時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
相変わらず何も書く気がしない。
ル=グインの死についても一言あってしかるべきだろうが、この人の本は「闇の左手」と「ロカノンの世界」、「影との戦い」を読んだっきりで、あまり印象に残っていない。「闇の左手」で氷原をさまようシーンだけを鮮烈に記憶しているくらいである。一応ニュー・ウェーヴSFの旗手なのだが。

読んだ本
・笠井潔「天使は探偵」
・笠井潔「転生の魔」
・ティムール・ヴェルメシュ「帰ってきたヒトラー」上下
・Georges Simenon 「Maigret et l'affaire Nahour(メグレとナウール事件)」
・Georges Simenon 「Le fou de Bergerac(ベルジュラックの狂人)」
・Jean-Patrick Manchette 「L'affaire N'Gustro(ヌギュストロ事件)」

シムノンとマンシェットの本は長い間ほったらかしになっていたもので、今回漸く読むことが出来た。宿題に片をつけた気分である。メグレシリーズはほろ苦い作品が多いが、ナウール事件もそのひとつである。とはいえ、マンシェットの「ヌギュストロ事件」ほど救いの無い話ではない。こちらは政治活動家ヌギュストロと主人公が罠に嵌って殺される話だから。


観た映画
「ガールズアンドパンツァー最終章 第一話」 監督:水島努
「スター・ウォーズ 最後のジェダイ」 監督:ライアン・ジョンソン
「青春夜話」 監督:切通理作
「ニノの空」 監督:マニュエル・ ポワリエ
「ゾンビ・サファリパーク」 監督:スティーヴ・バーカー
「パリ、カウントダウン」 監督:エドガル・マリー
「マジンガーZ infinity」 監督:志水淳児
「宇宙戦艦ヤマト2202 天命編」 監督:羽原信義
「現金に手を出すな」 監督:ジャック・ベッケル
「ヘドローバ」 監督:小林勇貴
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自殺をめぐる随想
西部邁が亡くなった。自殺だという。
このひとについては知るところは多くない。「朝まで生テレビ」に出演していた保守派の論客で、早い話「転向者」というイメージしか持っていなかった。「新しい教科書をつくる会」なるいかがわしい団体とつるみ、「国民の道徳」なる書物を著すなど、いい印象は無い。本人にはまた別の思惑があったのかも知れないが。
その後、彼が虚無主義者を自認しており、わたしが目の届く範囲でのインタビュー等(例えば若松孝二や足立正生との鼎談など)を読む限り、やや違った印象があると感じた。右派論客としても、かなり屈折したものがあるなと思えた。だが、さして関心を抱くまでには至らなかった。
自殺の原因は詳らかにしない。私生活の事情か、思想的な帰結なのか。後者であれば、エトナのエンペドクレス以来の系譜に連なる思想的自殺者ということになる(その後の情報によると、どうも両方であるらしいが)。

ここからは一般論を語る。この世界が存在に値するかというのは映画「マジンガーZ infinity」のテーマであった。作中では「糞ったれでどうしようもないが、この世界を肯定する」という結論が提示されたが、これは「この世界は存在に値しないが、それでも自分は肯定する」とも受け取れる。
この世界が虚妄であり、生きるに値しないというのは左程奇矯な思考法とは思えない。「世界が空っぽであることは明らかだ」という三島由紀夫「午後の曳航」の科白は、わたしにとっても近しいものである。
虚無主義者の中には、「この世界は虚無なのだから好きなように生きればいい」というひともいるらしい。一方、「この虚飾をひっぺがし、虚無をむき出しにして、全てを滅ぼしてしまいたい」という願望を持つ立場もある。若年の頃、わたしは後者だったし、今でもどこかでそれを携えている。
世界を滅ぼすという行為は、自殺によって達成可能である。少なくとも認識論的には、世界はそこで消滅する。確か三島の「哲学」だったかの主人公は、そうした認識論的自殺を敢行した。「これが失恋自殺というやつである」という、突き放した虚無感が小説には漂っていたが、まあその話はどうでもいい。
自殺という行為にはやり切れない痛ましさがある。だいぶ以前、わたしも世話になっていた古い仲間が自殺した。随分長いこと会っていない間柄だったが、いいようのない虚脱感に襲われたのを覚えている。政治運動に絶望していたようだったが、ここではあまり憶測はしない。
わたし自身はヘタレなので、もう少し生きていようと思っている。憎まれて世に住む甲斐はなけれどもかわいがられて死ぬよりはまし。どこへ行っても虫けらのように扱われ、蔑まれ続けているが、結局はだらだらとみっともなく生き続けることになるだろう。
やり切れない。

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ひとつの死
塩見孝也が亡くなった。
今更解説するまでも無いが、共産主義者同盟赤軍派の建党者である。この人と直接会ったことは無いが、とにかく良い噂を聞かない人だった。彼に親しくなればなる程、やたら悪口ばかり言う人が多くなるのが特徴的だった。いい例が後に戦旗派を築いた荒岱介だろう。「昔は塩見さんの言ってることが全然わからなかった。今でもよくわからない。わからなくて良かったんだな!」といった具合である。
関西ブント時代に荒をオルグするため、床下に穴を掘って待ち受けていたというようなバカバカしい内輪話はまだいい。だが、妄想めいた前段階武装蜂起論、仏徳二リンチ事件などの醜悪な活動に至っては擁護しようが無い。
出獄後の連合赤軍総括論争では責任を森恒夫達に全部押し付けたり、北朝鮮をやたら称えてみせたり、その流れで民族主義団体を作ってみせたり、目に見える範囲でも珍プレーが多すぎた。あまり関わりたくないというのが、わたしを含めた大方の印象ではないだろうか。
学生の頃、塩見の家にはレーニン全集が一揃いあるきりで、他には何も無かったという。武装闘争と内ゲバに明け暮れ、獄中二十年。出獄後は駐車場の管理人として細々と暮らし、3・11後の情勢に対しては何とかしたいと思っていたようだが、そのままひっそりと亡くなっていった。荒岱介のように晩節を汚すことこそ無かったが、この人の人生は一体何だったのだろうな、と思えてならない。「「憂鬱なる党派」の岡屋敷のように生きられたら幸せなんじゃないか」と彼は語っていたというが、実際はどうだったのだろうか。

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雑想2017.9.24
PCのアクシデントでハードディスクの中身がパァになった為、このブログの下書きも消えてしまった。情けない話で、折角なのだからもう少し丁寧に書き直すことにして、差し当たりやくたいもない事を書き連ねることとしよう。
巷では愚かな独裁者が核実験やミサイル発射を強行し、これに対して劣るとも勝らない知能を持った政府閣僚が、開戦前夜のごとく煽り立て、武器輸出の算盤を弾く超大国が手ぐすねを引いている。挙句の果ては難民を射殺するなどとのたまい出す有様である。そういえば昔、「武装移民」なんてのがあったな。どこの国がやったんだっけ?ああ、日本が満州でやってたんだ。
この連中の描き出す三文小説では、日本は国家存亡の緊急事態の渦中にあるのだろうが、何故かこの後の国会で衆院解散総選挙を強行するらしい。随分のんびりした緊急事態である。
運動圏ではスターリニスト共が我が物顔でのさばり返り、「異論を持つものは全て差別主義者」だなどと喚き散らし、脅迫活動に明け暮れている。これに同調する者も少なくない。この連中は過去の運動の歴史から何も学ぼうとしないのだろうか。「新左翼はテロリストだ!俺たちとは違うのだ!」などと考えているとすれば、コケの集まりである。「やらない善よりやる偽善」という言葉もあるが、やってはならない悪というものもあるのだ。

映画の話でも語ろうかと思うが、先日、誤って「トランスフォーマー・リベンジ」なる代物を借りてしまったため、停滞したままである。率直に言って、このシリーズは好きではないのだ。今回も冒頭三十分で、何だかどうでも良くなってしまった。
書物ではマーヴィン・ピークの冗漫な「タイタス・グローン」を四苦八苦して読みきったのが災いしたか、その後何も読む気が起こらなくなってしまった。これではまずいと、引き続き生田耕作「ダンディズム」を読み終えたが、これも今ひとつ興味をそそられず。さらに、カントの「永遠平和のために」を読んで色々メモを作っていたが、PCのクラッシュで全て吹っ飛んでしまった。よって、今は語りたくはない。目下、スタニスワフ・レムの「枯草熱」を読んでいるところである。

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黒い九月
小池百合子都知事は関東大震災時の朝鮮人虐殺に関し、追悼文の送付を拒否している。
表向きの理由は「人数が明確でない」からだという。だがこの理屈はおかしい。詳細な調査は必要だろうが、数多の(六千人といわれる)人間が殺されている事実がある以上、追悼を拒否する理由など存在しない。
よって、この人物の狙いは別のところにある。すなわち、「虐殺など無かった。追悼など必要ない」ということだ。まず追悼文を拒否すれば、自称愛国者界隈が盛り上がる。「虐殺など存在しない、反日パヨクのデマだ。実際は朝鮮人が各地で暴動を起こし、井戸に毒を入れて回っていたのだ」云々といった、90年遅れのたわ言だ。こうした声が次第に大きくなり、やがて無視できない勢力となっていく。メディアでも一定の発言力を確保し、ついには公人レベルで「幻だった」と事実上公言できるまでに至らしめる。そういった筋書きが透けて見える。
ここで小池が責任を問われることは無いだろう。建前上は「人数の検証云々」という形式を取っているために、「虐殺を否定した覚えは無い」という言い逃れが可能なのだ(この種の言葉の詐術は小池や安倍のような輩の専売特許ではなく、左派の活動家にもまま見られることである)。
小池は記者会見において、「震災で亡くなられた方に哀悼の意を表する」として、虐殺事件を一般的な被災の中に埋没させてのけた。事件の記憶を徹底的に封殺しようとする意思が為政者の中にあり、それを有権者が支持し続けている。「ファースト」の幻影はどこまで人々を狂わせ続けるのか。

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プロフィール

のわーる

Author:のわーる
首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
たまに衝動的におかしな絵を描いたりもする。
尚、この「のわーる」という名前は同名の素晴らしいアニメ作品とは直接関係は無く、サド侯爵の登場人物の名に由来するものである。



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