時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
イメージの黄昏
安倍内閣の支持率がダダ下がりだという。勿論、喜ばしいことには違いない。この社会をこれ程までに破壊し続けた宰相は戦後存在しなかった。だが、この男がやらかしたことについて、どれだけの人が理解しているだろうか。率直に言って、かなり疑わしいと思う。
森友、加計で何か悪いことをやったらしい、稲田が自衛隊について失言したらしい、そして何よりも、安倍を支持しないことが今の流行らしい・・・・・・支持率の低下は、そういった漠然とした認識によるものではないだろうか。
例えば、安倍政権が倒れ、新しい内閣が発足したとする。そのとき、次の総理が安倍と全く同じ政策をとったとしても、高い支持率を得るのではないだろうか。あながち杞憂であるとは思われない。例えば小池百合子のような、今勢いのある人間が総理になった場合のことを考えてみるとよい。
結局のところ、評判を落としているのは「安倍」という看板のイメージであり、彼の行ってきた数多くの悪政に対してでは「ない」と思える。この先安倍政権が倒れたとしても、決して浮かれることは出来ない。

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この素晴らしき新世界より
地獄の扉が開いた。まさか自分の目の黒いうちに、治安維持法が復活するとは夢にも思わなかった。共謀罪(組織犯罪処罰法改正案)は7月11日に施行されるという。明らかに、濫用することを狙って制定された同法であるが、どこから何をどのように着手していくことになるのか、現段階では予想もできない。ただ遠くない将来に、この社会に手酷い傷を残していくことはうたがいない。
わたしが共謀罪の名を初めて耳にしたのは10年以上前のことである。当初、この法律は「相談罪」と呼ばれていた。相談しただけで罪になるということからそう呼ばれることになったわけだが、この性格は共謀罪と呼ばれるようになってからも何ら変わっていない。
この国の住人がこの法律の危険性に気付く契機は、一切期待できない。仮に莫大な人間が検挙されたとしても「怖い怖い。日本にはこんなにテロリストが住んでいたんだ」、家族、友人が捕まったとしても「テロリストはこんなに身近に潜んでいたのか」と受け止められるだろう。公権力絶対の神話は揺らぐことがない。
私自身、幾度も国会近辺に足を運んだが、反応はきわめて小さく、集まる人々も限定的である。他国ではちょっとした不祥事でも膨大な人数のデモ隊が路上に溢れかえるものだが、この国ではどうだろう。マスメディアの責任は重大とはいえ、それだけで説明できるものではない。

今後、この国の言論・出版情況はどこに向かっていくのか。一例を挙げる。
クジラックスというマンガ家がいる。アダルトコミック界では一定の人気を博している作家で、わたしもその作品はよく知っている。この人物が、警察から呼び出しを受けた。理由は、「性犯罪者が、お前のマンガを読んで真似をした」ということである。
 

県警は今月7日に漫画家を訪ね、作品内容が模倣されないような配慮と、作中の行為が犯罪に当たると注意喚起を促すことなどを要請した。漫画家は「少女が性的被害に遭うような漫画は今後描かない」と了承したという。県警幹部は「表現の自由との兼ね合いもあり難しいが、社会に与える影響を考慮した。同様のケースがあれば今後も申し入れを検討する」としている。(毎日新聞)

断筆宣言めいた事柄については作家自身によって否認されているようだが、これは決して毎日新聞の「飛ばし」と捉えるべきではない。警察は断筆強要も辞さないことを意識して今回の一件をメディアに公表したと考えるべきなのだ。「こういうものはもう描かせない」という警察権力の意思がそこに込められているのである。後段に「公権力が作品の内容に介入(申し入れ)することは当然」と謳われていることからも、それは決して杞憂ではない。
今回の事態を「朝憲紊乱の惧れがあるものを取り締まる」と置き換えれば、論理構造は明白だろう。クジラックスの一件は共謀罪の成立と決して無関係ではなく、この社会が監視・治安国家化する過程において、露骨に示されたひとつの証左と捉えるべきなのである。

我々に一体何が出来るのか?偽りの希望は提示したくない。出来ることなど何もないのかもしれない。このブログもいつまで続けられるか判らない。
わたしの敬愛する石川淳の描く主人公達は、どん底の状態において、その果てしない絶望を力の湧く源泉として提示した。「黄金傳説」はその典型である。わたし達がそのような「生」を力強く選択できるかどうかはわからないが、今回の敗北を受けとめながら、まずは生きなくてはならない。
生きることである。

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ペストかコレラか
フランスの選挙はエマニュエル・マクロンの勝利に終った。取り敢えずFN代表マリーヌ・ル・ペンの勝利は免れたが、そうそう喜んでもいられない。銀行屋とレイシストの争いに、大義などあるべくもない。ペストかコレラか(peste ou choléra)の選択と言われる所以である。
ボイコットはそれ自体、意思表示のメッセージ足りえない。白紙委任として権力者にいいように扱われるのはどこの国でも同じだろう。これを機に、わが国に「選挙ボイコットの大義」を密輸しようとする間抜けが現れるだろうが、莫迦も休み休みにして欲しい。ボイコットして冷笑に走るような国とは、政治的力関係のあり方が全く違うのだ。ヨコのものをタテにすればいいという問題ではない。
意思表示のメッセージがままならない時はどうするか?街頭に出るのである。選挙ボイコットをしたとしても、それで終らせない。反マクロンを掲げた、左派による大規模なデモはその端的な表われであった。このデモにはルペンを倒すためにマクロンに投票した人も、駆けつけたという。正しい。まず第一の敵を倒し、次に残った敵を討つ。それくらいの行動力はあってしかるべきだ。
民主主義とは選挙権つきの奴隷制ではない。選挙という手段を、民主主義社会の目的であるかのように錯認する思考法は、捨てるべきだ。民衆意思を実現するために何が必要か、それが常に問われている。

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教育勅語は全否定すべきである
タレントの関口宏が、「教育勅語は酷いものである、いいことも書いてあるのに、「一旦緩急アレハ」のくだりで台無しになっている」という趣旨のことを述べていた。正直、これはやばいなと思った。わたしはこのタレントのリベラルな貌を全く信用していないが、この「いいことも書いてある」という印象は、多くの人がそれなりに共有しているのではないかと思う。決して稲田朋美のような愚か者に限られた話ではない。
そこで、わたしなりにこの勅語について ― 検証というほどではないが ― 思考してみたいと思う。

まず、「皇祖皇宗~德ヲ立ツルコト深厚ナリ」について。古代史における権力抗争が血塗られた歴史であることはいうまでも無く、天皇制も例外ではない。到底この種の美辞麗句で覆い、誤魔化せるようなものではない。
「克ク忠ニ克ク孝ニ~」のくだりは、「お前たちは古来よりよく忠孝に励み、天皇制国家に尽くし、一丸となってこの国の歴史を築いてきた」ということである。だが幕藩体制を見れば判るように、天皇制など長きに亘って庶民のあずかり知らぬ事柄であった。事実関係ひとつみても出鱈目である。これらのくだりは歴史を偽造することで、「先人たちによって営々と築かれてきた忠孝の精神」という、偽りの重みを人々に背負わせようというものである。
「夫婦相和シ朋友相信シ」から始まる理想的人間像については、「いいことも書いてある」と評価される要因となっているが、これは、「恭儉己レヲ持シ」に象徴されるように、「文句を言わず、事を荒立てず、黙って従う」という理念を導き出すための導入部である。
「學ヲ修メ業ヲ習ヒ」云々(でんでんではない)についても同様、「公益に尽くせ」というための導入部である。
こうして、あの評判の悪い「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ」に続く文言が導き出される。いざとなったら天皇制国家のため、一身を捧げよと。「天皇あやうし」、考えるな、国家に尽くせ、皇国を信ぜよ、国体を護持せよ。これが導き出した結果は見ての通りである。
「天壌無窮ノ皇運」以降は、「これは祖先によって築かれてきた美風であり、古今を通じて正しい道である。お前たちは必ずこれを守れ」と、仰々しい修辞で押し付けるものである。

このように教育勅語の文言は全て繋がっている。一見よさげに見える文言も、全て隷従を強いる文言を修飾し、導き出すための言辞となっているのであり、一部を切り出して「いいことも言っている」と評価しうるものではない。
よって、教育勅語は全否定するべきものである。

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状況 2017.2.27
森友学園の話題が連日ネット上を賑わしている。先日記したように、テレビでもようやく取り上げられ、大分話が大きくなってきたように見える。だが、わたしが友人たちとこの問題について話した感触は大分異なる。
すなわち、一般人にとってはこれは「どうでもいい」「国会で取り上げるべきでない」事柄と映じているらしい。逆に、「またミンスが国政を混乱させている」という印象すら受けているということだ。そんなことよりやるべき事が他にあるだろうと。
実際にはこの問題は人権問題であり、国有財産を特定団体に8億円の値引きで叩き売った問題であり、教育庁もグルとなっていることで、かなり深刻である。決して放置して済まされる問題ではない。だが、年金をごっそりスッてしまっても騒ぎにはならない国である。8億円の損失で、政権打倒まで行き着くだろうか。追求は徹底的に行うべきだが、いたずらに期待をかけるのは慎んだほうがいい。
目下最も深刻な問題は、水道民営化であり、種子法廃止であり、共謀罪である。これに関わる言論は、あまりにも乏しいという他ない。これを書いている本日、安倍晋三は赤坂飯店で報道各社のキャップたちと食事をしているという。明日からは森友学園問題すら取り上げられなくなるかもしれない。チョロいもんだね。つくづくスゲー国だ。

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プロフィール

のわーる

Author:のわーる
首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
たまに衝動的におかしな絵を描いたりもする。
尚、この「のわーる」という名前は同名の素晴らしいアニメ作品とは直接関係は無く、サド侯爵の登場人物の名に由来するものである。



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