時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
雑想 2017.2.10
ここ数ヶ月首の調子が悪く、いつも辛い思いをしていたのだが、昨日寝返りさえうてなくなったのをきっかけに病院に行ってきた。診断は頚椎椎間板症。決して珍しい病気ではない。頚椎の間隔が狭くなっていて、それが痛みに繋がっているわけである。色々と根を詰めすぎたか。中国訪問記の続編も発表したいのだが、取り敢えずは安静にするとしよう。
この間読んだ本
・クラーク「3001年終局への旅」
「2001年」に始まるオデッセイシリーズの最終作。今回はモノリスをぶっ潰す、神殺しがテーマである。序盤がまだるっこしい気がしたが、綺麗に完結した作品だった。ただ、個人的には「2001年」の啓示に満ちた雰囲気が好きだったので、その後の続編群でそれが失われているのは残念ではある。あれはキューブリックとの合作による産物だったのか。
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呪縛の起源
司馬遼太郎「燃えよ剣」を読了した。
何故今更司馬なのか。ひとつには、明治維新の大まかな流れをおさらいしたいと思ったこと、もうひとつは司馬遼太郎がこの時代をどう捉えていたかをより突っ込んだ形で知りたいと思ったこと、が動機である。
だが、本作でそこまで突っ込んだ考察を見出すことは難しい。基本的には土方歳三を主人公に据えた、ヒーロー小説である。激動の時代を人がどう考え、どう生きたのかを活写することは魅力的な作業に違いない。だが、司馬の筆致は充分にそこに行き届いているとは言いがたい。どこかお上品な見世物に留まってしまうのだ。とりわけ、恋愛描写などはあまりにも安っぽく、陳腐この上ない。この辺り、もう少し何とかして欲しかったと思う。
さて、明治維新についてである。司馬がこの時代を革命として捉えていることは「竜馬がゆく」と同様で、「さまざまな犠牲があったにせよ、紛れもない新時代の幕開けだったのだ」とする立場を保持している。言い換えれば、「革命には犠牲がつきものだ」ということでもある。だが、犠牲を払うことが輝かしい新時代を築くわけではない。南京大虐殺や原爆投下が新しい時代の幕開けをもたらしたわけでは、ない。明治維新は多大な犠牲を生み出したのだが、果たしてそれは革命だったのか。ここはもう少し批判的検討を加えたほうがいい。
とはいえ、明治維新にまつわる暴力が、ある意味で新しい時代を齎したということはできそうである。その時代とは何か。すなわち、帝国主義国家としての日本の誕生である。その意味で、「暴力は新世界の助産婦」として機能した。これが戊辰戦争を含めて行使された、圧倒的な暴力と大量死が齎した帰結であり、やがて八十年後に壊滅的な破産を迎えることになるのである。もっといえば、福島第一原発事故などに代表されるように、今日においてもその深刻な呪縛は残存していると考えられるが、ここはもっと突き詰めて考えてみたいと思う。

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読書のこと 2016.6.19
忙しい為、書物にじっくり目を通す余裕があまり無い。それでも、ここ最近では
パヴェーゼ「月と篝火」
ドストエフスキー「死の家の記録」
京極夏彦「豆腐小僧双六道中 おやすみ」
を読了している。
その他、短い随筆等は数多目にしているが、まとまった長いものを差し当たり挙げてみた。
感想を記してみたいのだが、「月と篝火」は、片付けの際に本がどこかに行ってしまった。ドストエフスキーは今更論じたてるのも気が引ける。「豆腐小僧」は感想を書きなぐってみたが、ちょっと今掲載する気になれない。
現在、ウンベルト・エーコ「プラハの墓地」を読んでいるところである。

出張先でスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ「戦争は女の顔をしていない」を入手した。地方都市なので、大きい書店のあるような場所ではない。そのため、通販のコンビニ受け取りサービスを利用させて貰った。長期出張ではこんな芸当が可能な時代になった。妙なものである。
所謂「大祖国戦争」に兵士として従軍した女性たちの証言記録であるが、詳細は読了した後に記したい。色々思うところはあるが、現段階で軽率なことを語るのは差し控えたいのである。

※パヴェーゼの本が見つかった。折角なので、さしあたり印象に残った箇所を引用させていただく。
「無知な人間はいつまでたっても無知だろう。なぜならば権力は、人びとが無知であることによって利益をえている連中の手に、政府の手に、黒衣の連中に、資本家たちの手に、握られているのだから・・・」(月と篝火)

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血塗られた<祖国>
このところ体調を崩しているため、まとまった思索もできない。荒削りな文章しか書けないのが情けないが、これが今の自分の姿である。
「図書館大戦争」の感想を記す。日本のライトノベルではない。ウクライナの現代作家、ミハイル・エリザーロフの長編小説である。
内容は、ソ連時代の凡庸な作家・グロモフなる人物の著作をめぐる聖杯伝説的な争奪戦。この著者の著作には不思議な力が備わっており、読むものに様々な特殊な作用を齎す。主人公は叔父の死をきっかけにこのこの読書室に加入することとなり、血で血を争う苛烈な抗争劇に身を投ずることとなる。当初は順当に続いた司書としての生活も、やがて強大な謀略によって壊滅させられ、主人公の属する読書室もメンバーは全員殺害、主人公もまたパラノイア的な老婆の奸計により、書物と共に幽閉される身となる。

何とも摩訶不思議なストーリーだが、これが何らかの寓意を示していることは間違いない。鍵となるのは「ソ連」である。全体主義国家の崩壊と、その後に到来した社会への幻滅、あり得なかった社会への待望などがそこに込められている。
とりわけ<意味の書>という最も謎めいた書物が示すものについて、色々考察してみたいのだが、ちょっと今のところそうした余裕が持てない状況である。そのうち再読しながらじっくりと考え抜いてみたいと思っている。

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独裁者の救済
島田雅彦「虚人の星」の感想を記す。
読了してから期間が経ってしまったため、うろ覚えの感想になるが、容赦願いたい。
本作は日本の首相と、中国のスパイ(日本人)を主人公とした、ポリティカル・フィクションである。スパイの主人公「星新一」(!)は少年期から重度の多重人格を患っており、それぞれの人格を巧みに使い分けることで、かろうじてバランスを保っている。
もう一人の主人公たる首相は典型的なボンボンの世襲政治家(松平定男という名だ)。この男もまた、もうひとつの人格を擁している。この人格(「ドラえもん」と呼ばれる)が過激なタカ派で、好戦的な言動を繰り広げ、国政をどんどんキナ臭い方向に追いやっていき、周囲の閣僚も盛んにそれを後押しする。元の(?)松平の人格でさえも、これを止めようが無く、収拾がつかない。
一方、スパイたる星は日本を挑発し、暴発させることを任務としている。好戦的な気分に煽られ、後先考えずに日本が暴走したところを一挙に叩く、という思惑だ。星はトントン拍子に作戦を成功させ、日本政府中枢に取り入り、首相と近付きになる。だが、やがて首相と自分が腹違いの兄弟であることを知った星は、安倍…もとい、松平首相に対し、救済案を提示する。
星の案を受け入れた首相は、記者会見で大博打に出る。これまでの「ドラえもん」による言動を全て否定し、平和国家として憲法を遵守することを確約し、力強く不戦を誓うのである。
この演説には「チャップリンの独裁者」の影響があると思う。こうあって欲しいという祈りのようなものが込められているのだ。但し、演説の後、「実は夢でした」という可能性を幾分持たせた描写が続くので、安心は出来ない。これを夢に終わらせるかどうかは、現実の私たち自身にかかっている、ということだろう。
現実の首相にはこうした翻意は一切期待できない。だが、不戦の夢、平和国家の夢を実現させるのは、私たち有権者自身だ。そんな想いに対し、開かれた小説である。

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のわーる

Author:のわーる
首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
たまに衝動的におかしな絵を描いたりもする。
尚、この「のわーる」という名前は同名の素晴らしいアニメ作品とは直接関係は無く、サド侯爵の登場人物の名に由来するものである。



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