時を告げない大時計
映画やら書物やらをめぐる、つれづれなる断想など
読書碌補遺
先日の読書禄で、抜けがあったのに気が付いた。
書物の題名は「毒ガス帯」で、作者はコナン・ドイル。コカイン中毒の探偵が活躍する話で有名な作家である。
本作はチャレンジャー教授が活躍する話で、「失われた世界」の系譜に属する。地球が謎の毒ガス帯に覆われ、人類滅亡の危機に陥るというもの。死屍累々のロンドンの様子は中々迫力があり、小松左京の「復活の日」を連想させた。勿論小松はこの作品を読んでいた筈である。
シリーズ物のお約束とはいえ、最終的にハッピーエンドになってしまうのが拍子抜け。皆殺しにしてはシリーズが終ってしまうので致し方ないのではあるが。
尚、本書には併録作が二本あるが、「地球の悲鳴」は私のお気に入り。地球に鉄槌を打ち込んで悲鳴を上げさせるというバカバカしいアイディアであるが、身も蓋も無いべらぼうさが心地よい。西尾維新の「悲鳴伝」とは違い、こちらは誰も死ぬことはないので、念の為。
ドイルの創作はSFや歴史物も数多いので、もっと読まれてしかるべきである。作品が絶版になっているのが残念なところだ。

ちょっと必要があって、山海関事件のことを調べていた。1933年のこと、京奉線山海関駅付近での爆破事件を機に、支那駐屯軍山海関守備隊と国民革命軍第九旅の間に勃発した戦闘である(戦闘には関東軍、帝国海軍も続いて参加した)。今日では落合甚九郎少佐の指揮による謀略事件として大方の見解は落ち着いている。だが、日本はこれを機に熱河侵攻、そしてリットン報告書への決議を受け、国際連盟脱退へと雪崩れ込むこととなる・・・
そういえば、共謀罪に対する国連からの書簡に嚙み付いていた官房長官がいたな。
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読書録 2017.5.20
共謀罪の強行採決で胸糞が悪い。
何故国会周辺に集まるのか?みんな黙ってられないからだ。「冗談じゃない」その思いが国会、そして各地の集会に足を向けさせた。「戦略的にー」だの、「効果を期待できる方法論ガー」などという高尚な寝言を語る連中は、能書きをたれる前に、人の気持ちに対する想像力を身につけるべきである。

この間読んだ本

・笠井潔「青銅の悲劇」
正直、ミステリーとしては精彩を欠く。だが、笠井の探偵小説論、そして学生運動の総括がちりばめられていて、充分読み応えはある。

・ヴァン・ダイン「僧正殺人事件」
昔、小林秀雄が江戸川乱歩との対談でゴチャゴチャ文句を言っていたが、衒学の迷宮はやはり魅力的だ。小栗蟲太郎へと至る系譜の原型がここにある。

・綾辻行人「Another episode S」
アニメ化されたAnotherの外伝。ヒロインの鳴がキャラクターとして確立しているため、魅力的な作品とはなっているが、彼女がいなかったらつまらないものになったかもしれない。
・綾辻行人「人形館の殺人」
凡作。この手の叙述トリックはもう飽きた。ミステリーの鉄則で、一人称の主人公は・・・

・ピエール・カミ「ルーフォック・オルメスの冒険」
カミである。カミュではない。シャーロック・ホームズのパロディ作。トンチンカンな探偵がシベ超の水野晴郎以上に妙ちきりんな推理を展開し、めでたく事件を解決していくというもの。バカバカしくも、実に楽しい作品。
・ピエール・カミ「機械探偵クリク・ロボット」
同じ作者によるSF探偵物。今度はロボットが事件を解決する。この人の作風はボリス・ヴィアンの作品にも通じるものがあり、もっと評価されていい。近いうちに、ツン読だった「エッフェル塔の潜水夫」を読もうと思う。

・笹本祐一「カーニバル・ナイト」
・笹本祐一「ラスト・レター」
妖精作戦シリーズの3、4巻。今もって未読のままだったので、勢いで読んだ。ほろ苦い青春SF

・山本弘「MM9」
一般読者向けの、怪獣SF小説。なかなか面白く、ドラマ化もされているらしいがそちらは未見。続編があるのだが、少し方向性が変わるので保留。

・桜庭一樹「GOSICK PINK」
アニメにもなった「GOSICK」の外伝(作者による二次創作と言ってもよい)。RED、BLUEに続く最新作である。大戦中の仲間の死をめぐるトラブルがテーマだが、あまりミステリー色は強くない。過去にシリーズ本編のイラストを担当していた武田日向が急逝したことから、暫くツン読になっていた同書に手を出してみた次第である。

・莫言「赤い高粱」
舞台は語り部の「私」が生まれるずっと前。抗日戦と祖母の嫁入りの話が平行して語られる。汚物などの描写を露骨に行うのは中南米文学(遡ればラブレーだが)の影響だろうか。正直、この辺りの才覚はマルケスのほうがずっと優れている。
祖母の話は状況を掴むのに手間取るせいか、ややまだるっこしい。後半、祖母が自立するあたりから急に話が進み、読みやすくなるのだが。


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ペストかコレラか
フランスの選挙はエマニュエル・マクロンの勝利に終った。取り敢えずFN代表マリーヌ・ル・ペンの勝利は免れたが、そうそう喜んでもいられない。銀行屋とレイシストの争いに、大義などあるべくもない。ペストかコレラか(peste ou choléra)の選択と言われる所以である。
ボイコットはそれ自体、意思表示のメッセージ足りえない。白紙委任として権力者にいいように扱われるのはどこの国でも同じだろう。これを機に、わが国に「選挙ボイコットの大義」を密輸しようとする間抜けが現れるだろうが、莫迦も休み休みにして欲しい。ボイコットして冷笑に走るような国とは、政治的力関係のあり方が全く違うのだ。ヨコのものをタテにすればいいという問題ではない。
意思表示のメッセージがままならない時はどうするか?街頭に出るのである。選挙ボイコットをしたとしても、それで終らせない。反マクロンを掲げた、左派による大規模なデモはその端的な表われであった。このデモにはルペンを倒すためにマクロンに投票した人も、駆けつけたという。正しい。まず第一の敵を倒し、次に残った敵を討つ。それくらいの行動力はあってしかるべきだ。
民主主義とは選挙権つきの奴隷制ではない。選挙という手段を、民主主義社会の目的であるかのように錯認する思考法は、捨てるべきだ。民衆意思を実現するために何が必要か、それが常に問われている。

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戦争の亡霊~キングコング 髑髏島の巨神
まず、本作のテーマは「戦争」である。
冒頭の場面は大戦末期。太平洋上の孤島・髑髏島に不時着した日米両兵士が、相手を殺害しようと相争う。そこへキングコングのとてつもない巨躯が現れる。呆然として戦闘を中断する二人。ここのコングは争いの調停者と考えてよい。
ベトナム戦争末期を舞台にした本編では、髑髏島への激しい空爆が展開される。そこで激怒したコングが軍用ヘリを次々と撃墜する。キングコングは、空爆を受けた民衆の怒りそのものの具現化として表象される。カムイ伝の山丈、西遊妖猿伝の無支奇などを重ね合わせてもよい。
米軍兵士たちは冒頭で生き延びた老兵士と合流し、脱出を図る。老兵士は日本兵(故人)と和解し、義兄弟の契りを結んでいる。この二人の関係を同性愛の暗示と捉えても差し支えない。少なくともホモソーシャリティーは存在する。老兵士はコングは島の守り神であると説明し、これと争うことに反対する。
だが、隊長はコングへの復讐の念に取り憑かれる。彼にとってこれは成し遂げ得なかった、ベトナム戦争のけじめなのだ。戦争の呪縛から解き放たれた大戦期の軍人と、いまだに戦争の妄執に囚われ続けるベトナム戦争の軍人が対比的に描かれているのが興味深い。
仲間たちの造反と、島の怪物・スカルクローラーの登場により、隊長の目論見はあと一歩のところで断念を余儀なくされる。物語の終盤はこのスカルクローラーとコングの戦い、それに協力する人間達の姿に当てられる。この一連の場面はダイナミックな戦闘が続き、英雄的自己犠牲に対する辛辣な批判も描かれていて実に見事である。
戦いは自然神たるコングの勝利に終わり、島の平和は無事に救われる。勝利したコングは人間達を見送るように佇み、激しく咆哮する。
ところで、島の怪物・スカルクローラーとは何なのだろうか。わたしはこれを戦争の暗喩と捉えたい。この怪物は、島の全生物の生存をおびやかす敵として描かれる。暴れまわり、暴威をふるい、あらゆる生物を喰らい尽くす。待ち受けているのは絶対的な死と破壊そのものだ。そして、その最終形態が54年版「ゴジラ」であることは言うまでもないだろう。
本作は怪獣映画の姿を借りながら、戦争について色々考察を巡らす事を可能とする。実に愉快な作品だった。

※ 余談だが、本作は一部のファンによって「けものフレンズ」と屢々対比され、「実写版けものフレンズ」とさえ呼称されている。だがこれは決して不当な悪ふざけではない。スカルクローラーをセルリアンとすれば、ほぼ内容は一致する。島(パーク)を脅かす圧倒的な負の力と、これに立ち向かうキングコング(フレンズ)との戦いが、この作品の骨子である。

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日本から少し離れて~大陸編 (4)
このブログで数度にわたって掲載してきた中国訪問記であるが、切りがなくなってきたので、今回で終了とする。駆け足であるが、後程加筆することもあるだろう。一旦まとめて書き上げてしまう。

(承前)
一旦ホテルにチェックイン、休憩し、食事をとった後、鳴沙山に向かう。よく知られた観光地なので、ご存知の方も多いだろう。わたし達が砂漠と呼んでイメージする通りの風景が広がっている。途轍もない砂の大地だ。果てしなく広がる風景に、呆然とする。唐の時代は、この砂漠の彼方から突厥の軍がやってきたのだろうか。

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ここで駱駝に乗った。両足を輪に引っ掛けて、よっと立ち上がるとなかなか背が高い。時刻は既に夕方をまわっているが、敦煌の夜は遅く、まだまだ日中の明るさである。砂漠に日は落ちて・・・よくよく見るとこの駱駝、なかなか可愛らしい。降りた後、思わず首筋を抱きしめた。ちょっと得意げに澄ましている様子だった。

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夜がとっぷりと暮れた頃、夜市をまわる。掏摸が多いので気をつけるようにと警告される。お土産など様々で高価なものから安物まで多様であり、目移りしてしまう。今日は見るだけに収めようと、皆でシシカバブを食べる。胃がボロボロなのだが、無理して食べる。通訳のJさんは桜桃を大量に買わされていた。どうするんだ、これ。

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夜市を散々まわった後、蘭州ラーメンを食べる。これも無理して食す。味は・・・やや微妙。芥子ペーストのようなものがあったので、それで味を調整する模様だった。尤も、わたしの体調ではそれも叶わないのだが。

翌日。朝食はヨーグルトで済ます。心なしか、体調が大分違う気がする。博物館で観光案内のビデオを観た後、莫こう窟へ向かう。山の斜面にアリの巣のような無数の穴が開いている。世界屈指の仏教美術の拠点である。窖の中で懐中電灯を照らし、これでもかと言わんばかりの作品群にとにかく圧倒された。

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有名な反弾琵琶はそれ程目立つものではなく、ついつい見過ごしてしまいそうになるが、これに目をつけた人間は見る目がある。いいセンスをしているものだと感心した。ガイドが或る鳥の絵を指して、これはカショービンガですと解説している。カショービンガ?ああ、迦陵頻伽か。僭越であるが、訂正しておいた。
再び博物館。展示物を見学する。張騫の存在が本国ではかなり大きな扱いを受けているのが印象的だった。わが国でも世界史の教科書に名前が出るが、当地では偉大な英雄である。

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夜は演劇場で舞踏を観る。正直あまり関心が無かったので、渋々付き従ったのであるが、これがなかなかの収穫だった。ストーリーは昔話を基にしたもので、典型的な勧善懲悪物なのだが、衣装と舞が洗練されていてしばし幻惑された。

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翌日はヤルダン地質公園に向かった。荒れ果てた砂漠の中を車で進む。途中に見える草は、名高い駱駝草か。駱駝しか食べないという、鋭い棘のある植物。

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昼頃、公園に到着。何だこの岩は。砂地が削られ、風化していった果てに残された岩石群である。まさに奇岩と呼ぶにふさわしい。そういえば「火の鳥」で、人間がこんな岩に見えるという描写があった。あんな妙ちきりんな形状である。ここでは観光バスで、園内をグルグル観て回った(とにかく広いのである)。三蔵法師玄奘をはじめ、古の隊商もこんな岩を目撃していたのか。

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昼食の後は東に戻り、玉門関に向かう。ガイドと西遊記をめぐり、熱っぽく語ってしまった。偉そうに、ひどいもんだね。今思えば汗顔の至りである。
玉門関といえば河西回廊の最西端。西域への交通路。ここから西には遥か彼方まで砂と岩ばかりで何も無い。だだっ広い砂と礫、あるいは先程のヤルダン地形のような風景が続くわけだ。まさに最果ての地に設けられた関所である。諸星大二郎の西遊妖猿伝では玄奘がここを迂回して莫賀延磧に足を踏み入れる。当時、突厥との緊張関係から国境が閉ざされていた為である。漫画に描かれた風景と重ね合わせ、しばし物思いに耽った。正直、諸星大二郎と、漢文、世界史の記憶があれば、充分色々語れてしまうものである。

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夜、再び夜市に向かい、土産品などを買う。木彫りのプレートやら装飾品やら雑多な品物が色々並んでいる。ふと、赤い手帳のようなものが目に留まった。毛沢東語録だ。日本円で四、五千円くらいか。買っていく程酔狂でもないが、手にとってパラパラと眺めてみる。と、乱丁に気が付いた。途中から頁が上下さかさまになっている。店のオバちゃんにそれを指摘すると、大爆笑。そのまま二人でしばし笑っていた。と、このオバちゃん、そのまま乱丁の語録を店頭に並べ直した。やるもんだねえ、この庶民的バイタリティは憎めない。
翌日、北京経由で羽田に向かうことになった。なかなか愉快な体験をしたこの地ともいよいよお別れである。朝方、しばしホテル周辺を散歩した。ホテル前を流れる大きな川は、冬になると干上がってしまうのだという。結構広い川なのだが、日本では想像もつかない。実にスケールの大きな話だ。さらに足を延ばすと、市役所の前で体操が行われていた。ラジオ体操みたいなものだろう。敦煌市の中心には大きな反弾琵琶の像があるのだが、この像ともいよいよお別れか。敦煌のガイドにはお世話になった。深謝したい。

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・・・こう綺麗に終わればいいのだが、北京空港で唖然とした。外の風景が黄色い。何だこれは。飛行機を降りるときは嫌な気分がした。この空気は吸いたくない。それにしても北京の税関は時間が掛かりすぎる。とんでもない行列だった。しかも空港がやたら広く、迷いそうになる。冷汗三斗の思いで何とか飛行機に乗り、何とか帰国の途に着いた次第である。

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仏検騒動記
落ち着いたので、報告する。
仏検二級に合格した。正式名称を、実用フランス語技能検定試験という。何故受かったのかよくわからない。
これまで、特に当ても無くだらだらとフランス語を眺める日々を送っていた。到底、勉強と呼びうる行為ではない。だがある日、仏検のサイトで二級の過去問を覗いたところ「あれ?これなら受かるんじゃないか?」と思った。単純なきっかけである。
とはいえ、受けるからにはそれなりに準備期間も必要である。余裕を持って一年後の試験を受けようと思い、問題集を購入。過去問を解き始めた。それなりにハードではあるが、地道に学習に励む。だが、勉強を進めているうちに、「あれ?ひょっとしてこれ、3ヵ月後の試験に間に合うんじゃないか?」と思うに至った。魔が差したと言おうか。そのまま願書を出してしまった。もう引っ込みがつかない。やるしかない。駿河台出版社の過去問を繰り返し繰り返し解き、電車の中でも問題集と睨めっこをしていた。
試験はペーパーテストばかりではない。聞き取り問題もそれなりに高度になる。リエゾン、アンシェヌマンに頭を抱えながら、ディクテを続けていった。世の中にはディクテに賭ける猛者もいるらしく、奥の深い学習テーマである。ただ、他の人も指摘しているが、この出版社のディクテはあまりにも難問過ぎる。よいトレーニングにはなるだろうが、同様にこれを活用している学習者の諸氏は、聞き取れないからと落ち込まないほうがいい。
さて、試験当日である。あっさりと熱を出した。困ったね。どうしたものか。それでも何とか持ちこたえられそうだと、会場に赴いた。意地というしかない。悪寒を耐えながら試験開始。五分ほどたった後のことである。突然悪寒が吹き飛び、頭がクリアになった。変な緊張から生まれた症状だったらしい。急激な体調の好転で、その後は気分よく臨むことが出来た。
さて、試験の内容である。語彙の問題は穴埋めに戸惑うが、わからなくてもとにかく書き込む。長文問題は読み進んでいくうちに内容が理解できた。問題集よりは遥かに易しい。終ってからの感触は、「まあまあ」かな。
休憩を挟んで聞き取り問題。ディクテは割合何とかなったが、こちらでも穴埋めに戸惑う。どうしても一問だけわからなかった。さらに、長文聞き取りによる内容一致問題は、大分焦った。三度目の朗読で聞き間違いに気付き、時間制限直前に解答を訂正する。大丈夫か?
そんなこんなで何とか試験終了。会場を出ると解答が配られている。早速答え合わせ。ざっと見直した後のわたしは、きっとこんな表情だったに違いない。

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帰路、少し冷静になり、もう一度検証する。まず筆記試験。前置詞は完璧。穴埋めは時制の部分でかなり落とした。長文問題は一問落としたが、ほぼ完璧。聞き取りは運を天にまかせるしかない。
数ヵ月後、一次試験合格発表。落ちたものと腹をくくり、HPを閲覧する。
・・・・・・・・・・・・あれ?受かったよ。合格ラインが59点のところ、73点。比較的良い成績だった。
二次試験の準備をする。こちらは面接である。どうしよう。取り敢えず、聞かれそうな事柄を予想。日本語で回答を文章化し、辞書と睨めっこしながら仏訳する。聞かれることは凡そ決まっている。趣味は?子供の頃の環境は?家族は?等々。あまり込み入ったことは答えない。平易に多くのことを語る。だが、熱が入っていくうちに、やたら回答が長くなってしまう。困ったね。これじゃ覚えられないぞ。
面接の時間は五分と決まっているため、解答が短いと面接官からの質問が増えてしまう。あれこれ聞かれているうちに、馬脚を現すこととなる。アドリブで対話できる能力など持ち合わせていない。かといって、長過ぎると覚えられない。程々にまとめてひたすら暗唱に努めた。
さて試験当日。面接担当は若いフランス人と、壮年の日本人だった。仕事のこと、趣味のことを聞かれる。上野にクラナッハ展を観に行ったことなど話す。だが、五分間は短いようで長い。途中で頭が真っ白になり、なかなか答えられなくなった。沈黙だけはしなかったものの、まずいぞ!これは。

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かなり精神的ダメージが大きく、帰路、あれこれ思い悩み、路上でしゃがみ込んでしまった。自己嫌悪に耐えられない。次回の試験はいつ頃だろう。取り敢えず一次試験は免除される筈・・・と色々考えながら、翌月の合格発表を迎えた。大丈夫、次は面接の準備だけを徹底させればいい、と自分を励ましながら、HPを閲覧する。
・・・・・・・・・・・・あれ?受かってる。合格基準点ギリギリだったが、合格には違いない。あれ?あれ?あれ?
以上が顛末である。まともに勉強したのは試験の三ヶ月前からで、同じ方法を人に薦める自信が無い。正直、何の参考にもならないと思う。まあ、見方を変えればわたしのような頭のヌルい人間でも受かったのだから、この駄文を眺めている方々ならば、もっと要領よく合格できるのではないか。機会があれば受験してみては如何。

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使用テキスト:
「仏検対策2級問題集」白水社
「完全予想 仏検2級 筆記問題」駿河台出版社
「完全予想 仏検2級 書き取り・聞き取り問題」駿河台出版社
「フランス語のシッフル(数字)なんてこわくない」駿河台出版社

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乗り越えられた<虚構>
ここ一ヶ月程、体調を壊していたため間が開いてしまった。扁桃腺が腫れて夜眠れなくなり、数日経って収まったと思ったら咳が止まらずにまた夜眠れなくなり、さらに数日を経て酷い頭痛と嘔吐感に苛まれた。病院で貰った薬を飲み続け、漸く落ち着いてきたがまだ完全ではない。

「長嶺大使がまた韓国へ行く。慰安婦像を容認したことになってしまった。あの少女は可愛いから、皆で前まで行って射精し、ザーメンまみれにして来よう」
話題の筒井康隆のツイートである。これに対して、「筒井は歳をとって劣化した」という意見も見られた。
だが率直に言う。筒井康隆は劣化しているわけではない。相変わらず気を衒うことに終始し、裏の裏が表であることに気付けない男である。昔からまるで変わってない。
わたしは中高生の時分、筒井に入れ込んでいたので、作家としてのかれの基本的な姿勢は理解しているつもりだ。パロディ化し、ドタバタ喜劇の世界に放り込み、ブラックな笑いを掻き立てる。それが筒井の作風である。やがてこの作家は徐々に前衛文学へと接近していったが、一方で価値相対主義の最悪の面をいつも携えていたと思う。それがブラックユーモアとして機能する時は強みとなり得たが、危うい側面も備えていた。今日、その奇抜さはネット右翼に追いつかれ、劣化した体制側、支配層に都合のよい言説として受容されるに至った。取り込まれていくことの怖さについて、あまりにも無防備といえる。
小説「虚航船団」のあたりから、彼は「現実の虚構性」について屢々言及するようになった。私達の生きるこの現実さえも虚構・フィクションとして見做すこと。わたしがこの作家に違和感を覚えたのはこの頃である。彼の言い分は別に真新しいものではない。世界を、認識主体が作り出す虚構として捉えるものである。今ここにある現実は、自分と言う主観を通したフィクションなんだ。客観的な視点なんて存在しない。全て主観によって汚染されているのだ。
そこまでは間違っていない。だが、わたし達は何らかの関係性のうちに構築された、間主観的な約束事の世界を生きている。認識論としては世界は虚構と言っても差し支えないが、素朴な意味で世界は堅固な現実であるとみなしてよい。ただ、それが絶対的なものではないことを忘れなければよいのだ。わたし達は夢物語を生きているわけではない。
もっとも、わたしが当時覚えた違和感はもっと単純なものである。いじめや貧困、差別を面白おかしいフィクションとして見做されたらたまらないというものだった。この生理感覚は間違っていないと思う。
筒井はフロイトにかぶれたおかげで政治の魅力にとりつかれずに済んだと記している。政治は愚劣である、そんなものに振り回されて溜まるか。そうした姿勢はわたしも嫌いではない。だが、彼は政治・社会と対決することによってそれを成し遂げるのではなく、政治・社会をかわし、やり過ごすことで現在に至ってしまったといえる。早い話、無知なまま過ごしてしまったのだ。
彼の頓珍漢な社会意識は、例えば永山則夫の文芸家協会加入問題についてもいえることだった。「作家なのだから、自分が殺人を犯す可能性があるということに想像力を及ぼさなくてはならない」と彼は言う。だが、永山問題の本質は、わたし達が作家であるかどうかではない。人権の問題である。死刑囚だからといって、協会加入を拒否するのはどういうことか。不当な差別ではないかということである。これについては柄谷行人が正当に筒井を批判していた。
筒井が奇抜な「無茶振り」をするのは今に始まったことではない。「戦争は人口抑制のためと考えればよいことなのではないか」とも彼は記していた。勿論、真面目に捉える必要は無い。問題は、この底の浅い価値相対主義にある。根を持たない。絶対的な足場を設けない。突拍子も無い思い付きを並べたような、筒井的ポストモダニズムが、ネット右翼の思考にぴったりと重なってしまったのが今回の事件である。
わたしたちが目の当たりにしているのは、筒井的なポストモダニズムが反知性主義によって乗り越えられた瞬間なのだ。そして、これはこの社会が途方も無く劣化したことの表れでもある。奈落の底は、もうそこに見えている。

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教育勅語は全否定すべきである
タレントの関口宏が、「教育勅語は酷いものである、いいことも書いてあるのに、「一旦緩急アレハ」のくだりで台無しになっている」という趣旨のことを述べていた。正直、これはやばいなと思った。わたしはこのタレントのリベラルな貌を全く信用していないが、この「いいことも書いてある」という印象は、多くの人がそれなりに共有しているのではないかと思う。決して稲田朋美のような愚か者に限られた話ではない。
そこで、わたしなりにこの勅語について ― 検証というほどではないが ― 思考してみたいと思う。

まず、「皇祖皇宗~德ヲ立ツルコト深厚ナリ」について。古代史における権力抗争が血塗られた歴史であることはいうまでも無く、天皇制も例外ではない。到底この種の美辞麗句で覆い、誤魔化せるようなものではない。
「克ク忠ニ克ク孝ニ~」のくだりは、「お前たちは古来よりよく忠孝に励み、天皇制国家に尽くし、一丸となってこの国の歴史を築いてきた」ということである。だが幕藩体制を見れば判るように、天皇制など長きに亘って庶民のあずかり知らぬ事柄であった。事実関係ひとつみても出鱈目である。これらのくだりは歴史を偽造することで、「先人たちによって営々と築かれてきた忠孝の精神」という、偽りの重みを人々に背負わせようというものである。
「夫婦相和シ朋友相信シ」から始まる理想的人間像については、「いいことも書いてある」と評価される要因となっているが、これは、「恭儉己レヲ持シ」に象徴されるように、「文句を言わず、事を荒立てず、黙って従う」という理念を導き出すための導入部である。
「學ヲ修メ業ヲ習ヒ」云々(でんでんではない)についても同様、「公益に尽くせ」というための導入部である。
こうして、あの評判の悪い「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ」に続く文言が導き出される。いざとなったら天皇制国家のため、一身を捧げよと。「天皇あやうし」、考えるな、国家に尽くせ、皇国を信ぜよ、国体を護持せよ。これが導き出した結果は見ての通りである。
「天壌無窮ノ皇運」以降は、「これは祖先によって築かれてきた美風であり、古今を通じて正しい道である。お前たちは必ずこれを守れ」と、仰々しい修辞で押し付けるものである。

このように教育勅語の文言は全て繋がっている。一見よさげに見える文言も、全て隷従を強いる文言を修飾し、導き出すための言辞となっているのであり、一部を切り出して「いいことも言っている」と評価しうるものではない。
よって、教育勅語は全否定するべきものである。

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あの日
「3月11日。一年に一度だけ亡くなった人々に黙祷を捧げ、原発事故を思い出す日。お前たちにとって、大切なのは「この日」だけなのか。」
そう批判する人たちがいる。恐らくその批判は正当だ。だが、この国の人間の多くは、忘却する、水に流す、無かったことにすることを得意とし、自らの過ち、敗北、喪失を浄化しようとしてやまない。痛ましい過去の一切を記憶の彼方から排除した挙句の果て、原発を再稼動し、放射能汚染を無かったことにし、歴史を書き換え、教育勅語を再評価する。
日付とは手掛かりだ。亡失される過去を、再び眼前に突きつけるためのきっかけは必要なのだ。わたし達はそれが不断に突きつけられた問いかけであることを自覚すると同時に、6年前の「この日」に思いをいたさなければならない。

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プロフィール

のわーる

Author:のわーる
首都圏に生息する一介の映画バカ。といってもまだ映画歴は浅いため、大家の作品をあまり見ていなかったりする。
たまに衝動的におかしな絵を描いたりもする。
尚、この「のわーる」という名前は同名の素晴らしいアニメ作品とは直接関係は無く、サド侯爵の登場人物の名に由来するものである。



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