時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
「映画は弱者の味方であるべきだ」
エジプト情勢は今も混沌としている模様。アルジャジーラのリポーターもパクられたらしい。
アラブ圏でこうした動きがあると、往年の名作映画、「アルジェの闘い」を思い出す。あれはフランスの植民地支配との闘いだったが。

「映画芸術」最新号を購入。読むべき記事が殆どない。この雑誌、ここ一年ほどずっとそうだ。「冷たい熱帯魚」を吊るし上げる座談会では、瀬々敬久だけが作品に対し、生産的なアプローチを試みていた。後はゴチャゴチャ難癖をつけているようにしか見えない。道徳屋の真似をしてどうする。どこかの知事じゃあるまいし。
後は武井昭夫関連の記事。私は武井については知識が無い。花田清輝や吉本隆明の著作に名前が上がっていたかな、という程度である。ということは埴谷雄高の著作にも登場する筈だが、あまり記憶に無い。
確か吉本・花田論争のきっかけには武井も絡んでいたはずである。
その花田を交えた古い座談会が再録されているが、花田はやはり読み物の方が面白い。彼は基本的に戯作派の物書きなのだ。独特の曲がりくねった文体がもたらす、文章の快楽がそこにある。物々しい書き出しで、延々と冗談ばかり書き連ねていることもしばしばあり、読みながらニヤリとしたものだった。
ついでだが、「荒野の決闘」のヴィクター・マチュアーが彼に瓜二つで、仲間内でも盛り上がっていたらしい。確かにぎょっとするほどよく似ている。
「映芸」の話に戻ろう。いいところが無いわけではない。荒井晴彦の編集後記では「映画は弱者の味方であるべきだ」という文句が掲げられている。これ、荒井が常日頃主張していることであるが、やはり忘れてはいけないなと思う。元は鈴木則文の言葉だと思われるが。
尤も、弱者の定義にも議論があるだろう。少なくとも「マンガ被害者」なる、全くわけの判らない概念を発明するような徒輩は絶対許すべきではない。

映画芸術 2011年 02月号 [雑誌]映画芸術 2011年 02月号 [雑誌]
(2011/01/29)
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カイロは燃えているか
東京高裁で「日の丸・君が代通達」合憲判決が下された。
この判決の裏には、「東京都の決めた事柄は全て合憲とみなす」という意思表示があると思う。「裁判所が行政とべったりなのは、何も今始まったことではない。判りきった事だ」と言われるかもしれない。
だが、昨今こうした傾向が、著しく急激に進んでいるような気がしてならない。
特に、青少年条例に反対している人には、少なくとも高裁は行政と一体であるという事実を認識してほしい。マンガ表現の自由をめぐり、違憲判決を期待することは非常に困難であり、決して楽観視は出来ないということだ。甘く見ていたら、跡形も無く潰されてしまうだろう。

エジプト情勢、詳しくは判らないが、途轍もないことになっている模様。この国が政治ニュースの主役になるのは珍しい。もしかすると、中東戦争の時以来かもしれない。
にわか仕込みの知識では理解できない部分も多い。当分このニュースからは目が離せなくなりそうだ。


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<鏡>としての神話
特に書くことも無いので、先日観た、「神々の深き欲望」(監督:今村昌平 脚本:今村昌平・長谷部慶次)の感想を記しておこう。私にこの大作のモチーフが正確に把捉しえたかどうか自信が無いが、私なりの印象を拙いながらも記しておきたい。

多くの人が指摘するように、ここには神話的な世界が活写されている(インセスト・タブー、シーシュポス的苦役、マレビト信仰等)。だが、決して後味のよい話ではない。私達は、神話とはグロテスクなものであることを忘れてはならない。
私はこの作品を、神話として昇華された物語世界を、土俗的な次元に還元する試みとして理解する。つまり、神話の背景に隠されたものを探るわけである。
一口に言えばこの物語の骨子は、閉鎖的なムラ社会において、いじめが嵩じて集団狂気に陥り、殺人に至る過程である。社会が存在する以上、そこには必ず「はみ出し者」が存在する。閉鎖的な社会はそうした異分子を抹殺し、それによって秩序を回復しようとする。いわば、小規模の全体主義構造であり、現代の私達の姿も、決してこれと無縁ではない。つまり、ここに描かれる世界は、我々の社会の写し鏡である。
やがて、歳月は流れ、島の事件は伝承として人々に語り継がれるようになる。嘗てのリンチ殺人は、新しいカミが古いカミに敗れる姿として表象されるだろう。これは「カムイ伝 第二部」において、正助への集団リンチが民間伝承として語り継がれることを想起させる。
最後にクラゲ島が文明化していくくだりは、国譲り神話と比較してもよいような気がする。
神話的世界を映し出しながら、同時に何かしら、しこりのようなものを残す、この作品の狙いは案外そこにあるのかもしれない。

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ファシズムの足音が聞こえるので、平岡正明の話をしよう。
仕事帰り、歯医者に行く。ここ数ヶ月、勤務時間のシフトが大幅に変更になったせいか、一日が過ぎるのが実に早い。油断すると、すぐ夜中になってしまう。これは辛いことだ。
「同時代批評 特集:平岡正明という思想」を購入。岡庭昇などはどうでもいいのだが、足立正生が寄稿しているし、平岡本人のエッセイも数本収められているので、購入。
私は平岡の八方破れの文体になかなか馴染めず、どうしても好きになれなかった。筒井康隆や澁澤龍彦の周辺で文章を寄せていたのは知っていたが、どちらかというと敬遠、反撥があったと思う。政治思想面で、吉本隆明から「三馬鹿大将」(他、太田竜、竹中労)と命名された影響もあったかもしれない。「犯罪者同盟」という物々しい名称を知ったのはずっと後だが、何故かこの時はあまり驚きは感じなかった。
まともに向き合うようになったのは、晩年の「若松プロ 夜の三銃士」からである。ある程度歳をくったせいか、「こういうのもありだよな」と思うようになり、そのスタイル(文体)が、落語に多くを負っていることも理解するようになった。その後、「チャーリー・パーカーの芸術」「あらゆる犯罪は革命的である」「美空ひばりの芸術」等を読み、彼の独特の世界観に馴染むようになっていった。「これは幾らなんでも買い被りじゃないか」と思うときも往々にしてあるのだが、概して、その読書体験は愉快なものだったといえる。
彼の訃報に接したのはそんな最中だった。「いい人は早く死ぬんだな」と若松孝二が呟いたという。少なくともまたひとつ、つまらない世の中になったことは確かだ。

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ベストセラー考
仕事帰り、本屋に立ち寄る。あった、あった。「逮捕されるまで」(市橋達也著)。昨日も記したが工夫が無いな、この題名。「現代性犯罪 ある容疑者の告白」・・・こりゃもっとまずい、昔の映画の題名だ。
立ち読みでパラパラと数ページ目を通す。逃げ出してからの事実関係が淡々と述べられているが、特別深い洞察が見られるわけではない。時折見せる、反省めいた口ぶりにはあまり関心を惹かれなかった。尤も、反省の弁など誰が言っても紋切り型にしかならないのだろうし、これは著者の人格の問題とは関係が無いと思われる。また私自身、「反省」という点にあまり関心が無いのも事実だ。
若松孝二に「17才の風景」という映画がある。母親を金属バットで殺害した主人公が、ただひたすら自転車で逃げていく話で、若松は犯罪の原因よりも「逃げていく少年はどんな気持ちだったのか」に最も関心を惹かれたという。市橋の本にもそれと同じことが言えるかもしれない。
いずれにせよ、慌てて購入するほどではないと思えた。図書館に入れてくれるかどうかは微妙だが、読みたければブックオフで充分だろう。

帰宅後、読みかけたまま放ったらかしになっていた珍太郎小説「火の島」を少し読む。300ページくらい読んところで飽きてきたため、放置したのだが、無駄に長くないか、これ。
こちらは大抵の図書館には置いてある筈なので、読みたければそちらを活用すれば充分だろう。

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あらゆる犯罪は革命的たり得るか~今日の犯罪をめぐる言説について
市橋達也の手記が刊行された。別に幻冬舎に異を唱えるつもりは毛頭ない。
金子ふみ子から大道寺将司、重信房子にいたる政治犯の系譜は別としても、私達は既に、永山則夫や宮崎勤の手記を目にしている。題名にセンスが無いというのはとりあえず措く。
今日、書店を訪れる機会があったにもかかわらず、この本を手にすることはなかった。色々他の事を考えていて、関連書籍のコーナーに行くことが無かったから、つまり完全に忘れていたからである。無論、私達は死刑囚の手記からさえも、何かしらの啓発を受けることはあり得る。よって、ハナから馬鹿にしてかかるつもりは無い。
ネット上では著者と出版社への非難の声がかまびすしいが、今更しゃちほこばって、モラリストの振りをするのもどうかと思う。異論を許さない同調圧力の強さに、薄気味悪いものを感じるのは私だけだろうか。
そう考えると、平岡正明が既に亡くなっている事が残念でならない。彼だったら、人をくったような独自の犯罪哲学と、革命論を展開して見せただろうと思う。こういうムチャな人も、最近は少なくなった。

あらゆる犯罪は革命的である (1972年)あらゆる犯罪は革命的である (1972年)
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平岡 正明

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B級アクションに軍配を上げよう
先日、「デモリションマン」(監督:マルコ・ブランビラ)を観た。高橋ヨシキの都条例批判文に触発されたのが理由である。
内容そのものはどうってことはない。ただ、健全化政策の完成された、オママゴト社会を描いた作品としては興味深い(登場人物に「ハックスリー」という名が冠せられている)。昨今、「健全育成」とやらをかしましく主張する連中の理想社会とは、このレベルの代物でしかないことは疑い無い。つまり、B級映画の想像力にさえ及ばないということだ。
勿論、優れた近未来SFには、幾度と無く「健全化」された悪夢社会が描かれており、こちらの方がクオリティも遥かに高いのは事実だ。だが、スタローンのアクション映画でさえも批判できてしまう愚策が、議会を平気で通過してしまっているのが日本の現状である。このことに私たちはもっと思いを致すべきだろう。

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「青少年は健全に育成するな!」
「映画秘宝」3月号に掲載された、高橋ヨシキの都条例批判。見開き2ページで、よく纏まっているので、是非とも目を通していただきたい。
大まかに内容を要約すると、以下の通りである。

「犯罪的なことをフィクションでやるな」とすれば、全ての表現は死滅する。
そもそも、発生しうる「悪しき可能性」を摘み取ることなど不可能である。
我々はむしろ、「ガキを刺激して何が悪い」と開き直るべきである。最低の表現物だって、あってもいい。
万人がよいと思うような表現などありはしない。「サウンド・オブ・ミュージック」で吐く人間さえいるのだから。
規制論者の言う「健全化」とは一体何だろうか。それは、理想の型に嵌めたがることであり、「俺の言うとおりの人間になれ」ということだ。物を考えずに大人しく言うことを聞く人間。権力は、我々に子供のままでいて欲しいのだ。
今回の動きは、そんな権力側と、水戸黄門的パターナリズムを渇望する、一部の市民が結託して行われたものである。「デモリションマン」のような、童貞と処女のジジババがお子ちゃま音楽を聴いているような世界がそんなに魅力的なのか?
権力の介入は最小限度にするべきであり、もっといえば権力そのものが最小限度でいい筈だろう。


委曲を尽くしていて、申し分ない。特に、「権力が、私達を子供のままにしようとしている」とは、重要な指摘である。「ザ・コーヴ」の時もそうだったが、「秘宝」はここぞという時に良質な記事をぶつけてくる。心意気を評価したい。
それにしても、当事者であるマンガ出版社の動きが恐ろしく鈍い。多くの読者は、本気で闘う出版社を応援したいと思っているので、自覚して欲しいと思う。

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ヒットガールがNYを駈ける
献血をする。400CCを採血。終わった後、映画「キック・アス」(監督・脚本:マシュー・ヴォーン)を観る。アクション映画としては途轍もない、胸のすくような快作。
実質的な主役(というか、萌えキャラ?)を演ずるクロエ・モレッツは、ファリック・ガールの王道を行く大活躍をする。薙刀、ナイフ、拳銃等、男性(器)的シンボルにも事欠かない。この手の映画は、格闘シーンの魅力を如何に引き出すかが勝負どころだ。クロエが「地下鉄のザジ」並の猥語を連発するのも小気味いい。
マンガの実写化とはいえ、日本のマンガとは性格が大分違うので、一概には比較できないだろう。そういえば、望月三起也の「新ワイルド7」と同じシーンがあったのだが、意識したのだろうか?気になるところではある。

帰り道、雨に降られ、自転車で全力疾走・・・のつもりが、やはり血が足りないせいか、すぐにバテる。並みの疲弊感ではない。死ぬかと思った。
昨日観た「神々の深き欲望」「デモリションマン」(何だこの組み合わせ)の感想を記そうかと思ったが、後日にまわそう。


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規律正しき恐怖世界
<性犯罪前歴者にGPS>

宮城県で構想されている条例案である。
メーガン法の猿真似で、ヨコのものをタテに並べ替えただけの代物。治安維持法の予防拘禁と同じロジックであることは言うまでも無い。「外国でやっている」と主張するのだったら、死刑制度の廃止も主張するのが筋だろう。無論、そんなつもりはさらさらあるまい。結局、全部支配の手段を獲得したいだけの口実に過ぎない。
ひとつ、忘れてはならないことがある。社会がある以上、犯罪はゼロにはならないということだ。もし、犯罪がゼロになったらそれは余程変な社会だろう。
「自由度がゼロであれば犯罪は起こらない」というのはザミャーチンが描いた悪夢世界のテーゼである。そして、その後に齎されるのは、社会ではなく、統治権力による人形遊びの世界だろう。
「治安」とは昨今かしましく叫ばれるスローガンだが、その裏に潜んでいる罠に警戒する必要があるだろう。

「犯罪の無い社会は論理的にありえない。悪の存在しない社会とは、すべての構成員が同じ価値観に染まって同じ行動をとる全体主義社会だ。(中略)歴史や文化を貫通する普遍的真理や正しい生き方が存在するという信念自体が危険なのだ」(小坂井敏晶「<正しい世界>との闘い」~「世界」2009.8月号所収)

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<萌え>としての弁才天
先日、萌え寺のことを記したが、その後色々考えているうちに諸星大二郎の「栞と紙魚子」シリーズを思い出した。
お稲荷さんが弁天さんのフィギュアを自作し、宝物にしていたところ、ひと騒動持ち上がるという話。いわば稲荷神がフィギュア萌えするわけである。結果、弁天本人の逆鱗に触れるところとなり、ボコボコに殴られて水をぶっ掛けられた上(弁天は水の神)、大事なフィギュアも取り上げられてしまう。
稲荷神の曰く、「江の島の裸弁天だってフィギュアみたいなものじゃないかあ・・・いいじゃないかあ・・・」まぁ、「みたい」というか、フィギュアそのものだが・・・
あまりのバカバカしさにゲラゲラ笑ったものだが、今度は八王子の了法寺が本当に萌えキャラとして、弁才天を前面に押し出してしまった。何だか妙に愉快だ。

弁才天(辯才天)は本来仏教の尊格で、サンスクリット語ではサラスヴァティー。神道においても神格とされ、七福神の一人として信仰されているのは周知の通り。だんだん神仏習合で何が何だかわからなくなり、江戸時代にはエロ話のネタにまでされている。ま、それはともかく、「あー諸星さん、<弁才天はそもそも萌えキャラだった>という、本質を見抜いていたわけね」と、妙に納得してしまった。

イメージとしては、アメノウズメにまで連なるものといえそうだが、話が大きくなりそうなので差し当たりこの辺までとしておこう。そのうち気が向いたら色々考察してみたい。鶴見俊輔の「アメノウズメ伝」も読み終えたばかりなので。

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タマコロガシがあるそうなので「映芸」と「秘宝」の話をする。
「映画芸術」2010年ベスト・ワーストの発表。
相変わらずというか予想通りの展開で、特に驚くような要素は無い。それにしても、この雑誌も最近面白みがなくなってきたな。
元々荒井晴彦党とでも言うべき編集体制だったのだが、その党派的なカラーが近年どぎつくなってきたような気がする。荒井は好き嫌いは別として、今でもシャープな発言を見せるのだが、雑誌としての魅力が薄れてきているので、今後購入を考え直そうかと思う。正直、「映画秘宝」の方がずっと面白い。こちらのベストは「キック・アス」「第九地区」「十三人の刺客」、ワーストは「SPACE BATTLESHIP ヤマト」「アリス・イン・ワンダーランド」「座頭市 THE LAST」。「死んでほしい奴グランプリ」はぶっちぎりで石原慎太郎がダントツの首位。
また、高橋ヨシキによる都条例批判も必読だろう。なかなか読み応えがあるので、後日詳しく紹介したい。

「映画訃報」のコーナーを見て、ふと思う。夏さんが亡くなったのは去年だったか・・・もっと前のような気がしたが。

一年くらい前に描いた落書き。
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<映画芸術>
ベストテン
1 ヘヴンズ ストーリー (瀬々敬久監督)
2 堀川中立売 (柴田剛監督)
3 これで、いーのかしら。(井の頭) 怒る西行 (沖島勲監督)
3 パートナーズ (下村優監督)
5 イエローキッド (真利子哲也監督)
6 川の底からこんにちは (石井裕也監督)
6 さんかく (吉田恵輔監督)
8 十三人の刺客 (三池崇史監督)
9 海炭市叙景 (熊切和嘉監督)
9 時をかける少女 (谷口正晃監督)
9 ボーイズ・オン・ザ・ラン (三浦大輔監督)

ワーストテン
1 告白 (中島哲也監督)
2 キャタピラー (若松孝二監督)
3 おとうと (山田洋次監督)
4 インシテミル 7日間のデス・ゲーム (中田秀夫監督)
5 東京島 (篠崎誠監督)
6 座頭市 THE LAST (阪本順治監督)
6 シュアリー・サムデイ (小栗旬監督)
8 SPACE BATTLESHIP ヤマト (山崎貴監督)
9 踊る大捜査線THE MOVIE 3 ヤツらを解放せよ! (本広克行監督)
9 ソラニン (三木孝浩監督)

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二つの映画~あるいは歴史と物語について
「三丁目の夕日」の続編が3Dで製作されるらしい。シリーズとしては3作目ということになる。
私には、何故昭和が美しく回顧されるのか判らない。個人的には昭和が何か特別な時代だったという実感は無いし、「昭和の香り」などという概念は全く理解できない。データをとっても、公害、格差、治安状況等、碌なものではなかった筈である。ましな点といえば、今のような監視システムが存在しないことくらいだろうか。
ところで、同じ時代を若松孝二が描こうとしている。こちらは山口二矢、永山則夫、金嬉老、三島由紀夫を扱いながら、60年代史を纏めるらしい。

人が歴史を語るとき、それは必然的に語る側の作為が働くものである。クーデターを「改新」として美化したり、過去の政権をことさら悪し様に言い募るときはその典型である。よって、古い歴史書に「暴君」が登場するときなどは、我々は慎重な検討を迫られる。

「敗者は映像を持たない」(大島渚)。そして、歴史はいつも勝者によって簒奪されてきた。勝った者が正しい、というわけだ。勝者たちは、おのれの政策に相応しい歴史を捏造する。
例えば「古き良き栄光の時代」なるものを作り出し、復古主義を唱えだす。堕落した現代に活を入れよ、と強権主義を振りかざす。こうして歴史とは支配者の道具と化していく。

歴史を物語化するな、と言う人がいる。だが、我々は、何らかの約束事(物語)の中を生きている。歴史と物語。フランス語では、両者はいずれも「イストワール=histoire」という単語で記される。物語化は、我々にとっていわば宿命なのだ。
そもそも、如何に我々が拒絶しようとも、支配者は自分の作った物語を流布させる。それがどれ程陳腐であろうと、やった方が勝ち、として正当化されるものである。
ならば我々に必要なのは、自らの手で誠実に歴史を描き出す作業ではないか。それは地道な検証作業であり、途方もない労力を強いるものだが、歴史家に求められるのはそこである。

映画の話に戻る。いうまでも無く、映画は歴史学の講義ではない。だが、映画が歴史を扱うとき、製作者がその時代に対しどのように向き合うか、その意思が問われるものである。
「三丁目の夕日」と若松の60年代史。この二本の映画がどのような姿で我々の前に現れるか、実に興味深いところである。

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「不快なもの」を禁止してはならない。
1/14の「週刊金曜日」の投書欄に都条例の記事が二件あり。一件は、「規制は公権力による、精神活動への支配を意味する、許されるものではない」というもので、もう一件は、「条例には反対だがポルノ規制はどんどん進めるべき」という主張。後者は内容も支離滅裂で、お話にならない。
大体、戦地で強姦事件が起こるのは戦争のせいである。ポルノのせいではないだろう。何だかなぁ・・・読んでいて気分が悪くなった。
尚、本号には「萌え寺」こと了法寺のほのぼのした記事もあるので、口直しには丁度いい。

そういえば、「人体の不思議展」で精神的苦痛を受けた、と提訴した人がいた。この展示には各方面から問題性が指摘されており、私も取り立てて擁護するつもりは無い。
ただ、「展示が行われているから精神的苦痛を受けた」というロジックはいただけない。或る種のポルノ規制論にも言えることだが、これでは「郵便ポストがあるせいで精神的苦痛を受けた」という理屈も成り立ってしまう。
生命倫理上問題があるというならば、その主張をストレートにぶつけて欲しかったと思う。

週刊金曜日 2011年 1/14号 [雑誌]週刊金曜日 2011年 1/14号 [雑誌]
(2011/01/14)
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収穫
そういえば、昨日ネズミが掛かってた。グロ…



赤塚マンガの印象
何の気まぐれか、赤塚不二夫のことを書いてみたくなった。

私は、赤塚不二夫のよい読者ではない。幼少時、アニメの「元祖天才バカボン」を夢中になって観ていたが、原作の「天才バカボン」は、変に前衛的な実験マンガの作風に傾斜していったので、ついていけなかった。
その後、「コロコロコミック」に連載された「チビドン」や「花の菊千代」は読んでいたが、左程好きな部類には属さなかったように思う。
これらの作品には、人間性に潜むグロテスクな悪意が恐ろしく徹底的に描かれていたからだ。
主人公達がイジメ倒されたり、要領のいい連中に巧妙にハメられていく(逆のケースも多い)様子は、子供心に辛かった。洞察として鋭いことは認めるが、この手のブラックユーモアは、今読んでもかなりキツいのではないだろうか。
ただ、嫌だなあと思いながらも、目が離せなかったことは事実であり、これらの作品体験は大事にしたい。特に、ニャロメが大金持ちの菊千代に復讐する話はとても痛快だった。子供は子供なりに、作品の本質を理解しているものである。「子供に健全な作品を」などというのは余計なお世話である。

赤塚作品のどぎつい社会風刺の背景には、彼自身が大金を騙し取られたり、散々な目にあった経験が横たわっていると思う。人がいいだけに、大変な苦労に晒されてきたのだろう。
マンガを離れても、タモリを育てたり、唐十郎、足立正生、若松孝二といった、異業種の人達に与えた影響は計り知れない。機会があれば、赤塚作品をじっくり読み直そうと思う。

Trotsky

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真実のもたらす苦い味
マリオ・バルガス・リョサ「誰がパロミノ・モレーロを殺したか」(現代企画室刊)読了。舌を噛みそうな題名だ。
混血青年、パロミノ・モレーロの惨死体をめぐり、主人公達が犯人捜査に乗り出してゆく話。ミステリー仕立てのストーリーの中に、ペルー社会の人種的な確執、社会的格差の問題が浮き彫りにされる。
最終的に主人公達は真相を突き止めるが、人々はそれを信じようとしない。実は国家的な陰謀ではないかという憶測が広まり、読者である我々にとっても、そちらの方が信憑性があるように思えてくる。
いずれにせよ、有力者のスキャンダルに触れた廉で、主人公と上司は左遷される。ついでに「名探偵」として活躍した上司は懸想していた人妻に袖にされ、只のみじめな凡人に転落してしまう。まさに踏んだり蹴ったりだろう。
結局、主人公達は全てにおいて敗北したということだ。そして、ただ一つの事実だけが普遍的な響きをもって後に残される。
「この国で苦しむのは、いつも貧乏人だということさ」

誰がパロミノ・モレーロを殺したか (ラテンアメリカ文学選集 6)誰がパロミノ・モレーロを殺したか (ラテンアメリカ文学選集 6)
(1992/08)
マリオ バルガス・リョサ

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人の振り観て我が振りなおせ
後先を考えず、図書館でごっそりと本を借り入れる。ンな量、読むヒマなど無いだろうと思いながら、重い荷物を抱えながら帰宅するのだった。

知人の慫慂で、アフガン戦争・イラク戦争のドキュメンタリーを観る。少し前にテレビ放送された番組を録画したもの。改めて、米軍のアフガン政策の杜撰さを思い知る。人の心を摑むなんて、そうそう生易しいものではない。
イラク戦争の方は、丁度ブライアン・デ・パルマが「リダクテッド」で描き出した世界だが、PTSDに悩む兵士達の姿は若松孝二の「キャタピラー」を想起させた。そうか、あの映画は過去の戦争を描くと同時に、現代の戦争を射程に収めていたのだなと、実感として納得する。過去と現在がストレートに繋がり、ストンと腑に落ちた格好になった。
それにしても、あの国は何も反省しないんだろうなぁ。他人事ではない。彼の国に、自らの醜い鏡像が見出されないか、注意して検討する必要がありそうだ。

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民衆を叱りつけたがる輩共
「実写版・怪物くん」の3D劇場版が制作されるらしい。この調子だと「実写版・イカ娘」が制作される日もそう遠くないのではないかと思える。いいのか?

「鶴見俊輔座談・戦争とは何だろうか」(晶文社)を眺める。
以下の鶴見の発言は、表現規制派の自称フェミニスト連中に対してぶつけてやりたいと思った。
「民衆を叱りつけるのが好きな思想は、あんまり民主的じゃないと思う。むしろ自分はこう生きたいという欲望を個人が強くもって、そこから政府の政策も批判していくような、そういう場所を作りたい。自分が食べるもの、それをつくる台所の設備、そういうことから欲望をもって、欲望の側から政府の政策を批判していく、それを守っていってほしいと思いますね。左翼の立場から叱りつけるならいい、右翼のはいけないというやりかたで進歩派がやってきたのは、まずいという気がしますね」

最近、表現規制派の言説が、以前にも増して目立つような気がする。反対言論の減少による、相対的な問題なのだろうか。
自己愛をブクブク膨らませた、自称愛国のキチガイ団体は論外だが、出版社サイドにはしっかりして欲しい。

戦争とは何だろうか (鶴見俊輔座談)戦争とは何だろうか (鶴見俊輔座談)
(1996/07)
鶴見 俊輔

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補足
折角なので、先日言及したフーコーの論文の該当箇所を掲げておこう。

「完璧な理想社会の夢想をば、好んで思想家達は十八世紀の哲学者達たちと法学者たちに帰しているが、他方さらに、現実には社会の軍事上の夢も存在したのである。それの関連枠(レファランス)は自然状態にあったのではなく、一つの機械装置の入念に配属された歯車に存していたのであり、原始的な契約にではなく果てしない強制権に、基本的人権にではなく、無限に発展的な訓育に、一般意思にではなく自動的な従順さに存していたのである」(M.フーコー「監獄の誕生~監視と処罰」)
光の牢獄~ユートピア再論
風邪の状態は多少良くなった。だが、仕事と私生活両面でグチャグチャに行き詰っている。
何も書く気になれないが、何か書き続けていないと余計ドツボにはまりそうな気がするので、無理にでもガチャガチャ書くことにする。

昨日の続き。ユートピア文学の性質について。
ユートピアを夢想することは、その時代の社会体制に対する一定の批判があるからに他ならない。そして、それに対する何らかのモデルとして生まれるものがユートピア文学である。
そこでは犯罪の無い、誰もが幸福に生活する社会が往々にして夢想される。だが、その社会設計の内実を繙いてみると、人々の一挙手一投足、日常生活の細部に至るまで、厳密な規格化が企てられていることが見て取れる。
犯罪が生じないのは、人々の自由意思が発生しないからである。何かを意欲する可能性が完全に封殺されているからである。社会への不満が一切生じないのは、人間の規格化が徹底しているからである。不満が生じないほどに、従順な人間が形成されるからである。理想社会の完全な姿が往々にして、全体主義の極限的な姿として表出されることは、記憶すべき事柄である。
ユートピアをめぐる牧歌的で楽しげな夢想と、その陰に潜むグロテスクな悪夢。いずれも人間性の裏表として浮かび上がった事柄に違いない。古典として鑑賞するにしろ、現代の手がかりを検討するにしろ、そうした事実を踏まえた上で、ユートピア文学は研究されなくてはならないだろう。
個人的には、「理念の正しさ」を主張する団体が、他者を圧殺する権力亡者の様相を呈している事実と、どうしても結び付けたくなってしまうことを告白しておきたい。

なんだが気が滅入ったまま書き記したので、まとまりに欠けるかもしれない。さしあたり、これで今日の現状報告としておきたいと思う。

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専制のユートピア
スクラップの整理をしていたら、「啓蒙のユートピア」の序文の抜粋が出てきたので読みふける。フランス啓蒙主義時代のユートピア文献を収録した作品集だが、学生時代、卒論の際に大いに参照させてもらった。
M.フーコーの「監視と処罰」に、啓蒙主義時代の理想社会像は常に「規格化と訓育」の隣り合わせにあったとの指摘があり、私の論文もこの見解に沿ったものだった。この説は決して奇矯なものではなく、前期作品集の編者も同様の立場に立っている。
いつの時代にも理想社会を語る際には一定のいかがわしさを伴うものである。現代の日本においてもそれは例外ではないだろう。

冷え切った部屋の中で作業をしていたせいか、気分が悪くなってきた。詳述はまたの機会にしよう。

啓蒙のユートピア〈第1巻〉啓蒙のユートピア〈第1巻〉
(1996/10)
ガブリエル・ド フォワニ、クロード ジルベール 他

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考えてはならないことをこそ思考せよ。
一連のタイガーマスク騒動、もしあれが「SOS団」などといった名義で送られたらどうだったろうか。
犯罪との関わりを疑われたかもしれない。萌え系のネーミングは具合が悪そうだ。

講談社で、小説の自主規制が始まったと騒がれている。http://togetter.com/li/88338
強姦シーンが問題とされたようだが、この様子だと埴谷雄高が生きていても、「死霊」(現在、講談社刊)は完成できなかっただろう。あのラストは、少女「ねんね」が強姦されて殺害される予定だったから。
尤も、何が書いてあるか訳が判らないからスルーされた可能性もある。あの人の晩年は筆力が恐ろしく劣化していた。特に第七章は酷かった。書き方がまずくて、夢の中の話だと誰にもわからない。正直、実に痛ましかった。

haniya

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奴の急所を殴りつけろ
まだ風邪が続いている。身体の抵抗力が弱まっているということだろうか。年末年始、気苦労が多かったことも一因かもしれない。実際、正月休みもあっという間に終わってしまった感があり、通常月の連休との差が殆ど感じられなかった。
それはともかく、早いところ復調しなくては、仕事にも差し支える。

「サルでもわかる都条例対策」が届く。これまで主張されていたことの総括的な冊子であるが、まあ、手元に置いといてもいいだろう。

今さらながら、アラン・シリトー「長距離走者の孤独」を読む。
青春期とは尖り続けることだろう。
歳を取れば丸くなると人は言う。だが、このゴツゴツした感覚は、核に持ち続けていたい。
そんなことを考えながら、いつの間にか歳を食ってしまったのが私である。やれやれだ。

saru_tyokyori

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「想念の奥深き わが欝憂の不死鳥(フェニックス)」 三好豊一郎
今朝の朝日新聞の海外記事を読んだ感想を書き記しておこう。

昨年、サンホセ鉱山の落盤事故で話題になったチリであるが、この国には反テロ法なるものが存在する。
悪名高いピノチェト軍事政権時代に制定された法律で、反政府勢力を弾圧するためのものである。
この法律は国家権力が人々を思いのままに逮捕できる性格のものであり、独裁政権下で深刻な猛威を振るった。日本の治安維持法を思い出す人も多いだろう。
その後、かの国は民政に移管したが、この「反テロ法」はそのまま残された。権力者にとっては極めて都合のよい法律であり、みすみす手放したくなかったのだろう。現在も、政府にとって都合の悪い先住民を逮捕、投獄するためにこの悪法は利用されている。
治安立法とは、しばしば、このような危険な結果を齎すものである。

我が国でも強権的な為政者の下、「健全」といういかがわしい美辞麗句に名を借りた、都条例改定がなされたばかりである。恣意的な運用が可能であるなど、共通点を感じる人も多いと思う。
こうした流れが決して他人事ではないということを、私たちは理解しておくべきだろう。

カプセル<フェニックス>で救助される人々。

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「それぞれの人間が特別の芸術家なのである」
少し体調回復。
「太陽族映画が青少年に悪影響を与えた、性犯罪が増加した」と巷間まことしやかに語られているが、どうも実際は同時期に行われた赤線の廃止が大きく影響しているらしい。
このことについては長岡義幸が杉浦明平を引用しながら論説している。無論、その他諸々の要因を換算しなくてはならないが、ひとつの根拠が示されたことは有り難かった。「やっぱり他の要因があったのね」というのが正直な感想だ。
たまに石原批判として「太陽族映画の悪影響」をあげつらう人がいるが、これは自分の首を絞めるようなもの。この論理だと、「やっぱり影響があるんだから、全部規制しましょう」という結論にしかならないので、注意して欲しい。

鶴見俊輔「限界芸術論」を読む。なかなか重要な提起が含まれていて、面白い。
序盤の「純粋芸術・大衆芸術・限界芸術」という区分は些か図式的に過ぎるきらいがある。実際に厳密にそれらの区分を設けることは困難であるし、その必要も無い。そのせいか、鶴見自身が論述をスケッチに留めたまま放棄している。だが、「限界芸術」という概念自体は生きる。「芸術」と見做されないような下位文化。マンガで言えば、同人誌からネット上のイラスト、果てはトイレの落書きに至るまでが、このカテゴリーに含まれる。文化を考える場合、この広大な下地の部分を抜きにしては語れない筈である。
にもかかわらず、都合のいい上澄みだけを掠め取り、「これを「健全文化」として育てていこう」などといった政治家や団体が後を絶たない。こうした虫のいい発想こそ、あらゆる文化の敵であることは言うまでも無いだろう。

限界芸術論 (ちくま学芸文庫)限界芸術論 (ちくま学芸文庫)
(1999/11)
鶴見 俊輔

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イマダ復調セズ
風邪の状態が思わしくない。朦朧としながらの土曜出勤。
書いて置きたい事は色々あるが、これでは如何ともしがたい。
よって、今日のところは何もなし。

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回らぬ頭で今日も書き記します
「創」2月号を購入。長岡義幸による「都条例改定をめぐる最後の攻防全経緯」が注目記事だが(一部妙な箇所あり)、香山リカによる論稿もなかなか良かった。カタルシス効果理論が臨床的に割と有効に活用されていること、そして、上野千鶴子の規制反対論に軽く触れながら、「作り手にとってのカタルシス効果」という面にスポットを当てている点で、とても興味深いものだった。
その他の記事では、佐藤優が松崎明を追悼しているのが目を引いた。
革マルの松崎明といえば、嘗て「黒田・土門・松崎」と併称され、敵対党派から処刑リストにあげられていた程の人物である。彼が革マルを脱退したのは壮絶な殺人合戦が一段落した後だったと思う。当時、中核派が鬼の首でも取ったようにはしゃいでいたようだが、党派的な労働運動には関心がないので、詳しく注目することはなかった。

風邪が治らない。中途半端だが、そろそろ寝るとしよう。

創 (つくる) 2011年 02月号 [雑誌]創 (つくる) 2011年 02月号 [雑誌]
(2011/01/07)
不明

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「検閲の最高形態は自己検閲である」
風邪の状態はあまりよろしくない。仕事を休むほどではないが、なるべく安静にしていた方がいいだろう。
誕生日もヘチマもあったもんじゃない。やれやれだ。
鶴見俊輔「限界芸術論」を購入。これまで、対談、インタビューの類は折に触れて目を通していたのだが、纏まった著作を読んだことがなかった。体調が回復してから、じっくり目を通してみよう。

都条例の件、最悪の自主規制の動きが出ているとの報道。表現問題に関し、出版社同士の相互支援組織を作れないものだろうか。萎縮する出版社を出さないこと、万が一、摘発などがあったときは、全ての出版社がこれを守り抜くという体制を作る必要があるのではないか。特に弱小出版社にはきちんとした支援体制が求められていると思う。「検閲の最高形態は自己検閲である」という言葉がある。たとえ一社でも萎縮する出版社が現れれば、それは出版産業全体の損失であるとの認識が必要だと思う。

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正月が明けて
昨日、「ホーホケキョ となりの山田君」を途中まで観る。「じゃりん子チエ」と同じテイストか。ドラマ作りとして文句を言いたい点が多々あるが、最後まで観てからにする。

昨日から風邪気味。仕事始めだが、能率上がらず。帰宅してから悪寒がする。もう寝よう。

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のわーる

Author:のわーる
首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
たまに衝動的におかしな絵を描いたりもする。
尚、この「のわーる」という名前は同名の素晴らしいアニメ作品とは直接関係は無く、サド侯爵の登場人物の名に由来するものである。



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