよく解説している。つまり、専門家の権威に押し切られてしまうということだ。専門知識で圧倒されてしまうと、なかなかこれを否定するのが難しくなる。だからといって、別に裁判官達を免責するつもりはないが、敵の手ごわさを知る思いだった。
バルガス・リョサのインタビューは意外と面白い。この人の政治発言は新自由主義的でつまらないのだが、文学のフィルターを通すと非常に鋭い洞察を見せてくれる。作品を成立させようとすれば、当然立体的な視点が必要になる。作品には当然、作者と異なる見解を持った登場人物も現れる。良い小説を創ろうとすれば、そうした登場人物の人間像をも掘り下げていかなくてはならない。視点が多角的になる所以である。

「創」の話はまた後日・・・

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残念な評伝
コリン・ウィルソン「現代の魔術師―クローリー伝」読了。
アレイスター・クローリーの評伝だが、長々しいゴシップ記事を読んだのと読後感があまり変わらない。
人間洞察も浅薄だし、資料的な部分もどの程度正確か疑わしい。コリン・ウィルソンの資料分析がきわめて杜撰なのは、大著「オカルト」を例にとってもよく知られている事である。
人間論としては、当て嵌め式の道徳的断罪ばかりが目立ち、お世辞にも出来がいいとは言えない。文学、登山、チェス、射撃など、折角、ユニークな素材がたくさん転がっているのに、この程度のものしか出来なかったのかと思うと実に残念である。
クローリーのような突飛な人を扱う場合、寧ろ実証主義的な考察を精緻に行った方が面白いものが出来ると思う。彼の生きた二十世紀初頭の時代性の中に位置づけ直すのだ。そうすると、「時代の子」としてのクローリーの別の顔が見えてくると思う。
そもそも奇人変人扱いされる人間の多くは、その時代のひとつの側面を典型的に表していたりするものである。ノストラダムスしかり、サド侯爵しかり、である。そこを見据えた上で、今日的な再評価なり、古典としての位置づけなりがなされるべきだろう。
ウィルソンによる評伝は、いわば一種の異常趣味に偏りすぎたといえる。結局自分の主張のダシにしただけなのではないか。とにかく残念な本だった。

gendainomajutsu

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第二の敗戦
「図書新聞」に豊田直巳のインタビューが掲載されていた。
彼を最後に見かけたのはイラク戦争の反戦デモのときだったろうか。
この人に会ったことのある人はお分かりと思うが、火の出るような熱血親父だ。今回も震災の直前までチェルノブイリで取材を行い、震災の翌日には広河隆一達と共に福島に向かっていたという。相変わらず、凄いフットワークだ。
豊田は今回の事故を自分にとっての「第二の敗戦」としている。第一の敗戦はイラク戦争を止められなかった事である。これら両者を止められなかったことは、確かに私達にとっても敗北に違いない。そして彼は、イラクの大量破壊兵器という話は嘘だったし、今回も安全神話という嘘が長い事語られていた、一体何だったんだ、と述懐している。
権力者達のグロテスクな情報操作が背景にあるということでも、両者は一致している。露呈されたのは、まさに公権力のむき出しの姿だろう。
「奪われたのは健康だけじゃない。原発震災で一体何が失われていったのか」その事を記録していく、とインタビューは結ばれている。だが、「責任をはっきりさせようとすれば、自分の責任も問わなければならない」という指摘は胸にこたえた。このことを私達はもっとよく考える必要がある。

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のわーる

Author:のわーる
首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
たまに衝動的におかしな絵を描いたりもする。
尚、この「のわーる」という名前は同名の素晴らしいアニメ作品とは直接関係は無く、サド侯爵の登場人物の名に由来するものである。



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